『うわさのズッコケ株式会社』で児童文学の掟を破る!? 「ズッコケ」と歩んだ40年。那須正幹さんインタビュー

文芸・カルチャー

2018/8/3

 1978年に『それいけズッコケ三人組』が出版されて、今年でシリーズ40周年。わんぱくだけど短気でおっちょこちょいのハチベエ、博識で努力家だけどなぜかテストの点は悪いハカセ、動きはのろくぽっちゃりしてるけど誰よりも優しいモーちゃん。世代を超えて子供たちが夢中になってきた、みんなの“友達”だった三人組。著者の那須正幹さんに、40周年をふりかえってみてどう感じているのか、お話をうかがった。

■時代を先取りしてきた、ズッコケ三人組のスゴさ

――40周年、ふりかえってみて、いかがですか?

那須正幹氏(以下、那須) 僕は今年で76歳ですからね、人生の半分以上を『ズッコケ』と一緒に過ごしてきた。ハチベエ、ハカセ、モーちゃんの三人組は、自分の子供よりも付き合いが長いわけで、ずっと心のなかに棲み続けている家族みたいな存在ですね。

――シリーズは2004年に刊行された『ズッコケ三人組の卒業式』で完結。その後、「ズッコケ中年三人組」シリーズが開始しましたが、2015年に3人が50歳を超えたところでこちらも完結しました。終わらせるのは、さみしくなかったですか。

那須 いやあ、そうでもなかったかな。もう書かんでもいいって思ったら、ある意味でせいせいした(笑)。理由はいろいろとあったんですけどね。最終巻にあたる『ズッコケ熟年三人組』を書き終わったころに安保法案(安全保障関連法案)が成立して。これからの日本はどうなるんだろう、再び“戦前”のような時代が訪れるかもしれない日本に、彼らの活躍する場があるだろうか……と考えた。僕にとって三人組は、平和と民主主義の申し子のような存在だったし、今の時代の流れにやや腹を立てている部分もあった。僕も70を過ぎて体力の限界を感じていたし、このへんで打ち止めにしておこうかと、まあいろんな動機が組み合わさった結果ですね。

――子供時代、ズッコケシリーズの何が魅力的だったかって、時々作中の陰に漂っている悲しみみたいなものにあった気がするんです。きれいごとじゃ済まされない、児童文学らしからぬ理不尽なものに、三人組が相対することがたびたびある。それでも持ち前の威勢のよさや信じるものに従って三人は乗り越えていく。

那須 そうねえ。僕が児童文学作家だからといって、いい歳した大人が子供と同じ立場に立てるわけがない。子供と大人が共有できるところを見つけてそこで勝負するのが大事だと思っていたから、シリアスなことも書くし、わりと子供読者に対して意地の悪い書き方もする。案外子供は、それで作品を嫌いになったりはしないんですよね。

――印象的だったのが『緊急入院!ズッコケ病院大事件』で、デング熱を日本に持ち込んでしまう男の人生は、わりと痛ましいというか、残酷なところがありましたね。

那須 実はデング熱だったということなんだけど、あの頃はとくに知られてなかったのに、4年前から国内でも流行するようになったねえ。

――『こちらズッコケ探偵事務所』では、タエ子姉さん(モーちゃんの姉)が「男の子というのはみんな女装したい気持ちがあるものだからね」というセリフがあって、ちょいちょい時代を先取りされてらっしゃいますね。

那須 僕自身がすることはないんですけどね(笑)。なんとなく感じとっているところはあったのかもしれない。

■那須さんにとっていちばん思い出深い一冊とは?

