2ndシングルにして名盤完成。ReoNaの歌が紡ぐ、「記憶」と「希望」――ReoNaインタビュー

エンタメ

2019/2/6

 2018年8月、1stシングル『SWEET HURT』でデビューを果たしたシンガー、ReoNa。同じく昨年放送された『ソードアート・オンライン オルタナティブ ガンゲイル・オンライン』で、「神崎エルザ starring ReoNa」としてミニアルバム『ELZA』を発表し、大ヒットを記録した彼女の2ndシングルが、現在放送中のTVアニメ『ソードアート・オンライン アリシゼーション』の2クール目エンディングテーマ、『forget-me-not』(2月6日リリース)だ。昨年配信した初のインタビューで、ReoNaを「破格の才能」と紹介した。それは、言葉のひとつひとつを丁寧に紡ぎ、聴く者の心に寄り添うその歌声が、いわゆるアニソンに新たな価値をもたらすに違いない、と感じたからだ。その意味で、『forget-me-not』はReoNaの存在と、彼女の歌が持つ力を、より広く知らしめることになるだろう。念願だったという『SAO』の楽曲に挑んだ経験と、シンガー・ReoNaの真髄を見せつけるカップリング曲“トウシンダイ”について語ったロングインタビューを、収録曲のレビューを交えながらお届けする。

ずっと前から「人の人生の登場人物でありたい」って思っていた

M-1 forget-me-not
『ソードアート・オンライン アリシゼーション』の2クール目エンディングテーマ。『SAO』の物語に自らを重ね、歌い手の想いが解き放たれた楽曲には、ときに聴く者の心を揺さぶる魔法がかかる。ReoNaの“forget-me-not”も、そんなマジックを感じさせる1曲だ。アニメ本編と“forget-me-not”を結ぶテーマは、記憶。「誰かの人生の登場人物になりたい」と切望し、歌を届ける場所にたどり着いたReoNaの、忘れられたくない・忘れたくない、という願いを宿した歌声が、切なくもあたたかな余韻を残す。

――2ndシングルの『forget-me-not』、とても充実した内容になりましたね。全体として、どんな1枚になったと感じてますか。

ReoNa:「アニメに携わるお歌を歌っていきたい」と思ってきた身として、『ソードアート・オンライン』はずっと、いつかは歌いたい作品のひとつでした。世界的にも大きなタイトルのエンディングを歌わせていただくので、どの歌にも思い入れが深いです。今回の『forget-me-not』に関しては、ほんとにいろんな人の力を借りてできあがった1枚だなっていう気持ちがあります。もちろん、今までもその気持ちはあったんですけど、作ってくださった方との関わりが多くて、近くに感じました。レコーディング当日は、すごく入り込んで集中できたと思いますし、「これがわたしの声だな」っていう声で歌うことができた曲です。

――「これがわたしの声」とは?

ReoNa:以前は、ほんとに明るい曲調が歌えなくて、それが悩みのひとつで。デビュー前から、何を歌っても暗くなるよねっていうのはあって。でも、技術面で追いついていなかった部分が、環境が変わって、日々歌を歌っていく中で、自分の見えないところで少しずつ広がってきてるものはあると思います。

――技術面もそうだし、届ける相手が明確になったことで、歌に力が増してる部分もあるのでは?

ReoNa:「届ける先のあなた」が、前よりも見えてきてる感じは確かにあります。アニメに携わるお歌を歌わせていただけるようになって、お歌からわたしを知ってくださる方がたくさん増えて。そうなったことで、自分もひとつ責任を感じるというか、気持ちの部分は常に変わり続けていると思います。『ソードアート・オンライン』シリーズでは、スピンオフ作品の『ガンゲイル・オンライン』で挿入歌をやらせていただいているので、そこの印象を持ってくださっている方もいらっしゃると思うんです。「ああ、神崎エルザの人ね」みたいな。そこから、どれだけReoNaに振り向いてもらえるのか、どれだけアニメに寄り添えるか、どれだけ作品のファンの皆さんの気持ちに添えるかが大事なので、嬉しい気持ちだけではできないことですよね。現実にお話をいただいたときに、作品の大きさや責任の重さは、ずっしり来ました。

