「地位協定」は日本に住むすべての人の問題【『主権なき平和国家』著者インタビュー 後編】

社会

公開日:2017/12/21

『主権なき平和国家』(伊勢崎賢治、布施祐仁/集英社クリエイティブ)

「ある主権国家の中になんらかの事情で異国の軍隊が駐留するという“異常事態”の制度化が地位協定で、日米地位協定は世界の地位協定と比較すると、もっともアメリカに寛大な内容になっている」と、東京外国語大学大学院教授の伊勢崎賢治さんは言う。日米地位協定について、ジャーナリストの布施祐仁さんとともに『主権なき平和国家』(集英社クリエイティブ)をまとめた伊勢崎さんに、今の日本に果たして主権はあるのかについて伺った。そのインタビュー後編を、お送りする。

■日本は一度も、地位協定の改定を提起していない

 戦後70年が過ぎ、日本は敗戦から立ち直ったように思える。しかし今でも米軍占領の名残は残っているという。その一番の例が、地位協定第3条に基づく「横田ラプコン」だ。これは東京・神奈川・埼玉・群馬・栃木・長野・新潟・静岡・山梨の一都八県の上空に広がる空域を通るすべての航空機の航空管制を、米軍がおこなっているというもの。この空域の飛行は米軍が最優先で、羽田発着の民間機は実は迂回ルートを飛ぶ羽目になっているのだ。地位協定発効当時の日本は航空管制を自前でできる技術がなかったゆえに、アメリカ側に一時的措置として認めた。しかし今は技術もあるし、羽田発着のダイヤは過密になっている。さすがに日本政府は返還を繰り返し求めてきたが、アメリカ側は「運用上の都合により応じられない」と拒否し続けている。そして返還を求めてはいるものの、日本政府はこれまで強気に出ることはなかった。どうしてなのか。

「どんな悪い習慣も長く続けばそれなりの正当性が出てくるし、それによって利益を得ている人がいることがあると思います。平時なのに国道の上を軍用機が飛ぶなんてことは、アフガニスタンでもありませんよ。非常時は仕方がないけど、それはアフガン政府の許可が必要。なのに、日本では毎日のこと。平時と非常時の区別がなくなっているのが今の日本で、それは軍事的な主権がないということを意味しています。『平和なんだしいいじゃないか』という意見もありますが、そうじゃないですよねと言いたいです」

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 さらに地位協定が発効されてからの57年間、日本は一度も正式に地位協定本文の改定をアメリカ側に提起してこなかったという。

「日米地位協定は、日米双方ともいつでも改定を要請でき、要請があったら両政府は交渉すると定めていますが、アメリカ側は交渉のテーブルにすらつきません。それは日本政府が、いざというときにアメリカに守ってもらわなければならないと考えているので、強く出ることができないんです」

■改憲論議の前に大事な、日米地位協定を知ること

 ドイツや韓国、イラクなどは地位協定に関して、アメリカ側の譲歩を引き出すことに成功している。その原動力になったのは、「譲歩しないと反米感情あるいは反米軍基地感情が高まってまずい」とアメリカ側に思わせた、国民感情だったという。日本でも米軍基地や地位協定に対しての、反対運動がないわけではない。なのにどうして、変わらないままなのか。

「日本はあとひと押しで、それを誰が言うかにかかっているんです。リベラルの市民運動を否定する気は全くありませんが、保守の力も必要です。だから日本が世界で一番ぐらいにアメリカに譲歩している状況について、愛国者を名乗るならもっと怒るべき。同時にこれを、アメリカ軍の基地が集中している、沖縄の問題として片付けるのも間違っています。これは日本に住む、すべての人の問題なのです」

 いわば戦後が終わっていない状態のままだとしたら、憲法改正云々の前に、主権そのものを取り戻す必要がある。その上で自衛隊を今後、どういうものにしていくかを考えるべきなのかもしれない。だからこそ、市民一人ひとりが地位協定を知ることは必要だろう。しかし議論は護憲か改憲かの二択ばかりで、それ以上広がっていかないことがほとんどだ。

「自衛隊はどうあるべきか。もしくは自衛隊の地位に関して物議のもとになる憲法9条をどうするべきかについて、僕と布施さんの意見は一致していないんです。しかしそういう2人を改憲派と護憲派に分けてしまうこと自体が、おかしな話で。たとえば憲法を守れと言っている中にも、『今の自民党の草案には反対だけど、立憲主義に基づいて、より時代にフィットしたものに変えるならいいかも』という人もいます。なのに、守るか変えるかしか、選択肢がないように言われていますよね。そんな状態でいくら議論をしても話は進まない。そもそも日本がなぜ今のようになったかの根幹に、日米地位協定があります。護憲派と言われる人も改憲派と呼ばれる人も、双方の間に横たわる日米地位協定について考えないと、議論が成立しないのではないか。

 僕と布施さんはいわば、そのスタートラインを作りたくてこの本を書きました。だって戦争なんて誰も、アメリカでさえ望んでいません。でもその、誰も望まない有事が本当に起きて日本も巻き込まれるかもしれない。そうなったらアメリカは、自国の利益を最優先にします。一方の地位協定によって軍事的な主権を奪われている日本の、自衛隊に何ができるのか。そこを考えずして、憲法改正論議はできないはず。繰り返しますが、これは沖縄に限定した問題ではありません。リベラルも保守も関係ない、日本に住むすべての人の問題です」

共著者の伊勢崎賢治さん。

取材・文=碓井連太郎