「大人」になりきれない、困った大人にならないために

暮らし

公開日:2018/4/9

『「若者」をやめて、「大人」を始める』(熊代亨/イースト・プレス)

 精神科医の熊代亨さんによる『「若者」をやめて、「大人」を始める』(イースト・プレス)は現在40代の熊代さんが、今を生きる20代~30代が肯定的に年を取っていけるために、「若者」をやめて「大人」になることの意義を伝える内容になっている。

 この本を手がけたきっかけは、2014年に出版した『「若作りうつ」社会』(講談社)を読んだ年下編集者から「年を取ることに虚無を感じる」と言われたことだったと、熊代さんは語る。

 同書は全編を通して年を取るという要素が、安定感や充実感の源に変わっていくこともあることに触れている。年を取る=衰えるというマイナス要素だけでは決してないという熊代さんの言葉は、「この先どうなっていくのだろう?」と、漠然とした不安を抱える人たちにとっては何よりも優しく響くものとなるだろう。

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 しかし現代は当の大人が、若者以上にどう生きていいかわからない状態に陥っている。女性の場合は「オトナかわいい」「○歳に見えない」といった、若く見えることばかりにスポットがあてられ、男性の場合はビジネス的な勝利か、「チョイ悪」「やんちゃ」的な要素ばかりが取りざたされている。大人としての生き方への言及はほとんど見られず、52歳の香川照之でさえCMで「おとなの階段のぼる~」と歌っている始末だ(ちなみに1947年まで、日本人男性の平均寿命は約50歳だった)。こんな状況について熊代さんも、

年長者ばかりがやたら多く、年少者が少ない人口ピラミッドは、「大人」争奪戦が起こりやすい社会

 と同書の中で指摘するが、争奪戦にあぶれた彼ら彼女らも、生きている限りは待ったなしで年を取っていく。この「大人を始められないまま年を取ってしまった大人たち」は、この先一体どうすればいいのか? 熊代さん、教えてくださいよ!

■自己主張することなく生きている人こそが、よいお手本に

 自分は若い頃と変わっていない=いいことだと考えている大人が、さらに「困った大人」にならないためにどうすればいいか。熊代さんに聞くと、

「いくら自分が若いつもりでも、『本物の若者にはかなわない』ことを自覚するのが第一歩だと思います。そのためには、同世代とばかりでなく、年下世代と接点を持ってみるのが近道ではないでしょうか。

 たとえば、同世代のなかではズバ抜けて若々しい人でも、本物の十代や二十代と並んでみれば、どちらが本当の若者なのかはすぐわかります。会話をすれば、世代や価値観の違いもはっきりするでしょう。年下世代と接点を持ち、互いの違いをきちんと認識できれば、『困った大人』にはなりにくいはずです」

 と答えた。

 困った大人の一例は「永遠の若者」を標榜し、未だに「自分探し」をしている人ではないかと個人的には思っているが、熊代さんはいつまでも自分探しをする大人に対しては、否定一辺倒でもないそうだ。

「中年になっても自分探しを続けられる人って、バイタリティがあると思いませんか? 体力的にも精神的にもしんどいはずなので、才能や運にも恵まれなければ続きません。堀江貴文さんクラスの人物でなければ、難しいのではないでしょうか。そういうことを続けられる稀な人は、稀な人としてそのまま生きても構わないと思います」

 確かに堀江貴文氏や孫正義氏のように、いつまでも新しいことに挑戦する姿勢の持ち主は素晴らしい。しかし彼らは決して子供ではなく、むしろ成熟しきった大人で色々な面で余裕があるからこそ、新たなことにチャレンジできるのではないか。そういう意味では彼らを参考にするのは、色々な面でハードルが高い気がしてならない。

 ではどんな大人をロールモデルにして、若者はもちろん「年だけは大人」の人も、成熟を目指していけばいいのだろうか。ネットの世界を覗いてみると女性専用車両を「男性差別だ!」と主張したり、ニュースサイトのコメント欄に心無い書き込みを続けたりする中年ばかりが目立っていて、どこにもお手本が見当たらない気がしてならないのだが……?