――ちなみに、なぜ『ソードアート・オンライン』に深く思い入れてたんですか。

ReoNa:夢ですね。普段からゲームが好きで、アニメにも逃げて、音楽にも逃げてきたので、『ソードアート・オンライン』のように、現実の身体はベッドに横たわったまま、現実とは違う自分をゲームの中で操って、違う人生を送れる――あれは疑似かもしれないけど、本物でもあるじゃないですか。その世界が、すごく羨ましいなって思う作品です。

――ああ、なるほど。ガチガチのそっち側っていうこと(笑)。

ReoNa:なんですか、ガチガチのそっち側って(笑)。

――ナーヴギアをつけたい人っていう(笑)。

ReoNa:つけたい人です(笑)。そうなんですよ、布団に横たわって――いや、ほんとに早くあの発明をしてほしいです(笑)。現実ではできない、空を飛んだり、魔物と戦ったり、空飛ぶお城があったりするのは夢だなあ、と思います。

――『ソードアート・オンライン』の音楽って、心に残る楽曲が多いですよね。特別なマジックがあるというか。『ソードアート・オンライン』の音楽って、たぶん普通の歌ではダメだと思うんです。

ReoNa:そうですね。やっぱり、シーンと音楽の結びつき方がほんとに格別な作品です。

――そう。作品のことをちゃんと代弁した上で、歌い手のパッションも感じられる歌になっていて、その両方が成立していないと、『ソードアート・オンライン』の音楽として説得力が出ない。その意味で、この“forget-me-not”も、そういう歌になってるんですよ。

ReoNa:はぁ~、よかった(笑)。ありがとうございます。デビュー前からアニメを観てきて、今回お歌を歌わせていただくにあたって原作を1巻から読み始めたんですけど、先にアニメを観てるから、読んだ文字が絵として頭に浮かぶんですよ。「あ、これわかる」ってなって。もともと設定の素晴らしさを感じたり、羨ましさもあったし、その流れを汲んだ上でお歌を歌わせていただけたことで、曲に懸ける気持ちや、聴いてくれる人に対しての思いは大きくなったんじゃないかな、と思います。原作を読んだことで、読んでいて頭の中に浮かぶ風景の先を一緒に歩めるんだ!と思うと、こみ上げてくるものがありました。

《アリシゼーション》編は、ストーリーにほの暗さや記憶にまつわる部分があって、自分の中でも一番のめり込めるなって感じた一幕だったので、“forget-me-not”もその週のお話が締めくくられて、次の週にバトンを渡すときに、すごく救われるエンディングになれたらいいな、と思います。まさか、エンディングの最後で勿忘草が咲き誇るとは思ってなくて。アニメで観て、そこで「はあ~~」ってなりました。

――曲のタイトルには「わたしを忘れないで」っていう意味もあるし、思い入れを持てた言葉なんじゃないかなって思うんですけど、この言葉をどう伝えるかはとても大事ですよね。

ReoNa:わたしは、ずっと前から「人の人生の登場人物でありたい」って思っていて。それが主役ではなく、準主役でも村人Aくらいの脇役でもいいんですけど、何か関わってることによって、わたしの存在がその人にとってゼロじゃなくなるじゃないですか。

――ずっと前とは?

ReoNa:デビューする前です。一度でも名前か顔を見たことがある人って、何かしらとっかかりができますよね。そういう意味で、存在を認知してもらうだけで、0じゃないから掛け算ができるようになる。でも、知られてなかったり、覚えられてなかったりすると、その1がついえてしまう。その人にとってわたしがほとんど存在してないものになっちゃうことが、わたしの中ですごくつらくて。逆に、わたしも忘れ去られる悲しみを知ってるからこそ、忘れたくないと思いますし、誰かのことを忘れていたりすると苦しくなったりします。忘れたくない、忘れられたくないっていう気持ちは、わたしの中にはけっこう長く存在していて。だから、《どうか忘れないで》という歌詞は、とても自分に重なります。

――この曲を歌ったことで、誰かの記憶に残りたい、誰かの中にいる存在でいたいっていう気持ちは、さらに強くなったんじゃないですか。

ReoNa:そうですね。自分の存在について改めて考えたからこそ、忘れ去られることの怖さや忘れてしまうことの苦しさを痛感して……記憶自体が自分の存在に等しいと思うので、「忘れないで」っていうメッセージは、自分にも人にも強く伝えていきたいです。

