破格の才能、現れる。「絶望系アニソンシンガー」、ReoNaを形作るものとは――ReoNaインタビュー

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更新日:2020/10/6

「これはとんでもない新人が出てきたな」。『ソードアート・オンライン オルタナティブ ガンゲイル・オンライン』の劇中アーティスト・神崎エルザが歌う“ピルグリム”、その第一声を聴いたときに、そう思った。歌っていたのは、8月29日に1stシングル『SWEET HURT』でデビューを果たすシンガー、ReoNa。“ピルグリム”を含む「神崎エルザ starring ReoNa」のミニアルバム『ELZA』はチャート上位を席巻し、大きな成功を収めたわけだが、ReoNaの歌声が広く受け入れられたという事実こそが、何より重要だ。ReoNaの歌に宿っているのは、聴く者を鼓舞し、奮い立たせるようなテンションの高さや熱さではない。ただ言葉のひとつひとつを丁寧に紡ぎ、目の前で歌っているかのように届けられる、従来のアニソン的なカタルシスとはある種正反対の資質を持った彼女の歌声は、きっとこれから多くの聴き手の心に寄り添い、ときに誰かの心を癒し、求められていくことになるだろう。2018年に現れた破格の才能・ReoNaを形成するものは何なのか――歌に導かれる契機となった思春期の経験や、今抱えている想いについて、話を聞いた。

しょうもない人生だったけど、その経験を歌にすることで価値になるなら、それが歌う理由になる

――最初に曲を聴かせてもらったときに、「これはすごい人が出てきたな」と思いました。

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ReoNa:おお、ありがとうございます。

――8月29日にリリースされる1stシングル『SWEET HURT』収録の3曲も、とても充実した内容だと思うんですけど、この1stシングルの楽曲に対して今感じていることを教えてもらえますか。

ReoNa:7月25日のライブで初めて客席の反応を見ることができたんですけど、人数は少ないけれどデビュー以前から応援してくださっている方々もいたし、デビュー前に歌っていたオリジナル曲に通じるものを感じてくださっている人もいたりして。今までのReoNaとこれからのReoNaが、ぎゅっと詰まった1枚になっていると思います。

――シングルの表題曲“SWEET HURT”は、TVアニメ『ハッピーシュガーライフ』のタイアップになっていて。自分は知らなかった作品なんですけど、なんというか、かなりエグいですよね(笑)。

ReoNa:(笑)けっこう重たいですよね、絵柄と裏腹に。陰と陽のコントラストが、ガーンってはっきりしている感じの作品だと思います。

――同時に、ビジュアルイメージとかを見ていると、楽曲を担当するにあたりこの作品から受け取ったものはたくさんあるのだろうなと想像したんですけども。

ReoNa:歌うことが決まったときに、原作を最新刊までいただいたので、歌うまでに何回も読み返して。その中で、やっぱり100%の共感はできないんですよ。誰かを閉じ込めたこともないですし、「この子がいれば何もいらない」と思うような恋も、まだしたことがないし。ただ、独占欲だったり、ほしいものを手に入れたくなる気持ちって、誰しも持っているものじゃないですか。それが小さい頃はお菓子だったりしたのが、だんだん成長してきて、好きなアーティストだったり、わたしで言うとアニメのキャラクターに本気でハマった時期もありましたし。そういう部分できっと共感できるところもあるし、重たい作品がもともと大好きだったので、どハマりしました。

――作品にのめり込んだ経験を、どのように歌にアウトプットしていこうと思いましたか。

ReoNa:何の前情報もなく渡されたときに、最初は少女漫画かな、と思ったんです。でも「サイコホラーって書いてあるし、どういうことなんだろう」って思って読んでいたら、絵と内容のギャップが魅力だな、と思って。曲も絵柄と同じように、柔らかく優しく歌うことによって、歌詞のほの暗さとギャップが生まれるじゃないですか。そうすることで、歌詞の内容をもっと引き出せるんじゃないかな、世界観が作り出せるんじゃないかなと思いました。

――この“SWEET HURT”という曲の一番耳に残るフレーズは、何度か出てくる《わたしの命をあげよう》だと思うんですよね。かなり強烈なフレーズですけど、この言葉をどう解釈して表現するかはとても大事だったんじゃないかな、と。

