「生理痛?」と、ざっくばらんに聞ける関係がいいね! カーリング・本橋麻里さん&『女性アスリートの教科書』著者・須永美歌子教授が語る、女性アスリートの伸ばし方

スポーツ・科学

公開日:2018/10/30

(左)本橋麻里さん、(右)須永美歌子教授

 女性と男性の体は根本的に違います。にもかかわらず、スポーツの世界では「女性は男性のミニチュア版」のように扱われ、「生理なんてないほうがいい」と考える選手や指導者も少なくありません。

 でも、それでは強くなれない! そう主張するのが日本体育大学の須永美歌子教授です。
 女性アスリートの研究の第一人者である須永教授が上梓した『女性アスリートの教科書』(主婦の友社)出版記念イベントでは、2018年平昌オリンピックで女子カーリング銅メダルに輝いた本橋麻里さんが登場。

 カーリング選手として平昌オリンピックで銅メダリストとなり、現在はロコ・ソラーレの代表理事および育成チームの指導者としても活躍中の本橋さん。カーリングを始めた10代から、妊娠・出産を経て、母になってからのオリンピック出場までを振り返りながら、「女性アスリートを伸ばす」ための考え方のギアチェンジについて、大いに語り合いました。

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■体重変動に悩んだ思春期。原因は女性ホルモン!?


本橋:ご著書を読ませていただきました。「そうそう」「やっぱりね~」と、何度もうなずきました!

須永:ありがとうございます。本橋さんはちょうど思春期の始まりの時期にカーリングを始められたそうですね。

本橋:はい、12歳でした。

須永:女の子は脂肪が増えて動きにくくなる時期ですが、苦労されました?

本橋:カーリングはほかの競技に比べると、体重管理はあまり重視されていないんです。逆に、ある程度のカロリーをとらないと、2時間半の試合で体力がもたないので。

須永:だから、試合中に「もぐもぐタイム」があるのですね。

本橋:そうです。短いハーフタイムに必死に栄養補給しています。
 でも、思春期はいまより10kg近く太っていて、体重計の数字に振り回された時期がありました。ストレスを感じるとガーっと食べてしまったり、「これじゃダメだ」とまったく食べない日を作ったり……。

須永:それは、もしかしたら月経周期の影響かもしれませんね。

本橋:そうなんですか?

須永:女性ホルモンは、子宮や胸といった女性特有の臓器に影響を与えるだけではありません。心臓にも血管にも神経細胞にも筋肉にも、女性ホルモンの受容体があります。だから、月経周期によって、カラダやココロに様々な影響を受けます。たとえば、体重が増減したり、食欲が増したり、ストレスを感じたりするんです。1カ月の中で、1~2kg体重が変わるのも当たり前のことなんですよ。

本橋:正直言って、そんな知識は全然ありませんでした。
 私、生理になると手足がむくむんです。そのせいで感覚が鈍ってしまって、練習通りのプレイができない。焦ってしまって失敗したことも何度もありました。でもそれが月経の影響だなんて思わず、練習不足のせいだと自分を責めていました。

須永:月経周期で自分がどう変化するかに気づけることも、強くなるための第一歩なんです。

■意識が飛ぶくらいの生理痛。誰にも相談できなかった


本橋:私は生理痛も重かったんです。忘れもしません。22歳の北海道予選の準決勝のとき、意識が飛ぶくらいの痛みに襲われて、死ぬほど苦しんで試合しました。それまで生理痛がほとんどなかったので、最初はこの痛みが何かわからず、病院で検査して「どこも悪くない」と言われたんですが、看護師さんに「生理痛って知っている?」って耳打ちされて、「何ですか、それ?」と。

須永:その後は何か対策はしました? お薬を飲むとか。

本橋:いえ、何も。

須永:何も?

本橋:がまんした……。

須永:根性論ですね! アスリートはがまん強いものですが、ダメです(笑)。

本橋:私は本当に知識がなくて、生理痛の薬があることさえ知らなかったんです。一度チームメイトに「生理痛が重くて」と相談したら、「え? じゃあ早く治して」と言われちゃって、「痛いなんて言ったらいけないんだ」と……。

須永:その方は、月経の影響を受けにくい人だったのかもしれませんね。

本橋:そう、本当に体はみんな違いますよね。だから、聞かなくちゃわかりません。今はメンバーにすぐ聞きます。「今日は生理?」とか「生理痛は大丈夫?」とか。「風邪をひいた」というのと「今日は生理痛だ」というのが、同じトーンで共有できるようにしたいんです。

須永:すばらしい! 指導者が知識を持つだけで変わりますよね。「誰が悪いわけでもなく、体の生理的な変化なのだ」と受け止めて、皆で共有できるようになります。

本橋:私はいまようやく、自分の月経周期も含めて「私はこういう体をもった人間だ」と納得できるようになりました。でも、そうなるまでは指導者や仲間に理解して支えてもらう必要があると実感しています。そうでないと、競技をやめるきっかけにもなってしまうかもしれない。

須永:日本の文化の中で、生理について口に出せないムードがありますよね。

本橋:そうです、特に思春期は。だからこそ周囲の大人がちゃんと知識をもって、「生理痛だったら、こんな薬があるよ」とか、「月経前は不安定になることもあるよ」と教えてあげることで、救われることもあると思うんです。

■月経、妊娠、出産。「ごめんなさい」ではなく「ありがとう」を


須永:話は変わりますが、本橋さんはアスリートとして第一線で活躍しながらも、ご結婚、出産を経験して、2018年にはついにメダルを勝ち取りました。女性アスリートにとって、ある意味、理想の姿だと思うのですが……。

本橋:好きなことを続けてきただけです。でも、続けられたのは海外の選手の影響があったかもしれません。運のいいことに、私は10代の頃から海外遠征に連れて行っていただいて、スケートリンクの周りにベビーカーが並んでいたり、練習の合間に授乳したりするアスリートの姿を見ていたんです。

須永:それはすごいですね!

本橋:対戦相手の4人の選手のうち、3人がママだったこともあります。

須永:驚きました?

本橋:最初はポカーンとしました(笑)。でも、自然に「いつか私もそうなるんだ」と思えたことが原点だと思います。

須永:最近はママアスリートや、ママコーチも増えてきましたが、サポートがないと難しいのが現実でしょうか。

本橋:そうですね。周囲の人にも子どもにも「ごめんね」と言いながら競技を続けるという側面がありますね。でも私は、「ごめんね」じゃなく「ありがとう」と言いたいんです。人に迷惑をかけているという意識でいると、勝てないときに「私は何のためにやっているの?」と考えてしまいます。
 でも、子育ての先輩に以前こう言われたんです。「育児はいつか終わるから、終わったらサポートに回ればいいんだよ」って。涙が出ました。

須永:妊娠も出産も、すべて女性にしかできないことです。謝らなくちゃいけないことではないんだと、女性自身が意識を変えるだけで、周囲のサポートも受けやすくなるし、それがひいてはスポーツ界全体の意識を変えることになると思います。

本橋:スポーツの世界だけではなく、仕事だって子育てだって同じことですよね。

須永:本当です。これからもがんばりましょう!

撮影=原 圭悟 文=神 素子