川崎は「地獄」なのか? 音楽ライターが見たその姿<インタビュー前編>

社会

公開日:2018/1/29

『ルポ川崎』(磯部涼/サイゾー)

 以前も書いたが私の祖父母はかつて、神奈川県川崎市南部の桜本というところに住んでいた。

 桜本は臨海工業地帯にあって空気が悪く、昭和の頃は工場の塀にペンキで「○日に××を殺す」と書いてあるような場所だった。だから私は訪ねるたびに、「早く帰りたい」と子供心に思っていた。

 音楽ライターの磯部涼さんによる『ルポ川崎』(サイゾー)は、臨海地区を中心に川崎で生きる者の姿を描いている。ヤクザやドラッグ、犯罪や貧困などと隣り合わせで子どもたちが育つこの町では2015年、中学1年生が殺害され多摩川の河川敷に遺棄される事件が起こった。

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 同書の帯に「ここは、地獄か?」とあるように、磯部さんの目にも川崎は地獄と映ったのか。お話をうかがった。

■川崎は日本が抱える問題を凝縮した町

 磯部さんは千葉県千葉市の出身で、これまでは川崎駅前のライブホール・クラブチッタに行くことはあっても、それ以外に足を延ばす機会はほとんどなかったという。

「僕が『川崎って、こういう場所もあるんだ』とはじめて気づいたのは、本にも登場する『DK SOUND』っていう2003年から16年まであった、工場屋上でのレイブパーティに行くようになったことです。タクシーで会場に向かうさなか、工場の夜景がとても美しく見えて。それまで臨海地区のことを、まったく知らなかったんですよね。でも暮らしている人の生活までわかったのは、この取材を始めてから。とはいえミュージシャンやアウトローの取材で川崎を指定されることが結構あったので、接点は全くなかった訳でもありません」

 川崎をテーマにルポルタージュを書こうと思ったのは、2015年2月に中学1年生が殺害されたことがきっかけだった。3か月後の5月には川崎駅近くの日進町の簡易宿泊所で火災が起き、11人が亡くなり17人が負傷したことも交え、磯部さんは第一章で事件に触れている。章のタイトルは『ディストピア・川崎サウスサイド』。救いのない感じが伝わってくる。

「2015年に事件が立て続けに起こったことで、イスラム国に絡めて『川崎国』みたいな、ネガティブな言われ方をしていましたよね。確かに外から見ると川崎の、とりわけ南部は陰惨な場所に映るかもしれません。でも僕は日本のラップについて取材する中で、若者に人気があるBAD HOPのメンバーと2014年頃に知り合ったのですが、彼らはその頃から地元川崎をテーマに、そこから抜け出すことや街を変えることを歌っていて。時系列は事件を挟みますが、被害者や日雇い労働者と、ラップミュージシャンの存在は対になっていると感じたんです。陰惨な事件が闇だとしたら、BAD HOPのような若者たちは光ではないか。両者の物語を書きたかったし、そうすることで川崎が特殊だというよりは、日本が抱える問題を凝縮した町であり、一方でそれを乗り越えるべく摸索している人々もいることが伝わるのではないかと思って」

■音楽にも地域にも、繋がれない子どもがいる

 同書にはBAD HOPのメンバーをはじめ、K-YOやA-THUG、FUNIなど川崎ルーツのラップミュージシャンが多数登場する。それぞれに違った物語を語る彼らだが、貧困や犯罪、ケンカはすぐ隣にあることがよくわかる。そして池上町で育ったBAD HOPのBarkが「Stay」という曲で「俺の生まれた街 朝鮮人、ヤクザが多い」と歌ったように、朝鮮半島をはじめ海外にルーツを持つ者が多いこともわかる。それは現在の川崎区が1900年代初頭に工場誘致を始め、さまざまな場所から労働者を呼び寄せた中に、朝鮮半島出身者も多かったことが影響している。今ではフィリピン出身者なども多い川崎南部だが、彼ら彼女らの支えとして、桜本にある社会福祉法人・青丘社の存在は大きいと磯部さんは語る。

「川崎区は多文化共生や貧困支援を積極的におこなってきた土地でもありますが、それに関しては青丘社の李仁夏(イ・インハ)牧師(2008年没)の存在は大きかったと思います。仁夏さんは国籍に関係なく子どもを受け入れる桜本保育園を開園したあと、1973年に青丘社を立ち上げました。また地域の人たち皆が交流する『ふれあい館』も、仁夏牧師が理事をつとめていました。ラッパーの中にも、かつてふれあい館に寄っていた子が多くいます」

 しかし同書の中でふれあい館職員の鈴木健さんが「(不安定な)彼ら彼女らに居場所を作ったのが、川崎ではヤクザだったんです」「交渉しに行ってなんとか解放してもらえた子どもたちも、数年たつと、結局は性風俗店で働き始めるなど、あの苦労はなんだったんだとがっくりしたこともありました」と語っているように、支援からこぼれ落ちる子どももいるそうだ。

「青丘社は大人と子どもの橋渡しをする存在ですが、『ふれあい館には照れくさくて行けない』という子たちもいて、彼らにはBAD HOPのメンバーなどが『かっこいい存在』に映っているようです。その一方で音楽とも地域とも繋がれないけれど、不良にもなれない子もいます。中一殺害事件のグループがまさにそうで、彼らはネットゲームやゲーセンにハマり、家に居場所がなくゲームで時間を潰しているうちに人間関係がこじれていったと聞きます。そんな子たちは大抵がふれあい館に来ないので、支援の手が及ばないんです。またニューカマーのフィリピン系や日系ブラジル人などは、日本語があまり話せない人も多いので、彼らだけで固まって地域との断絶が生まれているケースもあります」

 そんな中、ある事件を機に、川崎の子たちは地元への愛着を深めていったと磯部さんは語る。それはなんだったのか。続きは後編にて。

取材・文=碓氷連太郎

著者の磯部涼さん