ReoNa:《わたしの命をあげよう》に関しては、常日頃からわたしは命をあげて生きてるな、と思っていて。今日一日もわたしの命じゃないですか。命の全部という感覚よりは、今できる限りのわたしの全部をあげようっていう感覚を込めて、歌っていたと思います――感覚論になっちゃうんですけど。

――大丈夫、けっこう大事なポイントだと思うので、じっくり言葉にしてみましょう。

ReoNa:命をあげるということひとつにしても、いろんなパターン、解釈があるじゃないですか。ほんとに差し出すというか、何かと引き換えにするのか、亡くなってしまうとかそういう方のあげるなのか。その中で、わたしにとって命をあげる方法って、今持っている時間を割くことが、命をあげることに一番近いと思います。時間がすべてというか、そういう感覚が昔からあって。小さい頃から、焦燥感みたいなものがずっとあって。若いときって、ほんとに短いと思っていて。その短い時間の中でどれだけのことができるか、どれだけ詰め込めるか、というのがわたしの中でテーマになっていて。だからいろんなことを前倒して、生き急いできたような感じなんですけど(笑)、そういう感覚と重ねると、わたしの中では命って時間だな、と思います。

――どうして、小さい頃からそんなに焦燥感があったんだろう?

ReoNa:なぜだかあったんです。わたしの中で、「若いうちに、若いうちに」ってずっと思っていて。わたし、学校にあまり行ってなかったんです。そのきっかけは、もちろん学校であったつらいことだったりするんですけど、行かなくなった理由が、だんだん別のことに変わってきて。学校では、みんながみんな机を並べて同じ方向を向くじゃないですか。あとから振り返ると、頑張って勉強だけを取り戻そうと思ったとしたら、勉強だけだったら頑張れば取り戻せる。その時間が本当にそのときしか得られない、かけがえのないものだとしても、同じ教室にいる何十人かはそれを味わえるわけで、だからわたしは別のことがしたくて。同じになりたくなくて、学校にも行かずいろんなところに遊びに行ったり、学校じゃないところで他のことを勉強しよう、みんなの先取りをしよう、としていた時期があって。生き急いでましたね。

――同じ学校に行って、同じ方向を見て勉強するのが普通とされているとしたら、そこからは外れていたわけですよね。その当時の自分について今はどう思っているんですか。

ReoNa:きっと、根底は逃げだったんだと思います。学校とか家に居場所がないんだったら、自分で居場所を見つけに行っちゃえばいいや、という感覚で。学校のクラスメイトって、選べないじゃないですか。でも外で出会う人は、自分で選べるし。その中で、気を遣わなくていい、わかってくれる人を探しに行ってたんだと思います。与えられたものだけで生活するのではなく、逃げることによって、当時のわたしはすごく救われていたと思います。

――アニメや音楽も、当時救ってくれたものだったりするんですか。

ReoNa:学校の外で知り合った子たちはSNSのネットワークでつながった子たちだったので、そういう意味でもコミュニケーションツールとしてのオタク文化、アニメ文化でつながってたところがあります。あとは、家に引きこもっていた時期に、勉強も何もしないで、ずっと暗くて重たい感じのアニメ観たり、好きな洋楽を聴いたりすることで、救われてました。たぶん、一番は現実逃避だと思うんですけど、逃避の方法もいっぱいあるじゃないですか。アニメも、激しかったり楽しい作品よりは、鬱々としたものをひたすら観てました。

――それはなぜ?

ReoNa:頑張らなくていいところを、ずっと求めてたと思うんです。無理に明るくなろうとしなくてもいい、無理に盛り上がろうとしなくてもいい、自分に最も近いものをずっと探してました。

――なるほど。そこからどうやって、「自分から発信する」という発想に向かっていったんですか。

ReoNa:もともと、人前に出られるような性格ではなかったんですけど、なぜか小さい頃から、人前で歌うことをしたいな、とは思っていて。だけどそれを言い出すことはできなくて――歌を歌いたいとか身近な人に言うとバカにされがちというか。だけど、SNSの人たちは、バカにしない。当たり前のように夢を語っている人がいっぱいいるので、意外と発信することをとがめられることはないんだな、と思って、知り合いがやっている小さなカバーライブに出していただいたのがきっかけで、そこから月に1,2回くらいライブハウスでカバーを歌うようになって。それが、人前で音楽をやることになったきっかけです。

――歌うことを始めたとき、自分の歌ってどういうものだと思ってました?

