モデルはNHK!? 湊かなえ初の青春小説。高校の放送部によるドラマコンテストの熾烈な争い

新刊著者インタビュー

2018/9/6

 初の新聞連載にして初の青春小説。湊かなえさんの新作『ブロードキャスト』は放送部を舞台に全国放送コンテスト出場をめざす高校生たちの熱血を描き出す。

著者 湊 かなえさん

湊 かなえ
みなと・かなえ●1973年、広島県生まれ。2008年、『告白』で小説家デビュー。著書に『ユートピア』『未来』など。「先日、今作を知らない女子高生に『テレビドラマ部門で全国行くのでアドバイスください』と言われました。大会は終わっているでしょうが、ぜひ読んでほしい」(湊)

 

 初の新聞連載にして初の青春小説。湊かなえさんの新作『ブロードキャスト』は放送部を舞台に全国放送コンテスト出場をめざす高校生たちの熱血を描き出す。

「物語もそうですが、キャラクターも今まで書いたことのないタイプの子たちばかりでしたね。朝刊連載だから、あまりにドロドロした話はやめておこうと思ったのですが、どんな爽やかな日常にも問題を抱えた人はいるし、10代だからこその逃げ場のない苦しみもある。登場する誰かに自分やまわりの人を重ねながら、共感したり励まされたりするものであってくれるといいなと。今の10代は新聞離れが進んでいるとよく聞くけれど、そういう子たちが毎朝新聞を読んでから学校に行きたいと思えるような小説にしたかった。だから今回は出てくる大人もわりといい人たち(笑)。自立しているつもりでも実はいろんなところで守られているんだよ、という視点も入れたかった」

 主人公の圭祐は、中学時代、全国大会をめざす陸上部の駅伝選手だった。同級生でチームのエース・良太が両膝を故障し、無念のまま3年生の夏を迎えるも、陸上名門校でともに再起を誓うのが序章。すでにクライマックスのような盛り上がりを見せ、このままスポ根小説が展開しそうな気配しかないのに、幕があがって入学式では良太ではなく圭祐のほうに絶望感が漂っている。受験合格直後に事故に遭い、足をだめにしてしまったのだ。

「新聞媒体だから“伝える”ことをテーマに放送部、というのは最初から決めていたんですが、体育会系に比べて文化部は地味でしょう。スポーツに熱中している子には、室内でだらだらしているだけに見えることもあるだろうなと思ったんです。特に放送部は、体育祭などの行事や昼休みのアナウンス以外、ふだん何をしているかあまり知られていない。でも実はみんなでドキュメントやドラマをつくって日々、熱血している。炎天下で汗を流したりはしないけど、夏の全国大会をめざす気持ちは同じなんだということを、元体育会系の視点から書くとより伝わりやすいんじゃないかと思いました」
 

技術では測れない“何か”で決定づけられるコンテスト

 所詮、文化部。陸上で得られた充足感を得られるわけがない。 そう思っていた圭祐だが、脚本家志望の正也に「理想の声だ」と押し切られ、なりゆきで入部。こつこつ陸上の練習に励んでいた持ち前のまじめさを発揮して、やはり正也に声をみこまれ入部したクラスメートの咲楽とともに全国をめざすことになる。

「作中で全国大会を主催するJBKのモデルは、もちろんNHK。決勝に進んではじめて東京のNHKホールに立てるんですが、今回はその手前の試行錯誤をしっかり描きたかったので、代々木体育館で行われた準決勝を取材しました。やっぱり現場の熱を体感すると違いますね。ようやくこの場に立てたという高揚感に満ちていました。私が見学したのはテレビドキュメント部門だったんですが、圭祐たちがやったみたいに、聴きながら自分でも基準に沿って採点してみたんですよ。そうしたら、後日の結果発表では予想とまるで違っていたので驚きました。得点やタイムを競うスポーツとはまた違う、万人共通では測れないもので彼らはジャッジされていく。フィギュアスケートの芸術点みたいなものですよね。どれだけ公正なつもりでも審査員の好みは反映されるだろうし、こうすれば大丈夫というセオリーもない。そこを勝ち上がっていくためにはただ頑張る以上の何かが必要だ、というのは物語を書くうえでも大きな魅力となりました」