――三人は毎回、いろんな職業を体験したり事件に巻き込まれたりしますが、ひとつとして似たものがなく、いつもわくわくしました。どうやって思いついていたんですか。

那須 いつも聞かれるんだけど、自分でもあんまり覚えていないんですよ(笑)。たぶん無意識にアンテナを張っているんだろうと思います。『中年組』でロマノフ王朝の末裔なんてのが出てきたことがあったけど、あれはたしか、中野京子さんの本を読んだのがきっかけだった。これは使える、と興味を惹かれたものがあれば、それを起点に調べていく。それでわかったことを作品にどんどん繋げていく、という作業が僕はけっこう好きなんですよ。

――ハカセは子供時代の那須さんがモデルということですが、やっぱり知識欲が旺盛なんですね。

那須 調べるのは好きですね。そういう僕の凝り性なところというか、蘊蓄を傾けるところはシリーズの中でもたびたび出てきますね。子供にわかるだろうかと思うところもあったけど、みんな意外と楽しんでくれるんですよ。

――楽しかったです。今でも覚えているのが『うわさのズッコケ株式会社』で、あの作品で初めて株式という仕組みを理解したことがその後の礎になってます。

那須 あのときは商法の本をずいぶん読んだなあ。僕は農科大学だから、経済に関してはまったくの素人で算数も苦手。九九くらいはわかるけど、僕が計算すると必ず間違えるんですよ。だから編集者がいっつも、利益計算があわないって指摘して全部修正してくれた(笑)。そういえば、あの本を読んでベンチャー企業を起ち上げたという人がいましたよ。子供のころに読んだのがきっかけで、社長になろうと決めたんだと。

――すごい! それだけ子供たちにとっては衝撃的な作品だったということですね。

那須 評論家に言わせると、子供による金儲けという児童文学において一種のタブーだったものを打ち破ったらしいです。僕はただ、金儲けの話を書いて、章の終わりにいつも儲け金額を書いたら面白いだろうと思いついただけだったんですが。

――けっこう儲けていたのに、最後にハチベエが「社長をやるのはもう疲れた」と言ってあっさり辞めるのも、すごいなって今読み返しても思います。

那須 それも評論家によればいい引き際だそうです(笑)。僕としては、物語も終わらせなきゃいけないし、金儲けをし続けるのは単純にくたびれるよなあと思っただけなんだけど。あれは子供にも評判のよかった一冊ですね。『ズッコケ時間漂流記』で平賀源内を登場させたときも喜ばれたな。知らなかったけど、あれを読んで好きになったと。あの頃は彼も今ほど有名じゃなかったですからね。

――ちなみに今、小学生シリーズの50冊を対象に総選挙をやっていますが、那須さんのお気に入りはどれですか。

那須 『ズッコケ(秘)大作戦』かな。北里真智子(マコ)というキャラクターをつくりあげたときは我ながら「やった!」と思いましたね。ミステリアスな転校生で人気者になるんだけど、だんだんかなりの嘘つきだってことがわかってくる。ふつうそういう女の子は非難の対象だけど、彼女は嘘をつくことによってどんどん魅力が増していくんですよ。児童文学なのだから「嘘をついてごめんなさい」と物語を終えるのが定石だけど、彼女は最後まで嘘をつきっぱなし。しかもそれを三人組は黙って受け止めるという。あれを書けたのは、よかったなあ。

――彼女の嘘をつかざるをえなかった事情も、先ほど言った「悲しみ」のひとつで、いろいろと考えさせられました。

那須 あとは『ズッコケ三人組の未来報告』。文庫本には収録されていないけど、あの巻以降、ハチベエたちの教室風景が一枚絵で冒頭に挿入されるようになったんですよ。編集者が頼んだわけではなく、イラストの前川かずおさんが自分から描いてくれてね。亡くなる直前に描いてくださった最後の作品だったから、一種の遺言のようなものだったんじゃないかと思う。イラストの中には僕と前川さんもいて、これでこの作品のなかで永遠に生きられるっていう想いがあったんじゃないかなと思います。じんときましたね。話そのものも、中年シリーズの走りみたいなものだから、僕にとっては大きな作品です。