ReoNa:当時の自分の歌って、意味を見出してもらうというよりは、SNSとかで知ってもらって、容姿や発言している言葉とかが先になって、「あ、ライブもやってるんだ。じゃあ行ってみよう」みたいな感じで、歌が付属品みたいになっちゃうんです。わたしは、それがすごく腑に落ちなくて、けっこう悩んだ時期もあったんです。それが、だんだん自分が好きだったもの、たとえばアニメやゲームやオタク文化と歌が一致すればいいなって思うようになって。そこから、明確に「アニソンシンガーを目指そう」って思いました。

――今まさにアニソンシンガーとしての一歩を踏み出そうとしてるわけですけど、これから活動をしていくにあたって、歌うことの目的って何だと考えてますか。

ReoNa:なんだろう、ほんとに純粋に歌が好きだからっていうこともあるんですけど、一種のアウトプットというか。今までのわたしがしてきた経験があるからこそ歌える歌もきっとあるんだろうな、と思っていて。それを形にできる嬉しさがあります。ほんとにしょうもない人生だったけど、その経験を歌にすることで価値になるなら、それが歌う理由になってくるんだと思います。

 7月のライブだったり、その前にも何度かお手紙をいただいたりすることがあって。たとえば「手術を控えていて、しんどかったときに歌を聴いて救われました」とか「学校でいろいろ問題があったけど、歌があって救われました」とか、わたしに伝えたいと思ってくれるくらい影響することができたんだなって、改めて感じて。そういうことが、わたしが歌っていく意味になるんじゃないかな、と思います。

――ライブのときに出ていた、「当たり前になりたい」っていう言葉が印象的だったんですけど、「当たり前になりたい」という想いにはどんな背景があるんでしょうか。

ReoNa:わたしが生きていく中で、音楽って当たり前なんです、聴いている曲とかアーティストも固定になりがちで、スタジオに行くときはこれ、ジム行ってるときはこれ、お風呂入るときはこれ、朝起きたときはこれ、とか。そういう生活のルーティンの中に、たとえば「落ち込んだときはReoNaを聴く」「イヤなことがあったときはReoNaを聴こう」とか、何かがあったときに求められるような、生活に組み込まれるような音楽になれたらいいなっていうところがあって。それをぎゅっと縮めて、わたしの中で音楽は当たり前だなあっていう感じがあります。

――1stシングルの前に発表した『ELZA』もすごくヒットしたし、ちょっとずついろんな人の「当たり前」になってきてるんでしょうね。

ReoNa:聴いてくださってる方の中では、「学校に行くときなぜか聴いちゃう」とか「寝る前流しちゃう」って言ってくださってる方がいて、だんだんそういう人たちの当たり前になれてるのかな、という感じはあります。だけど、持続させないとな、とも思います。今の当たり前と一年後の当たり前は違うかもしれないし、1年後、2年後、これからずっと当たり前になれるのか、これから考えていきたいです。そもそも、わたしが歌うことも、どんどん当たり前にしていけたらいいな、と思います。

――いいですね、まさにこれから、という感じで。

ReoNa:これからですよ!