 それは小説新人賞への応募とも似ている。構成力などの技術や時事性、そして曖昧模糊とした“面白さ”を基準に競い合う熾烈な戦いを湊さんは十本以上の作中作を織り交ぜながら描きだした。小説家デビュー以前、BS-i新人脚本賞の佳作入選&創作ラジオドラマ大賞受賞という実績をもつ湊さんだからできた芸当だ。

「この一人コンテストをやっているときが、実はいちばん楽しかった(笑)。同じクラスの女子にいじめられている咲楽のために正也が書いた『ケンガイ』という原稿は、ラジオドラマで受賞できなかったら次に書こうとあたためていたネタ。もう10年以上前でスマホもSNSも今ほど隆盛ではなかったですが、存在するだけで場を圏外にしてしまう人がいたらきっと迫害されるだろうなと思いついたんです。いじめがきっかけでスマホも持てなくなってしまった咲楽は、その存在自体が圏外のようなもの。“繋がる”ことが何より大事な今の子どもたちの切実さを、脚本を通じて描けたのは嬉しかった」

 胸が潰れそうに痛くなるリアリティは、さすが湊さんの筆致だ。だが切実ゆえに、ライバルもSNSネタを使いやすい。いかに優れた脚本も埋もれてしまいやすいというコンテストの厳しさも描かれる。

「私の家族は、正也が最初に書いた『十秒テレパス』のほうが勝ち抜けたんじゃないかと言うし、やっぱり評価の基準は人それぞれで面白いですよね。初の大会を経験した彼らが今後、どんな想いを形にしていくのか……われながら楽しみですね」
 

紆余曲折を経た自分にだからできること

 今後、という言葉が出た。つまり本作は湊かなえ初のシリーズ作品となる可能性があるのである。

「実をいうと、圭祐には最初ドキュメントを作らせるつもりだったんです。でも、長距離を始めたときも放送部に入るのも他人からの勧めに従っただけで、主人公のわりに主体性のなかった彼が、本腰を入れて何かを頑張るためには、誰かとの共同作業で今一度悔しさを知ることが必要だと思ったんです。で、ラジオドラマ編を書いてみたら、踏み台扱いしてはいけない展開になってしまって。これなら絶対に全国行けるぞ、という脚本を考えているのでぜひ2作目も書きたいですね」

と、意欲大。湊さんの言うとおり、本作における主役は半分、正也だ(「連載前に『野性時代』に掲載した短編で彼を主人公にしたため思い入れが強くなりすぎました」とのこと)。脇目もふらない彼の情熱は、怪我でどこか腐っていた圭祐には眩しく、半ばあてられる形で彼は自分の意志を取り戻していく。

「人間、言い訳を重ねているうちは、達成感なんて得られない。そしてどんな達成感もひとたび手に入れたら輝きは失せ、もっともっと欲しくなるもの。でもその貪欲さが成長を導いてくれるんじゃないかと思います。脚本の規定時間を9分に設定したのは、どうしても長距離走のタイムと重ねたかったからですが、どの分野においても必要な“呼吸”はきっと同じ。長距離を走っていたことも、放送部に入部したことも、圭祐にとっては何ひとつ無駄じゃないということを描きたかった」

 湊さん自身、脚本執筆の経験が今に活きているように。挫折を経験した圭祐だからできることもある。

「この作品を書きながら、ラジオだからできることって何だろうと常に考え続けていました。『告白』の第一章となる「聖職者」が受賞したときテレビ局の方に『テレビ、ラジオ、小説の全部に足がかりができたからといって、あわよくばすべてで一つの作品をと思うのではなく、それぞれのメディアでしか表現できないものを書いてください』と言われたのがずっと心に残っているんです。ラジオの強みはやっぱり音だけでイメージを喚起させられること。その脚本をさらに小説のなかで楽しませるにはどうするか……今の自分にできる表現を、今後も追求していけたらと思っています」

取材・文=立花もも 写真=冨永智子