西加奈子「縛られて、しんどくなったらその言葉は捨てちゃっていい」

新刊著者インタビュー

2018/3/7

「私、作家として、本当に自由にさせていただいて。だから、ずっと自由に、書きたいことを書きたいように書いてきました」
そうして生み出された物語は、西さんの精神とともに自由というものの尊さを読む人に示してきた。

著者 西加奈子さん

西加奈子
にし・かなこ●1977年、テヘラン生まれ。2004年『あおい』でデビュー。05 年『さくら』が20万部を超えるベストセラーに。07年『通天閣』で織田作之助賞、13年『ふくわらい』で河合隼雄賞、15年『サラバ!』で直木賞を受賞。著作に『漁港の肉子ちゃん』『炎上する君』『舞台』『まく子』『i』など多数。

 

〝あなたが信じるものを、誰かに決めさせてはいけない〞(『サラバ!』)、〝理解出来なくても、愛し合うことはできると、僕は思う〞(『i』)……といった、活字のなかから浮かび上がってくるような光り輝く言葉とともに。

「『おまじない』は、自分からあえて、書く自由の中に枷を作りました。これまでにないしんどさもありましたが、すごく濃い気がしたんですね。枷があるうえでの自由って」

 ずっと書き続けたい。作家として一段成長したい。そのために選んだのは短編を書くことだった。

「尊敬する先輩作家の角田光代さんや北方謙三さんが、筆力を高めるために、とにかく短編を書き続けたとおっしゃっていて。あれだけの作品を書かれている方々が、そうした努力をされてきたなら、私はもっと努力しなければいけないと、修行のつもりで書き始めました」

 実に10年ぶり、3作目の短編集は、「執筆当時、言いたかったことのすべて」を込めたという一編「燃やす」から始まる。ずっと、ずぼんを穿いていた少女。その成長とともに起きた周りの変化。〝可愛いね〞と言われ、誇らしく感じていた彼女は、ある出来事を境に、突然〝可哀想な子〞になってしまう。

「この一作ありきでした。ここで全8編に連なる3つの枷ができたんです。主人公が女の子であること、ひと言で彼女の世界が変わる言葉=おまじないが出てくること、そして、その言葉をくれるのが〝おじさん〞であるということ」

小学校の焼却炉で、あらゆるものを燃やし続ける用務員のおじさん。彼がくれる言葉は、少女が抱く〝可愛い〞と思われたかったことから来る罪悪感や悲しみをまるごと包み込んでしまう。

「今、フェミニズムの素晴らしいムーブメントが起こっていますよね。私、それがすごくうれしくて。でも、どこかでフェミニストと思われたい、かっこいい生き方をしていると見られたいという勝手な気負いがあったんです。そのムーブメントは絶対に全員に優しいはずで、〝女らしい〞〝可愛い〞と思われたい欲望を持っていたっていいはずなのに。同時に、兄と一緒に男の子然としてふるまっていたのに、ある期を境に女の子として扱われるようになった気恥ずかしさや淋しさ、違和感など、幼い日に抱いた感情も蘇ってきて。そういうものをすべて肯定する気持ちでこの話を書きました。〝それ全部、あなたの真実だよ、全部持っていていい〞って」

 様々なものを丁寧に、見事に燃やしてくれるおじさん。けれど彼をしても燃やせないものがあった。それは〝言葉〞。

「だからこそ更新していくべきだと思うんです。自分が傷ついた言葉は燃やすことはできないけれど、大切な言葉だって、誰にも燃やせはしない。言葉は消えないからこそ上書きをして、大切な言葉だけを持って生きていきたい。そんな願いを、この短編集には込めています」
 

そのタイミングを捉えて短編だから書けたこと

「いちご」という一編に登場するおじさんは、九州の集落でいちごを育てる浮ちゃん。彼の関心はいちごにしかない。遠い親戚の〝私〞がどんなに綺麗でも、後々、東京でファッションモデルになっても、そんなことは意に介さない、揺らがない。

