文体模写カルチャー誕生秘話!すべてはドS編集者の“無茶振り”から?『ケトル』編集長・嶋浩一郎×『もしそば』神田桂一

文芸・カルチャー

2018/6/6

(左)『ケトル』編集長・嶋浩一郎氏(右)神田桂一氏

 ドストエフスキーから星野源まで、古今東西の文豪たち100人(「迷惑メール」などの、名も無き書き手含む)の文体を模倣しながら、ひたすらにカップ焼きそばの作り方を書き連ねた『もし文豪たちがカップ焼きそばの作り方を書いたら』(略称・もしそば、神田桂一・菊池良共著/宝島社)。昨年6月の発売以来、第2弾とあわせて計15万部のヒットとなっている。

 ふたりの著者のもとには、発売から1年経とうとする今も、文体模写を絡めた原稿依頼が引きも切らない。今春には、『もし文豪たちが現代の文房具を試しに使ってみたら』(ごま書房新社)という文房具パロディーの類似本まで登場した。

 にわかに盛り上がりをみせる文体模写だが、珍企画のヒットの過程には編集者とライターとタフなやり取りがあったという。そんな“文体模写カルチャー”誕生秘話について、広告界を代表するクリエイティブディレクターであり、雑誌『ケトル』の編集長の嶋浩一郎さんと、著者のひとりであり、同誌のライターも務める神田桂一さんが語った。

■編集長から無茶振りされる“チャレンジ担当”がきっかけ

嶋浩一郎さん(以下、嶋):神田君、今でも文体模写の依頼が来るんだって? ライターの新しいジャンルを切り拓いたよね。

神田桂一さん(以下、神田):(編集長を前に、恐縮した面持ちで)発売から1年が経とうとしていますがいまだに、ワールドカップの試合ニュースを村上春樹文体で書いてくれと新聞社から依頼があったり、ネットのお笑い番組を文豪の座談会形式で解説する仕事が来たりしています。文体模写って意外と息が長いなぁと思っているんですが、そもそものきっかけは6年前。雑誌『ケトル』の第8号「村上春樹が大好き!」で村上春樹を特集したときにまでさかのぼるんです。

『ケトルVOL.08』(太田出版)

:前提を説明しておくと、基本的にこの雑誌のコンセプトは、「ムダな知識とムダな情報」です。これらが実は世の中の新しいイノベーションを生み出しているっていうふうに僕は思っています。そのうえで、「村上春樹特集」だったら、村上春樹が大好きな人ならきっとここまでやるに違いないってことを先回りしてやっちゃうっていうのが裏コンセプト。そんなおバカなことまでしないでしょっていうことにあえて挑戦する。でも、そこに意外な発見があったりする。

 だから、村上春樹ファンならば村上春樹の小説のタイトルが付いている店には当然行ってるよねってことで。それで、春樹ファンだと自称していた神田君を呼んで尋ねたところ、「いや、行ってないです」って言うからそれじゃ、ハルキストを名乗る資格はない! って怒ったんだよね。「ならば行ってこい! そして、村上春樹文体で記事をよろしく!!」と特命を出したんです。

神田:行ってきました…。僕は『ケトル』では、シャーロック・ホームズ特集でも「シャーロック・ホームズ」と名の付くお店を全国津々浦々まわったり、ジャッキー・チェン特集では酔拳をやってみたりと、“チャレンジ担当”なんです。でもこのときは、文体模写なんて初めてやるし、どうすればいいか分からなくて。しかも、取材から締切までがけっこう短くてヤバかったんです。

:いつもスケジュールは前々から言ってるのに、ギリギリにしかやらないからじゃない!

神田:本当にすみません(苦笑)。それで試行錯誤しながら、といっても一晩で書いたんです。だんだん筆がのってきて、「あれ、これいけるんじゃないか」という感じにスルスルと。それで、当時は『ケトル』の原稿は編集長の嶋さん以外にも、CCで他の編集者やライターにも送っていたんです。そしたら、その1時間後くらいに立て続けにメールが来て。「神田さん、これ面白いっすよ」みたいな、いつにない仲間たちからの反響があって、あのときは嶋さんからも一発 OKをいただいたと思います。

:神田君ってインドアタイプなんだけど、うちの雑誌ではチャレンジングに、体を張って仕事してくれるんです。それに、僕がかなり難しいお題を頼みすぎたのかもしれないけど「また編集長が無理を言っている。やれやれ」といったテンションが、村上春樹文体に妙にハマってね。『ケトル』は編集部員が書いた記事はクレジットつけないんだけどあの記事は異例の署名原稿として掲載しました。

