“死の権利”を行使する人に寄り添う若き医師を描いた「浜辺の死神」が、第5回「暮らしの小説大賞」を受賞!

文芸・カルチャー

2018/7/16

 第5回「暮らしの小説大賞」の授賞式が、2018年6月22日(金)、都内で開催された。同賞は、産業編集センター出版部主催の文学賞。2013年6月の創設当初は、暮らしのベースとなる“衣・食・住”にテーマやモチーフを絞っていたが、節目となる第5回よりこの枠が取り払われた。フィクションであることを唯一の条件に、読み手の心を揺さぶる小説をプロ・アマ問わず広く募集した結果、739作品という過去最高の応募総数を記録。そんな中、厳正な選考を突破して大賞に輝いたのが、嘉山直晃さんの「浜辺の死神」だ。

 身体的あるいは精神的な理由により、生き続けることで尊厳が損なわれると本人が主張し、第三者がそれを認めた場合、「死の権利」を行使することができる「DR法」が施行された世界を舞台に、人々の葛藤や心のふれあいを描いた本作。

 のどかな海辺の町で「DR専門病院」を営む神恵一は、人生のピリオドを打ちに訪れる人々の手を取り、その身体からぬくもりが消えるまで寄り添い続ける若き医師。随所でその倫理性が問われるなか、「人殺し」「死神」などと非難されながらも、恵一はなぜ職務をまっとうしようとするのか──。

■受賞者はフィットネス業界で活躍中のスポーツマン

 著者の嘉山直晃さんは、1985年生まれの会社員。法政大学卒業後、フィットネス業界で運動指導を手がけてきたという異色の経歴の持ち主だ。かつてはインストラクターとして経験を積み、現在はプロフェッショナルの育成を行うフィットネス指導者として活動している。そんな嘉山さんが受賞の第一報を受けたのは、福岡へ向かう飛行機の中でのこと。受賞の挨拶では、その時の状況をやや緊張気味に語っていた。

「すべての電子機器がご使用になれますとのアナウンスが流れたので機内モードを解除してみると、受賞のお知らせメールが届いていたんです。一瞬、思考停止状態に陥りました。喜びはその後じわじわとわいてきて、めったに使わないSNSに投稿してみたり、不義理していた友人に連絡をしてみたりと、しばらくは浮き足立った行動をとっていましたが、今は落ち着いて改稿作業に励んでいます」

■地下鉄の駅に貼られた1枚のポスターが人生を変えた

 長編小説の応募は初めてという嘉山さん。学生時代から執筆活動を始め、自身の美的感覚や価値観を投影した世界観を膨らませながら、ふとした瞬間心に焼きついた風景や想いを綴ってきたものの、人に読んでもらうことを意識したことはなかったという。

「毎日乗り換えに利用している地下鉄の駅で、1枚のポスターが目に飛び込んできたんです。思えばそれまでの私は、自分が美しいと思ったイメージを自由に表現するだけで、読者不在の“暮らしの1ページ”のような作品ばかりを量産していました。でも『暮らしの小説大賞』なら、自分の感性が活かせるかもしれない! ポスターを見てわき起こった思いを起動力に、過去に書いた作品をベースに読者を想定した構想を練り直して描き上げたのが、『浜辺の死神』です」

“尊厳死”や“安楽死”はセンシティブな問題ながら、ニュースでもたびたび報じられるタイムリーな話題でもある。嘉山さんはなぜこのようなワードをテーマに選んだのか。

「私が20代半ばの頃、身内がバタバタと倒れた時期がありました。彼らの弱っていく姿を見ながら書き上げたのが、受賞作のベースとなった小説です。当時から生活の中でしみじみ感じたことや脳裏に焼きついたイメージを記録しておきたいという欲求が強かったのかもしれません。なぜなら、日常生活には小説のヒントがちりばめられているから。たとえば、帰宅した子どもを『おかえり』と迎える暮らしの1シーンを切り取っても、窓から差し込む光の加減や子どもの表情、それを見ている私の気持ちなど、物語の要素があふれていると思うのです」

 本作の編集を担当する産業編集センター出版部の松本貴子さんは、選考の決め手をこう語る。

「決め手はやはり、暮らしの中にある“死”を取り扱っている点でしょうか。単に死生観を問うだけではなく、慎重に死と向き合い、寄り添っている主人公の魅力が際立っていると感じました。情景描写や心理描写も秀逸で、今いる場所から物語の中へスーッと入っていけるような感覚をおぼえさせてくれる印象深い作品です」

 本作の書籍化にあたり、嘉山さんは「小説になじみのない人にも読んでいただける作品に仕上がっていると思います。主人公に共感してくれる方がいればうれしいですね」と控えめに語った。

「浜辺の死神」の発刊は10月ごろの予定だ。

取材・文=村岡真理子

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