M-3 虹の彼方に
アニメの登場人物の心情を、『オズの魔法使い』をモチーフにして描いたカップリング曲。演奏は、ピアノのみ。シンプルなサウンドを背景に、ReoNaの歌声が歌の登場人物の感情を、鮮やかに映し出していく。《物言わない案山子のままいられたら この疼きも 何もかも 知らずに済んだはずなのに》という歌詞が象徴するように、感情が芽生えたからこその痛みが表現されているのだが、同時に、変化を受け入れて一歩を踏み出す強さを、穏やかな音像の中に感じる楽曲でもある。

――M-3の“虹の彼方に”も、『ソードアート・オンライン』をイメージした楽曲なんですよね。

ReoNa:そうです。『虹の彼方に』というタイトルから察する方もいると思うんですけど、『オズの魔法使い』がモチーフになってます。ちょうど歌詞が上がってきたときに、たまたま『オズの魔法使い』に関連するマンガを読んでいて。それがあったから、ハッピーエンドでドロシーが帰って終わり、よかったね、で終わるはずの物語のその先に、残された側の気持ちがすごく入ってきました。なので、歌詞がどういうことを表しているのか、すぐに飲み込めた曲です。

――『ソードアート・オンライン』と『オズの魔法使い』、両方の物語を知る立場として、メッセージが伝わる歌を歌えた、と。

ReoNa:そうですね。やっぱり、どれだけ耳触りがいい歌詞やメロディでも、意味を持たない言葉ってやっぱり残らないなって思うので、どちらの作品も知ってる方に深く聴いてもらえたら嬉しいです。逆に、この曲を聴いたことで、そこからさらに『オズの魔法使い』や『ソードアート・オンライン』を掘り進めていただけるような、そういう力を持った楽曲になったらいいな、と思います。歌う前は「どう表現したらいいんだろう」って悩んだ部分もあったけど、その分、言葉のひとつひとつが届いてくれる曲になったんじゃないかなって思います。

――意味を知るとより楽しい、みたいな。

ReoNa:やっぱり、自分の曲に限らず、曲ってどんどん変化していくものだと思うんです。たとえば、傷ついてるときに聴いた癒しの曲も、後日立ち直ってから聴いたら、傷ついたときの気持ちを思い出すから聴きたくない曲になったりするかもしれなくて。そのときの感情や記憶で、どんどん形が変化していくものだと思うので、何かのきっかけで後日『オズの魔法使い』に触れてもらったり、聴いてくれた人に沿って何か変化をして、その人に寄り添える曲だったらいいなって、どの曲に関しても思います。

わたしの中で、一歩先に抱く希望は今後も消えない

M-2 トウシンダイ
ReoNaの歌声は、破格の才能である――その確信を、さらに深めさせてくれる名曲。ReoNaは言う。「幸せの半歩先には絶望がある」と。それゆえに、《そうやって消えていくなら悪くないな》という一節が強烈に刺さる。サウンドもボーカルも大きくアップデートされた新たな“トウシンダイ”から感じられるのは、言葉とは裏腹に、「消えてやるもんか、生きてやる」という意志の力だ。絶望の淵に立ったとしても、希望を持ち続けていい。自身の思想を投影したReoNaの歌声は、聴き手の心情の傍らでこそ輝きを増す。

――さて、本日のもうひとつのテーマです。M-2“トウシンダイ”。

ReoNa:あ~、来たなあ?(笑)。

――(笑)どれだけの名曲をカップリングに放り込むのか、と。すごい曲ができましたね。

ReoNa:10代の頃から歌ってきた曲なんですけど、20代になって、一番意味のあるタイミングで出せたというか、今を過ぎたら曲の感じ方や受け取り方が変わってしまうんじゃないかなっていう曲で。今まではアコースティック1本、もしくはアコースティックでワンコーラス歌った後でバンドサウンドっていう曲だったんですけど、改めて楽曲を見つめ直してレコーディングしました。大幅に変わったのが、エレキギターでスタートする部分で。そこは大きく踏み込みました。10代の“トウシンダイ”と20代の“トウシンダイ”で、ひとつ踏み越えたというか、昇華した曲になったんじゃないかと思います。タイトルの横に「NEW!」ってつくくらい、わたしの中ではレベルアップ……いや、脱皮みたいな感覚ですね。