■村上春樹文体を書くための“ものまね3箇条”

神田:このときに味をしめちゃいまして。それでFacebookなどに、村上春樹の文体模写を趣味で書くようになったんです。

:村上春樹の文体模写ってどうやると身につくの? 「これを押さえておけば、春樹になる」、文体ものまね3箇条を教えてよ。

神田:まず「断定しない」でしょうか。

:結論を言わない、ということだね。よく言えば、想像力の余白を残す。悪く言えば、結論の先送り。村上春樹の小説にはよく「人間には2種類いる。○○をする人間と、○○をしない人間」という表現が出てくるけれど、あれも村上春樹らしい文体だと思う。

神田:それから、自分のことをやたらに「ふつう」「凡人」と言います。

:それはすごくあるよね。村上春樹の小説には「ワイシャツにアイロンをかけて畳むまでに7工程ある」と書かれていたり、家事をしているシーンがよく出てくる。内田樹さんはこれを指して、家事こそが人間にとっての尊厳や武器であり、邪悪なものが日常に侵入するのを守っていると論じているけれど、「ふつう」や「凡人」という言葉が頻出するのもそれに関係している気がするな。じゃあ、3つ目は?

神田:えーっと…、でもやっぱり個性的な比喩表現でしょうか。「謝肉祭の季節を迎えたピサの斜塔みたいに前向きで、しっかりした勃起」とか。

:「新宿駅くらいの長さのダイニング・テーブル」みたいなね。そんなポイントを押さえつつ、SNSで村上春樹文体を極めていったわけだ。

神田:そうです。そうしたらある朝、アイデアの神様が降りてきて、村上春樹のマニュアル本をつくったらいいんじゃないかと思いついたんです。村上春樹が婚活会場に行ったり、企業の面接に行ったり、シチュエーションごとに村上春樹ならどうするかというのを、ビジネス書を模して試しに色々書いてみました。

:結論がない人のビジネス書って面白いな。「世の中には2種類の人がいる。年収1000万以上の人と、そうではない人である」なんてね。これはなんでやらなかったの?

神田:ちょうどそのときに、共著者となる菊池良君がTwitterで「村上春樹がカップ焼きそばの説明書を書いたら」というのを投稿してバズっていたんですよ。だから菊池君に声をかけて、一緒にやることにしたんです。ふたりで村上春樹の色んなシチュエーションの例文をたくさん書いて、各出版社に企画書を出したのですが断られまくりました。

■第2の無茶振り編集者、現る

神田:最後に、今回企画プロデュースをお願いした編集者の石黒謙吾さんのもとに持っていって、やっと出版社に企画が通りました。そのチューニングで、村上春樹で色んなシチュエーションを書くのではなく、色んな文豪による1つのシチュエーションを書いてはどうかと提案されたんです。

:それの方が難しくない? 森鴎外とか神田君が読んだことない文豪の作品も読まなきゃいけないわけでしょ。

神田:そうなんですよ。でも通った企画書にはそのように書かれちゃってるし、きりがいいから100人分やりましょうってことになり、僕と菊池君の顔がどんどん青ざめていきました…。

:またチャレンジさせられてる(笑)。でもまぁ、ドSな編集者と付き合うとライターと企画は鍛えられるって話だね。それでどうやって乗り切ったの?

神田:最初は自分たちがふだんから読んでいて、好きな作家を優先して書いていったんですよ。じゃないと絶対に終わらないと思って。それでも2人で分けても50人分を満たすには足りない。それで、気になっていた作家やミュージシャン、『POPEYE』や『文藝春秋』などの雑誌も加えて。未読の作家の場合は、代表作とデビュー作を読んでなんとかしました。

:人の文体を模写するには、どこに注目してみるといいわけ?

神田:小説だったら、文末に一番特徴が出ますね。「です、ます」や「だ、である」とか。関西出身の小説家だったら「○○やね」などですね。あと、擬音などでもけっこう特徴づけられるんですよ。オーバーに書くといいんです。

:文体模写もやり続けるうちに進化していくものなの?