■今と昔、子供たちの変わるものと変わらないもの

――シリーズ50巻という重みをしみじみ感じるのですが、刊行当初は児童文学のシリーズものがそもそも少なかったとか。

那須 『メアリー・ポピンズ』とか『長くつ下のピッピ』とか、イギリスでは同一キャラクターのシリーズというのはたくさんありました。日本だと舟崎克彦さんの「ぽっぺん先生」シリーズが出ていたくらいでね。松谷みよ子さんの『ちいさいモモちゃん』とか、幼年向けはあったけれど、高学年を対象としたものはほとんどなかったんですよ。学研の学習雑誌『6年の学習』で連載することは決まっていたから、6年生に設定しました。歳をとらない方式をとったのはまあ、一種のアンチテーゼですね。あの当時、児童文学は成長の文学だといわれていたけど、成長しない主人公でもいいじゃないかという反発心があった。

――確かに三人とも、毎回、ちょっと大人になったように見えますけど、次の巻ではリセットされていますよね(笑)。

那須 金太郎飴ですよ。どこを読んでもハチベエはおっちょこちょいだし、モーちゃんはのろま、ハカセは理屈屋だっていう。これは不変のものとして50巻ずっと貫いてきました。シリーズ通して三人に成長のあとはいっさい見られない(笑)。

――この三人の関係性が絶妙ですよね。ハチベエはけっこうひどい言動をとっているんですけど、二人がいてくれるおかげでチャーミングですし。

那須 誰かがジャンケンの関係性だと言っていたな。あとは、ハカセが父性でモーちゃんは母性、ハチベエは子供って説明する人もいた。こっちはそこまで考えて書いてないんだけど(笑)。

――ハカセは頭がいいのにテストでいい点がとれない。モーちゃんはぽっちゃりおっとりしているのに、女の子にモテる。三人の意外性は魅力のひとつだったと思います。

那須 逆説的なものを入れることによって、子供が親しみをもってくれるんですよ。最初はハチベエファンが多いんだけど、今はモーちゃんが人気ですね。時代はほら、癒し系だから(笑)。あとは三人のように、喧嘩してもすぐ仲直りできる友達関係がうらやましいというのがファンレターでも多いですね。今の子供はやっぱり、人間関係で悩んだりストレスを抱えたりしているんだなというのがわかる。今は、いじめの問題もあって、すぐに相手の気持ちを考えろとか思いやりを持てとか言うでしょう。あれ、あんまり言わないほうがいいと思うんですよね。小学生なんてのはエゴのかたまり。どんどんぶつかりあって、そのなかで学ぶことのほうが多いんじゃないかと思うから。親友なんて言葉を使わず、気兼ねなく友達同士付き合っていた僕らの時代の関係性が、今の子たちには新鮮に映るのかもしれませんね。

――那須さんから見て、今の子供たちと昔の子供たちに大きな違いはあると思いますか。

那須 どうかなあ。シリーズが始まったころに阿部進の「現代っ子」って言葉が流行ったんだけど、当時、僕は書道塾の手伝いをしながら子供と付き合っていた。そのとき、僕らの子供のころとなんも変わらないじゃないかと実感したんですよ。僕の言葉はちゃんと子供たちにも伝わるという自信がそこでついたからこそ、気兼ねせずに好きなことを書けるようになった。今も取り巻く環境は違えど、根本はそんなに変わらないんじゃないかと思いますね。

――『ズッコケ三人組のバック・トゥ・ザ・フューチャー』でハカセが「やっぱり自分史はつくるべきだな。どんなつらい過去でも振り返る勇気が必要なんだ。そうしないと未来はやってこないんだ」というセリフがあります。ズッコケシリーズは、今も昔も変わらない子供たちに、那須さんが一歩前に進んでいくための想いを託しているのかななんて深読みをしているのですが……。

那須 まあそういうことはね、作者が自分で前に出て言うことじゃないから。読者のみなさんにお任せしますよ。変わらないと言いながらも、この作品は今の子供には古いだろうなと思うこともありますしね。ただ、ヨーロッパでは何世代も読み継がれる児童文学作品がずいぶんとあるから、ズッコケもそうなってくれれば嬉しいとは思います。

取材・文=立花もも 撮影=山本哲也