羽田圭介、約1年ぶりの最新刊『5時過ぎランチ』は「時間もコストもたくさんかかっているものすごくお得」【インタビュー】

新刊著者インタビュー

公開日:2018/5/7

芥川賞を2015年7月に『スクラップ・アンド・ビルド』で受賞し、タレントとしても大ブレイク。『ローカル路線バス乗り継ぎの旅Z』では新レギュラーに抜擢され、ミュージカルの舞台に出演(!)するなど、羽田圭介のチャレンジ精神にはワクワクさせられっぱなしだ。

著者 羽田圭介さん

羽田圭介
はだ・けいすけ●1985年、東京都生まれ。明治大学商学部卒。2003年、17歳の時に『黒冷水』で第40回文藝賞を受賞しデビュー。大学卒業後、新卒で入社した会社に1年半勤務し、退社後の09年より専業作家に。15年、『スクラップ・アンド・ビルド』で芥川賞を受賞。近刊に、ゾンビもの長編『コンテクスト・オブ・ザ・デッド』、私小説“風”長編『成功者K』がある。

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約1年ぶりとなる小説最新刊『5時過ぎランチ』には、作家としてのチャレンジが多数盛り込まれている。エンタメ回路を完全開放した全3編は、ガソリンスタンドの店員・殺し屋・週刊誌記者─主人公たちの職業のリアリティを純文学的濃度で描きながら、彼らが巻き込まれた事件の顛末を追いかけていく。「お仕事小説」であると同時に、「犯罪小説」でもあるのだ。作家自身も、本作の「贅沢さ」に胸を張る。

「雑誌で連載していた当時は、純文学からエンタメの方にも足を踏み入れ始めた時期で“職業作家っぽくなりたいな”って気持ちがあったんです。当時は勉強のために本を読んだり映画を観るってことを真面目にやっていたし、資料も山のように読んで、そこで得たものを全部注ぎ込んで書く、ということをやっていたんですよ。ものすごくコストがかかっている、贅沢な小説なんです。原稿の枚数的にも『スクラップ・アンド・ビルド』3冊分ぐらいあるのに、値段はほぼ変わらない(笑)。お得です」
 

2人の女性主人公と弱点を持つ殺し屋

第1編「グリーンゾーン」の主人公=語り手は、茨城のガソリンスタンドでアルバイトとして働く20歳の萌衣だ。物語はこんな文章から始まる。〈赤黒い液垂れ跡が、リアバンパーと左後輪を覆うクウォーター部分にこびりついている。/自分は今、ヤバいものを目にしている。晩夏の夕暮れ時の柔らかな外光でも、それはわかった。/血痕、なのか?〉。すべての出発点となるこのシーン、実話を元にしていると言う。

「教習所の教官から聞いたんです。地元のガソリンスタンドで働いていた時に、ヤクザが洗車を頼みに来て、間違って開けたら、人が入っていたそうなんですね。その話を聞いて、現実はすごいと思いました(笑)。そのまま小説で書くと嘘っぽくなってしまうので、一応“入っていた、かも?”に留めました」

整備士二級の免許を取つ萌衣は、社員以上に仕事ができる。そのため休憩時間も返上し、社員以上に働かされている。〈もう五時になる。今日もまた、昼休憩に入れていない〉。本書のタイトルに直結するその溜め息も、作家自身が会社員時代の多忙な体験に由来しているそう。また、萌衣と同じく、作家自身も「車好き」。自身のさまざまな実感を主人公に移植しながら、自分とはまるで異なる個性と人生を作りあげたのだ。

「女性が主人公の話を書くのは初めてだったんです。冒頭のシーンから入っていって犯罪に巻き込まれて……という展開を考えた時に、男性主人公よりも、女性主人公のほうが面白くなると判断しました。男が車好きだと当たり前すぎてあまり面白くないし、単なる暴力衝動の発散ではないかたちで、犯罪に対抗していく人間を描きたかったんです」