「今の時代は立派な大人やしっかりした大人より、そうでない大人のほうが目立ちやすいですね。SNSなどでは、とくにそうだと思います。だから大半の人にとってのロールモデルは『目立たないところで、それほど自己主張することなく生きている大人』だと想定してください。

 出世の程度や子育て経験の有無にかかわりなく、自分の人生をしっかりと歩んでいる大人には、学べる部分が必ずあります。うだつのあがらない大人にしても、うだつがあがらないまま生きていけていること自体、なかなか凄いことではないでしょうか。そういう大人を軽蔑するのでなく、彼らの生きざまや巧さを見知っておいたほうが、いざ、自分がうだつのあがらない大人になった時も、人生を遭難させないヒントになります。特定のライフスタイルばかり見本にするのではなく、できるだけ色々な大人の、色々な巧さに気づいていただきたいです」

■女性の「オバさん化はいけない」という風潮は不幸

 一方、女性の場合は「オトナかわいい」「オトナ女子」といった、本来同列ではないものが結びついた中で、「ステキな大人でオバさんではない自分」でいるための負荷を課されている気がする。しかしオバさん=女を捨てていて人生終わり、とでも言いたげな考え方には感心しないと、熊代さんははっきり言う。

「実際に“オトナ女子”になれる女性は一握りですから、あの風潮は大半の女性に不幸をはびこらせる、呪わしいものではないかと私は思っています。『オバさん化はいけない』という風潮も不幸です。家族や仕事や趣味にひたむきに生きて、その結果として“オトナ女子”度が低くなったのなら、恥じるべきではないはず。それと、他の女性がおばさんぽいからといって、それで相手のことを見下すのも感心しません。そういうのは、人生経験の足りない人のやることです。巷には、オバさん然としていても立派な女性、敬愛すべき女性がたくさんいると思いますよ。

 世の中に“オトナ女子”がいても構わないのですが、みんなが“オトナ女子”にならなければならないわけではありません。そういう風潮に逆らうためにも、私は、内実の伴ったおばさんをどんどんリスペクトしていきたいですね」

 メディアが取り上げる、いい意味でも悪い意味でも極端にキャラ立ちした「大人」ではなく、目立たないところでこつこつ生きている人こそ、見習うべきものがある。偉人やスゴイ人ばかりに目を奪われがちだが、色々な場面における巧みさに目を向けることが、真の大人になるコツなのかもしれない。

■大人になっても、趣味を楽しんでいい

 熊代さんは当初、この本を「これから若者ではなくなっていくアラサー世代」がおもに手に取ると想定していた。しかしアラフォーからの反響が大きく、「大人になりきれない問題って根が深いんだなぁと実感した」そうだ。そんな熊代さんは学生時代から弾幕シューティングにハマり、20代後半にさしかかったあたりで動体視力や集中力の衰えを感じたことが、「若者」のままのスタンスではいられないと自覚させられるきっかけになったそうだ。

「それもありますが、アニメやライトノベルで曲がり角を感じたのは、『けいおん!』や『化物語』がヒットした頃でしょうか。だいたいその時期から、『自分より年下世代をターゲットにした作品が主流になってきている』と感じるようになりました。家庭を持ち、子育てを始めた時期でもあったので、アニメやライトノベルに触れる時間は減りました。それでも、趣味として捨てたわけではないのですが……。今も『けものフレンズ』や『異世界食堂』などは好きですし、4月からの『銀河英雄伝説 Die Neue These』も楽しみにしています」

 自分は大人だと自覚し、若さを追い求め続ける人生をやめてからも、趣味の世界にいることはできる。そう考えたら、若くない自分を受け入れるのは決して悪いばかりではないと気づけるだろう。

 そろそろ年齢的に「若者枠」でいるのがしんどくなりかけてきたアラサー世代はもちろんのこと、「年は取ったけど気持ちはまだ少年★」や「石田ゆり子や永作博美みたいに、ずっと劣化しないで生きていきたい!」と思っている人にとっても、気づきを得られる1冊だ。

取材・文=今井 順梨