「〝あの人は私の世界を広げてくれるの〞っていう褒め言葉があるじゃないですか。でも、逆もあると思って。〝私の世界をすごく狭くしてくれるの〞っていう(笑)。〝東京ちうたら、とちおとめとあまおうがしのぎを削っとるとこじゃな〞と断固言ってのける浮ちゃんはまさにそんな人。〝私〞にとっての東京はヒエラルキーがあり、複雑なものをいろいろ孕んでいる。でもそんなの、関係ないんや!って、めちゃくちゃ勇気をもらえる」

 おまじないをくれるのが、なぜ〝おじさん〞なのか。それは、女の子から一番、忌み嫌われがちな存在だから。それゆえ、女の子があずかり知らない尺度で、彼女たちの生きづらさのもとにある価値観をぶち壊してくれる。

「浮ちゃんにはモデルがいるんです。遠い親戚のおじいちゃん。ここまでモデルがはっきりした小説を書いたのは初めて。短編だから書けました。〝計画的に妊娠したと思われたらどうしよう〞と悩む妊婦が主人公の「マタニティ」という一編を書いたときも、私は妊娠中だったのですが、長編であれば、あえて書かなかった気がするんです。短編には〝このチャンスを逃したら、もう書けない〞みたいなワンチャン感=Luck がある。だからこそ、よりビビッドに描くことができたと」

 冬がやって来る前のアラスカへ旅をしたときに感じた、生き物がすべて別れていくような淋しさのなかで一気に書き上げたという「オーロラ」、短い夏を全力で楽しむフィンランドの人々のシンプルさに触れ、その言葉の美しさだけを受け止めることから始めようという想いが募って書いた「ドブロブニク」も、西さんが紡いできた人生の時間のなかで、何かとのタイミングが合ったからこそ生まれた物語。それだけに、この短編集には、生を切り取ったような切実な生々しさが存在している。
 

縛られて、しんどくなったらその言葉は捨てちゃっていい

〝いい子のふりをしている自分は、なんだか卑怯で嫌〞という孫娘に、おじいちゃまがかけてくれたおまじないは、きっと老若男女を問わず、多くの人に効いてくる。

「『孫係』という物語は、ベッキーさんが不倫をしたとき、〝ほら、やっぱり本当はいい子じゃなかった〞という叩かれ方をされたことへの怒りが源になっています。いい人であろうとしている人に対して裏があるはずだという見方がすごく嫌。もしそれが努力の結果であっても努力していることは素晴らしいですよね。それ、100%で受け止めよう、認めようよ、〝ほんとは嫌な人〞っていうの、もうやめようよって」

 場を盛り上げるためにハジけ過ぎ、〝イタイ女〞だと言われ続けている「あねご」のキャバ嬢にも、そんな頑張ってしまう人への優しい眼差しが注がれている。彼女の姿を追っていくと、学校でも、職場でも、飲み会でも、頑張りすぎて、空回りしてしまった後の、あのどうしようもない自己嫌悪感が押し寄せ、苦しくなってくる。でも大丈夫。そこには、そんな自分を生き返らせてくれるおまじないがちゃんとあるから。

「でも」と、西さんは言う。「そのおまじないで、がんじがらめになっちゃう人がいたら嫌やから、最後にこの話を書きました」

「ドラゴン・スープレックス」。プロレスラー・藤波辰爾が禁じ手にし、みずから再び解禁した必殺技と同じ名を持つラストの一編は、ここまで語ってきた世界をひっくり返すような成り立ちと威力を持つ。

「大切な言葉を持ち、心地よく生きていければいいけれど、それに縛られてしんどくなるのなら、そんな言葉は捨てちゃっていいんです。この短編集は、とにかく自由に読んでいただきたくて。〝あなたは自由だ〞ということを、読む方にも、自分にも言いたかった」

「ときに絞り出すように書いた」という短編群には、これまでにない静けさが漂っている。西加奈子作品を初めて読んだときに抱いた衝撃、世界が広がっていくあの感じが、再び、じんわりやってくる。

取材・文:河村道子 写真:冨永智子