12年間の緊張と開放が詰まったリアルな森絵都を垣間見る短編集

新刊著者インタビュー

2012/3/6

「これまで起こらなかったからといって、すべてのことが、これからも起こらないわけじゃない。突然、何かは始まるかも、と私はいつも考えていて。少ない枚数の中にも〝何かが起きる〟短編小説は、そんな想いと通じているかもしれません」

 小説の中で“何かが起きる”一瞬は、仕掛けようとしたのでも、思想やテーマで牽引したものでもない、ただ「物語が指し示す方向にあった展開」と森さんは語る。物語が物語に起こした奇跡。不意をつかれる温かさ、強さを読者にぽつりと落とす、そのやさしい奇跡は森作品すべてが内包するもの。だが短編作品は、さらに変幻自在に軽やかに、ミラクルの光を放つのだ。

「ジャンプできるというか。短編って思いきったことができる。長編はストーリーの大きな流れがあって、それを流し続けることが最優先だけど、短編は自由なフォーカスで人物や風景だけを切り取ることもできる」

『気分上々』は、2000年から12年まで、文芸誌をはじめ、女性誌、写真集など、様々な場所で書いてきた9つの作品を所収した短編集。直木賞受賞作の『風に舞いあがるビニールシート』、昨秋刊行された『異国のおじさんを伴う』など、珠玉の短編集をこれまでも紡いできた森さんだが、本書は一冊になることを想定しつつ執筆されたこれまでの短編集とは違う、どこか奔放な空気を纏っている。

「様々なテーマのもと書いたので、一冊にすると、本当に一作ずつカラーが違う。あまりにも違うので、当初はあれこれ考えていた作品の並びもシンプルに、書いた順番通りにしました」

 時系列に並べたことで、そこから何か感じていただけたら、という森さんだが、自身にとっても、それぞれを書いた当時が浮かびあがる感慨深い一冊になったという。1作目の「ウエルカムの小部屋」は、写真集『AIBO DREAM』に寄せて、2000年に発表されたもの。ちょうど『DIVE!!』第1巻が刊行された年に書かれた本作では、誰もがうらやむ婚約者を捨て、自称発明家の夫と結婚した主人公と、自動開閉式の便座カバーにまつわるほろ苦い日々が語られる。

「この話、結婚して最初に書いたものなんです。新婚なのに、そぐわないこと書いているなって思ってた(笑)。お題は〈女性と電化製品〉でしたが、移り住んだ新居のトイレのドアを開けた途端、便座の蓋が立ちあがってきて、衝撃を受けて。その驚きから物語が浮かびました」

 本作の9編は“お題”のもとに書かれたという糸でつながっている。「彼女の彼の特別な日彼の彼女の特別な日」は、ひとつのストーリーを2人の主人公からの視点で描く、レコードのA面B面のような物語を、という主題で、A面を『ダ・ヴィンチ』、B面をネットで発表したもの。元彼の結婚式の帰りにバーへと立ち寄った彼女と、そこで声をかけてきた彼との物語だ。

「もともと複眼視点で物事を書くのが好きなんです。基本的に人は別のことを考えていますよね。一緒にいる時も、同じ気持ちでいる方が不自然というか。ひとりがこう考えている時に、相手は本当のところ、どう考えているんだろうって、いつも考えていて。それを意識的な形として書いた、このテーマは、創作意識を刺激するものでした」