「わたしならわかるよ」って提示してあげられるような歌が歌えたらいいと思う

――『SWEET HURT』の3曲目“カナリア”は、ライブで観たときにすごくインパクトがあって。音がシンプルなだけにダイレクトに伝わってくるし、ReoNaという人の歌が持つ引力を証明する曲だなと思うんですけど、実際にお客さんの前で披露してみて、“カナリア”はどんな存在になりましたか。

ReoNa:わたしの中では、レコーディングの時点からライブのような感覚があった曲でした。実際に、レコーディングのときから、スタジオの中でギタリストさんと一対一で同時にやらせていただいたんですけど、ライブでは呼吸をテンポに合わせなきゃいけない、という感じがなくなるんです。「次の言葉が用意できたら出す」みたいな感覚で歌えて、ライブでもわたしの中で一番入りこめた曲でした。

――あの曲を聴いてるとき、お客さんが微動だにしない光景がけっこう衝撃的でしたね。

ReoNa:やっぱり、聴いてくれる人が動いていないからこそ合わせられる顔だったり、次の言葉を待ってくれている感じがあるので、空間として全員と一対一が作りやすい曲だなって思います。この曲を歌っているときは、終始聴いてくれるみんなの顔をずっと見ていました。目を閉じてる子もいたし、ずっとニコニコしながら聴いてる人もいました。他の曲ではみんな映像も観てたりしてたけど、“カナリア”はわたしの顔を見てくれてる人が多かったと思います。みんながじっくり聴いてくれるライブをずっとやっていきたいと思ってるので、「ほんとに聴いてくれてるんだな」と実感できました。

――それは、そうさせる力がある歌だからだと思いますよ。

ReoNa:ありがとうございます。ピカピカ光るものを持ってきてくれている方もいらっしゃいましたけど、“カナリア”のときは膝の上でしたね(笑)。今までのライブでは、見渡したら知っている子たち、という感じだったけど、神崎エルザとして歌唱させていただいて、わたしのパーソナルを知らない人たちが歌から入って歌を聴きに来てくれたことは、ほんとに不思議というか。本来、音楽ってそれが当たり前だと思うんですけど、わたしが今までやってきたことの中では新鮮で、それが嬉しくて。改めてアニソンシンガーとして歌を歌ったんだな、という実感につながりました。やりたかったことが叶ったんだなって、今は感じています。

――これから自分の歌をどういう風に届けていきたいか、発信者としてこういう存在になりたい、というビジョンを教えてもらえますか。

ReoNa:わたしの中で癒しにつながることって、全部共感なんです。何かに自分を重ねられることだけで、「わたしだけじゃないんだな」とか、許されている気持ちになることがあったので、聴いていて共感できるような音楽、逆に言えば共感を求めている人の答えというか、理解してほしいのに誰もわかってくれないことを「わたしならわかるよ」って提示してあげられるような歌が歌えたらいいな、と思います。つらい経験やよくないことって、みんながふたをするし、隠すじゃないですか。でも隠しちゃうと、同じ境遇で苦しんでいるかもしれない人に「わたしもそういう経験したんだよ」って言えなくなっちゃう。だからわたしは、たとえばあまり学校に行ってないことって一般的に人に言うことじゃないことかもしれないですけど、そういうことも発信していって、同じような境遇の人たちに「逃げてもいいんだよ」って伝えていけたらいいな、と思います。

――逃げてもいいし、その先に何があるかっていう。

ReoNa:そうですね、わたしはその先にやりたいことを見つけられたんですけど、逃げずに最悪の道を選んでしまったら、その先もなくなっちゃうじゃないですか。わたしは、そうならなくてよかったなって自分に対してすごく思うので、逃げられるうちに逃げた方がいいんじゃないかなって思います。逃げた果てに何ができるかは、それぞれが見つけるものだと思うんですけど。逃げることが全部やめちゃうことではないし、やりたいことに没頭するのが「逃げ」になる人もいるし――そうですね、やりたいことをやることが、わたしの中で「逃げ」なのかもしれないです。

――逃げた先にやりたいことを見つけられた今、さっき話してくれた過去の「しょうもない人生」は肯定できるようになりましたか。

ReoNa:肯定できます。今だから客観的に「ああ、しょうもないな」って思えるけど、当時は毎回毎回命の一大事だって思うくらい苦しいこともたくさんあって。でも、それがあったからこそ、好きなことをする上でのイヤなことが、全部わたしにとって苦じゃなくなりました。どうせ苦しむんだったら、イヤなことをやって苦しむのではなくて、好きなことをやって、それに苦しめられるんだったら仕方ないやって開き直ることができるようになったので。ほんとに、何事も経験なんだなって思います。

取材・文=清水大輔