12年間の緊張と開放が詰まったリアルな森絵都を垣間見る短編集

新刊著者インタビュー

2012/3/6

お題がもたらしてくれた刺激的な、初めての感触

 欧州を訪ねて短編小説を書き、それをショートドラマ化するという企画のもと、フランスのブルターニュ地方へ赴き、執筆した「ブレノワール」は、ケルトの血を継ぐ男性が、昔から受け継がれる因習の呪縛の中、それを自分に強いた亡き母の真の想いと出会う物語。お題は〈恋と胃袋〉。その題材となる食材探しの旅で出会った風景は、今も強く印象に残っているという。

「話の芯となる食材が決まらず、“これじゃ、書けない”と思っていた時に、偶然、黒麦畑を見せていただいて。強行軍だったので、同行メンバーにも疲れが見えはじめた時期だったのですが、畑に入ったら、途端にハイになり、みんなでぐんぐん歩き始めてしまったんです」

 枠があることで生まれてきた迷いや焦燥、未知のものとの出会い。“お題”という素材をいかに調理していくかという執筆スタイルは、シーンや人物、これが書きたいという想いからいつも創作が始まるという森さんにとって、あまりとらない手法。だがそのスタイルからはいくつもの発見が。

「お題がある場合は誰かが決めたテーマがまずある。それが自分の中にあるものと触れることで、化学反応を起こすような感覚がありました。普段なら開けない引き出しに手をかけ、初めて触れたものがあったというか」

『野性時代』の特集〈本のない世界〉に寄せたエッセイ「本が失われた日、の翌日」では、本がなくなった世界をリアルに想像していたら、エッセイというより、ファンタジーになってしまい、「頭の中で起こったとするなら、全部がエッセイなんだ」と認識してみたり、〈最後の恋〉がお題の「ヨハネスブルグのマフィア」では、いろんな恋愛を経た上で経験する大人の恋に「やっぱり人間、いくつになっても、何かが始まる」ということを再認識してみたり。さらにアンソロジー『東と西1』へ寄せた「東の果つるところ」では、「文芸誌ではできないことを」という挑戦もした。森作品の中ではかなり異色な強烈キャラの主人公。彼女が語る手紙文で構成された作中には驚くべき家系図が……。

「気になっていた名前を駆使した家系図は、2日がかりで考えた(笑)。全文手紙の文体も初めて。あの頃はずっと、家族であることと、他人であることを考えていて。名前と家族と他人が自分の中で回転して出てきた小説になりましたね」

 そして直木賞を受賞した2006年には、10代向けのアンソロジー収録を前提に発表した「17レボリューション」で高校生主人公を初登場させた。

 

再び描いた10代の世界 同じ地面に立ち、思うこと

「それまで多く書いてきた中学生は、いろんなものを抱え込んでいて、抱え込んでいる自分をまだ客観的に分析できない年代。だからこそいろんな顔を持っていて、それを書くのが楽しかったのですが、高校生になると、自分を客観視できたり、将来のことを考え始めたり、わりとふっきれてくるのかなという感があって。初めて高校生を書いたこの作品では、そのふっきれ感みたいなのを出せればと」

 よりよく生きるために“自分革命”を起こした主人公。“なんか好き”というこれまでの価値基準を改めるために、まず彼女がしたのは、毛筆、和菓子好きの渋くて、愛すべき親友と絶交すること──。弾けるような文体の中には、森さんの高校時代に抱えていた感覚もちらり。

「私はその頃から、友だちと揉め事があっても、10年、20年後に笑って話せればいいかな、くらいに考える子だったんです。ガシっとした価値観もなく、心地よいか、そうでないかで生きていた。今も基本は変わっていないので、それが作中に反映されている部分もあるかもしれません」

 同年に書いた「本物の恋」も女子高生が主人公。夏祭りを舞台に、いろんなものが混じるシーンが幻想的に描かれ、ラストにそれは驚きの収束を見せる。そしてこの1月、『野性時代』に掲載された表題作の「気分上々」は、久々の中学生を主人公にした物語。担当者から“中二以上の男子なら、エロ必須”と言われて書いた一作は、タイトルが出発点。ちょっと上を向き、“気分上々”と言っている男子の姿がまず浮かんできたという。

「でも、ひどい目に遭わせちゃった(笑)。中学生の一日を書いているんですが、あの頃って、とてつもなく長い日があって、いろんなことが変わったりするんですよね。久しぶりに中学生を書いていて感じたのは、彼らの置かれている日常がタフにシビアになっていたことだった」

 長い不況は子どもたちにも影響を及ぼし、数年前に書いた中学生と今とでは、将来に対する構えが違うと感じたという。

「私たちが子供の頃は、いい会社に就職すれば幸せなのかって反発した。でも今の子たちは、幸せがどうのって以前に、そもそも就職できるのかって不安を抱えてる。同時に、そういう時代に生まれたタフさも彼らは持っている気がするんです。そこで大人が子どもたちにできることって、大変でも強がってみせたり、気分上々な感じでふるまってみせることだと思うんですよね。だから若い人向けの物語では、はったりでも景気のいい未来を描ければって気持ちもあります」

 本作は、この12年の森絵都のワークをランダムに、だからこそリアルに感じられる一冊となった。

「振り返ると、お題や制約は、私にすごい緊張を与えてくれた。書きあがった時には一気に開放されて。本書は、この12年間の絶え間ない緊張と弛緩、開放の繰り返しが詰まった一冊だとも言えます」

(取材・文=河村道子 写真=下林彩子)

紙『気分上々』

森 絵都 / 角川書店 / 1575円

2000年から12年まで様々なテーマのもと発表した短編を所収した一冊は、10代の世界に光を当てていた頃に書いた大人の恋物語、全文手紙文の異色作、数年ぶりに描いた中学生など、森絵都の新たな面が見える作品集。「読者の方にとっては初めての作品が多いと思うので、新しい本として楽しんでいただければうれしいです」(森さん)