――歌も完全にアップデートしたんですか。

ReoNa:歌もアップデートできたと思います。この歌を歌うときは、ライブ会場で照明に照らされて、目の前に人がいっぱいいるのが当たり前だったんです。ただ、今回のレコーディングは、ひとりでブースに入って、届ける対象が目に見えてない状態で歌うのが初めてで。そこでひと通り録って、「OKテイク録れました、どうする、もう一回歌う?」って言われたときに、ブースに引きこもらせていただいて、電気を消して、ブースの窓も閉めて歌ったテイクが、今回の歌になってます。そういう部分でも、今までとはまた違う“トウシンダイ”が生まれたんじゃないかなって思います。

――“forget-me-not”の話と近くなるけど、「忘れられることが怖いと思っていた場所で歌っていた」のと、「忘れられるのは怖いけど、忘れられない場所にいられている」という点で、大きく違うのでは?

ReoNa:そうですね。歌詞って、人の立場によって感じ方が全然違うじゃないですか。10代の頃の“トウシンダイ”は、歌うときどきによって絶望と希望の度合いが左右されていた、というか。ほんとに苦しいときは、飛んだ一歩先は逃げ場であって、今の場所から抜け出せる大きな希望なのかもしれないし、「ここではない場所」っていう期待が詰まった場所なのかもしれないし。逆に、今はこれ以上ないくらい幸せっていう人の半歩先には絶望があると思いますし。

――ほお、なるほど。

ReoNa:この歌の半歩先に、聴いてくださった人がどう自分の気持ちを重ねるのかは、その人が初めて聴いたときの気分や状態で全然変わると思います。歌う側ですら、日によってこの曲を希望として歌うか、絶望として歌うかは全然違いますし。だから、絶望に寄り添う歌だなって思います。わたしの中で、一歩先に抱く希望は今後も消えないものですけど、やっぱり楽しいときもあれば苦しいときもあって。幸せなときには、これから不幸になる不安がつきまとってくるし、悲しくて苦しくてつらいときは、「ここから上がるだけ」っていう期待ができる。そこは表裏一体で、高いところにいるほど落ちたときのダメージが大きいし、低いところにいるほうが楽だけど景色はよくない、みたいな感覚は、ずっと変わってないです。

 あまり慣れてないんです。幸せというか、まぶしいところにいることに。いつまで経っても、わたしは人から何か劣っていると思っていて。その劣等感みたいなものは簡単に消えるものではないし、そういう気分にいることに慣れてしまっていたので、楽しいことが続くと、どこまで踏み込んだら壊れるかを試そうとしてみたりするんです。「ほら、やっぱり落ちたじゃん」みたいなことを探しに行ったり。でも、「これ以上はさすがに上がるだけだろう」っていう、見えない部分への期待みたいなものは、ずっと希望として持っていたかもしれないです。

――歌を歌いたいと思ってきて、実際に今は歌を歌っています、しかも念願だった作品の歌を歌えているし、聴いてくれる人もたくさんいます。事象だけとらえると、すごくハッピーな状態だと思うんだけど、今はどこにいるんだと思いますか。

ReoNa:だからここで死ねちゃえば、この後、落ちる自分を見ずに済むんだなあ、と思います(笑)。

――(笑)いやいや、もっと歌ってほしい。

ReoNa:もちろん、伝えたいものはまだまだいっぱいありますし、伝えたいと思うし、歌いたいと思います。でも、わたしが抱く死に対してのイメージは、ずっとそういう感じですね。

――曲の中に《飛べるだろう》というフレーズが8回出てくるじゃないですか、それぞれがいろんな気持ちがこもった「飛べるだろう」に聞こえるのが、非常にインパクトがあって。

ReoNa:たぶん、この曲をほんとに理解することができるのって、実際に自分が飛んだ瞬間じゃないですか。半歩先に対する希望や、「今ここじゃない場所」に対しての期待は、この「飛べるだろう」に入っていると思います。

――今回のシングルのリリース後には、ツアーもありますね。

ReoNa:はい。「来てね、待ってるよ」ではなく、自分からお歌を届けに行って、東京以外のワンマンライブは初めてです。ワンマンライブだと観に来てくださる方の満足感も違うと思いますし、自分の足で届けに行けるのは、すごく大事だなって思います。

取材・文=清水大輔