夏木マリ「この映画を撮っている間、ずっと、愛するってどういうことなんだろうと考えていました」

あの人と本の話 and more

2018/3/7

毎月3人の旬な有名人ゲストがこだわりのある一冊を選んで紹介する、ダ・ヴィンチ本誌の巻頭人気連載『あの人と本の話』。今回登場してくれたのは、映画『生きる街』で、震災時に津波で流された漁師の夫を待ち続ける千恵子を演じた夏木マリさん。カッコイイ女には、理由がある。ロケ地の石巻で感じたこと、そして自然体の演技に秘められた夏木さんならではの矜持とは――。

夏木マリさん
夏木マリ
なつき・まり●東京生まれ。歌手、俳優、演出家として多岐に活躍。93年からクリエーションを手掛ける舞台『印象派』は海外でも高く評価され、昨年は、パリ ルーヴル美術館公演も成功をおさめた。2018年は、ウエス・アンダーソン監督のアニメ映画『犬ヶ島』、河瀨直美監督の『Vision』も待機中。人生指南メソッド『好きか、嫌いか、大好きか。で、どうする?』(講談社)を刊行。
ヘアメイク:noda(ATC) スタイリング:Rena Semba 衣装協力:洋服 YOHJI YAMAMOTO アクセサリー Hirotaka

映画『生きる街』は、千恵子が自転車に乗って出かけるシーンから始まる。次第に明けていく空。遠くに穏やかな青い海が見える。

「自転車で走る時のテンポがね。この千恵子さんという人は、どういうテンポで走るんだろう、どういうテンポでいつも生活してるんだろうって、そういうのを発見するまでは難しかったですね」

 漁港に向かう道の途中、かつては家々が立ち並んでいただろう場所を通り過ぎる。

「千恵子さんが、以前、家族で住んでいた、もともとの家があった跡地に行くシーンがあるんです。今はもっと奥の高台に住んでいて、そのぶん港までの距離は伸びてるわけですよね。曲がりくねった道を自転車で下りながら、彼女はどういう気持ちなんだろうって。もう割り切ってるのか、あの海にお父ちゃんがいると思っているのか、それとも何も考えていないのか……そんなことを整理整頓しないと、自転車に乗れなかったですね」

 その役を「演じる」のではなく「生きる」とは、どういうことなのか。この人の役作りの話を聞くと、よくわかる気がした。

「現場に入る前は、私、ほとんど妄想で役作りするんです。この人は旦那とはきっと見合い結婚だったろうとか、わざと決めて、台本には書かれていない行間を膨らませていく。お父ちゃんは漁師だから、きっとあまりもんの魚をよく持って帰ってきて、煮つけとかがうまくなってるだろうとか、ラーメンを食べに行く時は、あたしは塩で、あの人は醤油だとか。そういう妄想での履歴書をつくって、現場に入ったら、監督の指示に沿って、今度は石巻の空気と一緒に生きるように……っていうのが私のやりかた。石巻の街は大きいから、港のほうと被災を免れた高台のほうでは景色が違っているんです。5年以上経ってもこんなに違うんだって、時間が経ったことでとても大きなことが起こったんだなって、ますます実感させられました」

 撮影が半ばに差し掛かった頃、震度4の地震が起こった。

「避難命令が出て、サイレンがずっと鳴り続けて、海が逆流していくのを初めて見た。怖かったけど、みんな、あの波に持っていかれちゃったんだなって。これを撮っている間、ずっと、愛するってどういうことなんだろうと考えさせられていたんです。いない人を愛するってどういうことなんだろう。街を愛する、子どもたちを愛するってどういうことなんだろうって。人生と同じで答えは出ないんです。答えなんて死ぬまでわからないと思う。千恵子さんだって腹はくくっている。お父ちゃんは帰ってこない。でも、お父ちゃんと一緒に生きたい。だから、娘から誘われても名古屋には行かないって決めている。海がお父ちゃんになってしまったから、ここにいたいのよ。いざるをえないっていうか。腹はくくってるんだけど、答えはでない、そういう女の生きざま。人生にそういうことってあるじゃないですか。そんな思いでやりましたね」

 気丈に笑顔を見せる人の胸の奥に、どんなに年月が経とうと癒えない痛みがある。それをおおげさに演じて何になるだろう。

「おおげさなことって一瞬で終わってしまうから。お客様がなんだかよかったねって帰り道で思ってくださるような、そういう演技をしたいとは思ってるんですけど、なかなか……」

 撮影の合間、若い共演者たちといろんな話をしたという。

「私の息子を演じた堀井新太君はちょうど悩んでいた時期みたいで、演劇論などを。私もしょっちゅう迷っていますからわからないけれど、聞かれれば経験論を話すくらいはできますから。『芝居の勉強をしたことがない』っていうから、『じゃあ、なんで映画に出てるの』って訊いたら、『現場で覚えていくんですよ、僕は』って。台本の読み方とかそういう話をしたら、次にドラマやった時、そういうふうに読んでくれたみたいで……。嬉しかったですね」

 女性誌『FRaU』の連載では人生相談の指南役も。連載分に加筆して、2月に刊行した『好きか、嫌いか、大好きか。 で、どうする?』には、夏木マリ流の人生メソッドが記されている。

「あらためて読み返してみたら、総体的に私の答えは〈行動しろ〉ってことですね」

 カッコイイ女は一日にしてならず。
決して順風満帆ではなかったからこそ、そこには身ひとつで次の場所に飛び込んできたこの人ならではの血の通った経験則がある。

「頭でなんだかんだ言ってても、わかんないから。1歩踏み出してみたら、何か発見があるかもしれない。そこに幸せがあるかもしれないし、苦難があるかもしれないけど、その都度、シフトチェンジして前に進んでいくしかないよねって。人間も動物だから体で感じて、じゃあ、こっちに行ってみようかって、とにかく動くこと。それしかないですよね」

(取材・文=瀧 晴巳 写真:江森康之)

 

映画『生きる街』

映画『生きる街』

監督:榊 英雄 出演:夏木マリ、佐津川愛美、堀井新太、イ・ジョンヒョン、岡野真也 配給:アークエンタテインメント、太秦 3月3日(土)より、新宿武蔵野館、ユーロスペース、イオンシネマ石巻ほか全国順次公開 
●漁師の夫、2人の子どもと幸せに過ごしていた千恵子(夏木マリ)の暮らしは、2011年3月11日に一変する。津波に流された夫は帰ってこないが、それでもいつか戻ってくると信じて、千恵子は地元を離れずにいる。その街で生きる、生き続ける人の今を描いたヒューマンドラマ。
(c)2018「生きる街」製作委員会