水道橋博士「日常をドラマチックにしたいから、わざと自分で“劇場”を作ったりする。」
更新日:2013/8/9
俺の本はすべて「漫才本」です
――博士の文章は、構成の巧みさも特筆すべき点だと思います。非常に緻密で、でも時々、すごく自由に書いているようにも見えます。実際は、どんなふうに構成を組み立てて行かれますか?
水道橋: 最初は自由に書いてるけど、その後、かなり緻密に書き直します。むしろ推敲が過ぎる、と言われることもある(笑)。たぶん、漫才をずっと書いてるからなんですよね。漫才ってざーっとしゃべるように書くわけじゃないですから。
――漫才は完全に客の感情をコントロールするように組み立てて行くものですもんね。
水道橋: そうですね。ものすごく何度も推敲しますからね。オチは決まってるけど、そこに持って行くまでのフリを何十パターンも書く。だから、僕の書く本は、ある意味すべて「漫才本」だと思ってるんですよ。
――自由に書いているように見える部分は、自由に見えるように読者をコントロールしてる、ということですね。
水道橋: うん。ほんとに、何度も書き直しますからね。『お笑い男の星座2』(文春文庫)の鈴木その子さんの回なんて、「白」という言葉を使いたいだけで、どんだけ辞書ひいてるんだっていう(笑)。
白と黒を対比させるから、そこの章が比喩だけでオセロのように見えるようになっているの。『本業』(文春文庫)っていう本を出した時は、見開きで一冊、しかも改行スペースもないような、ぎっしり文字で埋まった本にしたんですよ。
そうやって文字数に制限をつけたことですごく小さいスペースで表現しなきゃならなくなったんですけど、それが俳句を作るみたいな感じで、おもしろくなってきたりして。時間はすごくかかるし、文庫になったら全然段組みは関係なくなるし、あんまり気付かれないし……でもやりたくなっちゃうんですよねえ。
――やはり、常にそういった「場」みたいなものをどう使うか、という発想を持たれるんですね。
水道橋: それはあるでしょうね。『藝人春秋』には、さっき言った「笑芸人」ていう雑誌と、「webダ・ヴィンチ」の連載が主に入ってるんですけど、「笑芸人」は編集長の高田先生に向けて書いている部分があって、高田先生が頻出するし、「webダ・ヴィンチ」では、『本、邪魔か?』ってタイトルだったから『邪魔』って単語を必ず入れて人物と、その人の著作を紹介するというルールを決めてた。
それとWebだから自数制限がない、っていうのをすごく意識したんですよ。最初は短いエッセイだったのが、字数制限がないっていうのがおもしろくなってきて。今回は収録しませんでしたけど連載では寺門ジモンさんの回、膨大に書いてるんですよ。原稿用紙に換算すると……。
担当編集・目崎: 120枚くらいありました。これ一回分で芥川賞の選考対象になるくらいの量です。
――120枚ですか! それはすごい。
水道橋: しかもジモンさんなんて『お笑い男の星座』で一回取り上げてるから、もう書くこともないはずなのに。でもwebだからどうしても延々と長くやってみたかった。そうやって媒体を意識してやるところはありますね。
――なるほど。『藝人春秋』も電子書籍ならではの”メイキング”的な要素というお楽しみがありますし。
水道橋: はい。紙の書籍にする時は、書き下ろしも入れたりして、また別のものにしたいと思ってます。
――最後に、「ダ・ヴィンチ電子ナビ」読者にひとこといただけますか?
水道橋: 電子書籍の中では、一番リーズナブルだと思ってるので、一章でも読んでもらえれば! いやあ……おもしろいと思うんだけどなあ(笑)。
取材・文=門倉紫麻 写真=相馬ミナ