ほんのりBLが今っぽい。就活女子の描いたダ・ヴィンチ文学賞大賞受賞作がついに刊行!

新刊著者インタビュー

更新日:2013/12/4

読み終えた瞬間、挑発的なタイトルに込められた意思と情熱に気づき、感動で満たされる──。読者審査員からの圧倒的支持を受け、第6回ダ・ヴィンチ文学賞大賞を受賞した『笑えよ』が、3月16日に発売になる。装画は人気マンガ家・渡辺ペコ。著者の工藤水生が渡辺の大ファンであり、『笑えよ』の世界観もどこか渡辺作品に通じている。

「──おれ、女のひとがだめなんだ」「知っていたよ。だって、見ていたもの」。そんな告白シーンから始まる不思議で愛おしい青春小説『笑えよ』は、著者のどんな想いから生まれてきたのか?

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取材・文=吉田大助 写真=岡村隆広

 

 

言葉にできないものを、 言葉で表現してみたかった

その人はドーナツ屋さんで、ドーナツを選ばず、担々麺を頼む。そんなちょっと変わった彼は、異性ではなく、同性に恋愛感情を抱く。その様子を観察している彼女は。工藤水生『笑えよ』は、高校生男女3人の関係性を、みずみずしい筆致で描き出す。

「3人のわだかまりというか、それぞれの抱えているものが主軸になっている。どの順番で誰にカミングアウトさせるのかを決めて、間にエピソードを挟んでいく形でお話を考えていきました。最後をどうするかだけは、初めから決めていました。〝絆〟といってしまっていいのかわからないんですが、3人の〝つながり〟を描くことで終わろう、と」

 本作を執筆するうえで、敬愛する作家たちからパワーをもらったと本人は自覚している。小説家では、三浦しをん、津村記久子、恩田陸。マンガ家では、ヤマシタトモコ、よしながふみ、オノ・ナツメ、渡辺ペコなど。

「自分の好きな小説やマンガの、どんなところに私は惹かれているのかなって考えた時に、友情とも恋愛とも違う、〝言葉では割り切れない関係性〟っていうのが出てきたんだと思います」

 自分の実体験は、ほとんど反映されていないそうだ。

工藤水生

くどう・みずお●1989年、北海道生まれ、北海道育ち。現在、北海道大学文学部に在学中。就職活動中に、小説執筆を決意。短編小説の新人賞に2回投稿経験後、初めて原稿用紙100枚突破に成功した『笑えよ』で、第6回ダ・ヴィンチ文 学賞大賞を受賞。

「自分のことを書こうとしたり、自分が経験してきた学校での生活を書こうって考えると、視野が狭くなって、単なる日記っぽくなるんじゃないかと。自分とは距離を取りたいなと思ったので、高校生を主人公にしました。やっぱりどこかで、自分の一部みたいなものは出てきましたが、バランスはうまく取れたんじゃないかなって思います。……あとは反省ばっかりなんですけど(笑)」

 工藤は、北海道大学文学部に在学中。「2回目の4年生」という現在の立場を選んだ理由は、就職活動に再トライするためだった。本が大好きな彼女の第一志望は、『ダ・ヴィンチ』を発行するメディアファクトリー。小説を書き出したきっかけは、昨年の就職活動だった。

「メディアファクトリーのエントリーシート(就職試験の一次選考を兼ねた応募用紙)に、〝何か表現をした経験はありますか?〟という項目があったんです。もしダ・ヴィンチ文学賞で一次選考を通過できたら、それをエントリーシートに書けるぞ、と。今年も受けるつもりだったんですが、賞をいただいてしまったので……今は頭が真っ白です(笑)」

 投稿はしたが、自分の書いたものが多くの人に読まれることは想像もしていなかった。だが、「呼びかけるようなタイトルにしたら、気になって、手に取って読んでもらえるかもしれないなと思ったんです」。そんな言葉からも明らかなように、彼女は小説を通して人とつながり、社会とつながることを求めている。

 彼女がこの小説で一番こだわったもの。それは、ラストだ。

「ハッピーエンドかどうか、一概には言えない。すぐわかるような希望ではないけれど、そこにはちゃんと希望があるっていう。そういうものが私自身も好きだし、自分でも書ければいいなって。分類不可能な感情や関係性、言葉にできないものを言葉で表現してくれるのが小説じゃないかなって思うんです」

 第1作を紡ぎながら、工藤は小説の意味を肌身で理解したのだ。

「初めてこの長さの小説を書けたことは、自信になりました。次は何が書きたい、というはっきりしたイメージはまだありません。でも、私の小説を読んで、選んでくださった皆さんのお気持ちに応えるためにも、必ず、書きます」
 

読者審査員の選評より

うまく言葉にはできない魅力がある。受験生の閉塞感や、初雪、冬の花火などの情景が目に浮かぶようにリアルに感じられた。ラストの大胆さも、この作品を深く印象付けることに成功していると思う。(奈良県・男性・33歳)

「スノードームの中にいるみたいだ」、「もう冬だなあって思いながらやる線香花火もいいだろ」、「雪目になりそうだ」……。冬の描写がとても好きです。また、担々麺やちまき、自動販売機のコーンポタージュといった食べ物に、無性に魅力を感じました。自分も高校生の時にしたような会話にドキドキし、この物語の3人の関係に惹かれました。読んでいると、冬の白い景色の中に登場人物の表情や動きが浮かんでくると同時に、自分の高校生の時の思い出も浮かんできました。(東京都・女性・21歳)

小道具がうまく活かされて、一つ一つの出来事がより自然に、より日常的に感じました。主人公の感情も主張しすぎず、でも最後の部分は心にぐっとくるものがあり、ちょっぴりせつなく泣けました。小難しい言葉を使わずとも深みのある表現ができるのだなと思いました。(大阪府・女性・34歳)

現実にいる高校生が悩んでいる様子を垣間見られたような作品。自分自身の高校生活と重ねて読める。その年代特有の会話はもちろんだけれども、心理描写が非常にうまいと思う。タイトルの意味がわかったときは、なるほどと思うと同時に、青春時代のほろ苦さのようなものも考えさせられた。大人たちを主役にした作品を読んでみたくなる。(埼玉県・男性・21歳)

真っ白な雪道を歩く3人の姿が目に浮かんだ。主人公の柏木葉、橋立、仲平の個性が丁寧に描かれていたため、それぞれの悩みや弱さが露呈した時に、自然に感情移入をすることができた。また、葉がおさだくんと過ごす場面で、葉の居心地の悪さや、苗字の漢字すらも覚えることができなかった状況の描写は、自分自身の経験を思わず重ねてしまうほどリアルで、著者の表現力の豊かさを感じた。(大阪府・女性・27歳)

高校生の、何にも形容しがたい思春期の空気がよく出ている。男子二人の人物描写もいいし、主人公のもやもやとした心の中や、親友の恋愛事情など、リアルに描かれていた。主人公がただの傍観者としてではなく、主体的に動いていく姿には好感が持てた。恋愛感情抜きに誰かのことを丸ごと好きだと思える感覚も、この主人公ならではと思えてしっくり来た。(京都・女性・36歳)