第2編「内なる殺人者」の主人公は、殺し屋のリョウジだ。読者が最初に目にする彼の仕事は、溺死に見せかけた窒息死。鮮やかな手際を、タイトな文章で綴っていく。

「分厚い辞書みたいな『人殺し大百科』とか、検死の本を何冊か読んでみた結果、最終的に風呂場で殺すのが一番いいのかな、と。水の中で殺すと、証拠を消せるんですよね」

この一編は、古今東西の物語作家達が描いてきた殺し屋稼業に、新たな角度から光を当てる試みだ。

「例えば殺し屋が“実は優しい”って、最近のフィクションがやりがちな罠なのかな、と。ただ外せばいいってもんじゃないってところで、じゃあ何を書くか。日常生活じゃないかな、と思いました」

危険な仕事内容ゆえに、殺し屋は毎日毎週、仕事をすることはない。むしろ普通の社会人よりも長い「日常」の時間をどう描くかに、想像力を膨らませていった。そして、死に到ることもある「小麦アレルギー」という要素を、主人公に付け加えた。

「この主人公は小麦を避けるために、食材に何が入っているかものすごく気にしている。世間の人とは日常の見え方が違うっていう感覚は、従来の僕の小説とも近いし、ちまちましてる感じがなんかね、イイんです(笑)。この本の中では『内なる殺人者』が一番好きですね」

第3編「誰が為の昼食」は、アラサーの週刊誌記者・紀世美が主人公だ。中目黒で芸能人のゴシップを追いかけていたはずが、因果が絡み合い「巨悪」と対決することになる。

「出版界の中で、一番大変なのは週刊誌の部署なのかな、と。仕事の内実にも興味がありましたし、仕事柄、何かを追いやすいという特徴も、この職業を選んだ理由でした」

第1編に続き、女性が主人公だが、「日本社会で“働く”ってことを考えた時に、男性に比べて女性のほうが、仕事と私生活とのバランスを考える機会が多いと思うんです。出産をするかどうか、するとしたら何歳頃で、その時は仕事をどうするのか……という問題が、人生設計で複雑に絡んでくる。できるだけいろんな問題意識を盛り込みたいと思った結果、女性を選びました」。テーマ的にも、第1編と共鳴する部分がある。

「食事する時間とか住む場所とか、生活様式って、自分の意思で全部選択しようとすると人生つまらなくなると思うんです。例えば、仕事じゃないと絶対行かない場所ってあるじゃないですか。自分ではそこへ行こうなんて考えもしなかったけど、仕事で強制されたことによって、降りたことのない駅に降りてみた、とか。強制から始まる人生の充実って、意外と大きいと思うんですよ」
 

どの作品がベストかは僕が決めることじゃない

全3編は、登場人物や物語は異なるものの一部リンクしている。連作形式の導入も、初の試みだ。

「とはいえ、連作としての繋がりはだいぶ削って、整理しました」

実は、冒頭から羽田が語っている本作の執筆「当時」とは、5年前のことだ(文芸誌『紡』2013年春・夏・秋号掲載)。雑誌掲載から単行本化まで、異例とも言える大きなタイムラグが生じた理由とは─。

「端的に言うと、本になる前の原稿に対して自信を持てなかったんです。今まで自分が出してきた本の中でベストだと信じられなければ、新しい本を出してはいけないんじゃないかと思っていたんですよね。このままでは出せないと思って、原稿の大幅な改稿作業をやっていたんですが、いつまで経っても終わらなかったんです。でも、芥川賞を取って以降、たくさんの読者から感想の手紙をいただけるようになったんですね。かなり古い作品であんまり自信がないやつとかを、一番好きですと書いてくださっていたりするんですよ。どの作品がベストかは人によって違うし、書き手の僕が決めることじゃない。この題材が内包する可能性の中でベストな形に直すことができれば、後は読者に委ねればいいんだって吹っ切れたんです」

そして、ついに、この一冊を読者に手渡せることとなったのだ。

「今後は自分が今一番考えていることを題材に、小説を書いていくのかなと思っています。こういうテイストのエンタメ作品は、向こう10年ぐらいはたぶん書かないと思う。その意味では、すごく貴重な本。読者の感想が今、ものすごく楽しみなんです」

取材・文:吉田大助 写真:宇都宮 修