神田:しますね。特にコラムやエッセイは、その人が言いそうなことや思想を模写してしまうと、何を書いてもその人になれる。だからそれが一番楽っていうか。内田樹さんも入ってますけど、内田樹さんだったらこういうこと言うでしょみたいな感じのことが、著書を読みまくったらだいたい分かってきます。

■文体ものまね芸人は、文脈で相手の本質を見抜く

:話を聞いていると、文末含め言葉の連なりである文脈が大事な気がする。例えば、ウッディ・アレンだったら、地球が爆発したらどうしようとか、絶対にありえない不条理を早口でまくし立てる感じ。やっぱり言葉っていうより、文脈なんだよね。この人はこういう文脈、というのを掴むと強い。だから、意外とこの人観察力あるんだなって。

神田:あははは。ありがとうございます。

:つまりそれって、言葉の表層のコピーっていうよりは、思想のコピー。この人は何者だという、本質の捉え方じゃないですか? それはすごいなって思います。

神田:そこは心がけるようにしました。文体ものまね芸人です。

:ものまね芸人の中でも、コロッケとか、ものまね四天王って言われているレベルの人って、絶対本人はしないことをやってもそういう風に見えちゃう。一度、根本的なところを掴むとあとは何をやっても本人がやってるように見える。だから、村上春樹は就職面接には行かないでしょと思っても、文脈をコピーすることで、行っててもおかしくないように思えてくるということなんだろう。

 あと「もしそば」は、本を読まない人に「この語り方って面白い」と、文豪との新たな接点をつくるかもしれない。出版業界にとってはいいことですよ。でも、文豪ファンから怒られそうなところも秘めていてそこは怖いけど。

神田:100人も書いたら誰かは怒るだろうと思ったのですが、不思議なくらいに炎上がなかったんです。僕は現代作家担当だったのでリスクは高かったんですが。

:そもそも無茶振りから始まった本なんだから、多少のリスクは覚悟のうえでしょ。最後に、お蔵入りになった村上春樹の婚活シチュエーションの原稿もやっぱり読んでみたい。

神田:ありがとうございます、原稿は手もとに残ってますんでぜひ!

■村上春樹が婚活パーティに行ったら

僕「この椅子、生まれたてのシマウマのように見える」

かすかな沈黙があった。

女性「あなたって面白い人ね。名前は?」

僕「ワタナベと言います」

女性「ワタナベさん。おいくつ?」

僕「37歳です。大阪で生まれました。東京に出てきたのは、2003年です。オレオレ詐欺が深刻化した年でもあった」

女性「よくご存じね。オレオレ詐欺。なんだかいい響きね」

僕「よかったらどうですか。さっき会場から持ってきたんです」

女性「まあ、サンドウィッチ」

僕「ここのサンドウィッチ、なかなか悪くないです。ツナとたまごのサンドウィッチです」

女性「うん、いい味ね」

僕「この近くにおいしいサンドウィッチとオムレツを出すバーがあるんです。今度よかったら一緒に行きませんか?」

女性「ワタナベさん、何でも知っているのね」

僕「僕は普通の人間です。ただの凡人です。僕が何かに秀でているとすれば、良い耳と悪い耳を見分けられることくらいかな」

女性「やっぱり変わっているわ。ワタナベさん、今からそのバーに行きましょう」

僕「今からそのバーに行く」

女性「そうよ、嫌なの?」

僕「君が望むなら断る理由がないし、僕には行かない理由もない。それが僕にとっていいことか悪いことかもわからない」

表参道は軽い小雨が降っていた。婚活パーティを抜け出してバーに入るにはうってつけの天気だった。

取材=小山田滝音 文=皆本類

【プロフィール】

嶋浩一郎(しま・こういちろう)
1968年東京都生まれ。1993年博報堂入社。コーポレート・コミュニケーション局で企業のPR活動に携わる。01年朝日新聞社に出向。スターバックスコーヒーなどで販売された若者向け新聞「SEVEN」編集ディレクター。02年から04年に博報堂刊『広告』編集長を務める。2004年「本屋大賞」立ち上げに参画。現在NPO本屋大賞実行委員会理事。06年既存の手法にとらわれないコミュニケーションを実施する「博報堂ケトル」を設立。カルチャー誌『ケトル』の編集長、エリアニュースサイト「赤坂経済新聞」編集長などメディアコンテンツ制作にも積極的に関わる。2012年、東京下北沢に内沼晋太郎との共同事業として本屋B&Bを開業。編著書に『CHILDLENS』(リトルモア)、『嶋浩一郎のアイデアのつくり方』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)、『企画力』(翔泳社)、『このツイートは覚えておかなくちゃ。』(講談社)、『人が動く ものが売れる編集術 ブランド「メディア」のつくり方』(誠文堂新光社)がある。

神田桂一(かんだ・けいいち)
一般企業に勤めたのち、週刊誌『FLASH』の記者に。その後フリー。雑誌は『ポパイ』『ケトル』『スペクテイター』『クイックジャパン』『TRANSIT』「Yahoo!特集」『週刊金曜日』などで執筆。