犯人はここにいる全員です──“非正規の闇”を描いたクライムノベル『らんちう』赤松利市インタビュー

小説・エッセイ

公開日:2019/3/23

 自宅代わりのマンガ喫茶で執筆した小説「藻屑蟹」で、大藪春彦新人賞を受賞しデビュー。初の単行本『鯖』も話題を呼んだ破格の新人・赤松利市さん。その最大の武器は、会社経営者からホームレスまで経験した濃密すぎる半生だろう。

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著者 赤松利市さん

赤松利市
あかまつ・りいち●1956年、香川県生まれ。さまざまな職業を経験した後、2018年「藻屑蟹」で第1回大藪春彦新人賞を受賞して作家デビュー。「住所不定・無職」の大型新人として注目を集める。初長編『鯖』は、今野敏、馳星周に絶賛された。大の魚好きで、学生時代にランチュウを飼育していた経験もある。

 

過去に出会った多くの非正規労働者たちが登場人物のモデルになっている

「デビューが決まって、女の部屋に転がり込みました。執筆は今もマンガ喫茶です。編集者からは『実体験ばかり書かないほうがいい』と忠告されたけど、小説のネタなら売るほどあります。私の63年を舐めるなよ、という気持ちです(笑)」

 と、不敵に笑う。期待の新作『らんちう』は、陰惨な殺人事件によって幕を開ける初のクライムノベルだ。千葉県のリゾート旅館から110番通報が入る。警察官が駆けつけると、総支配人の男が首を絞められて死んでいた。犯人は宿の従業員など、現場に居合わせた6名の男女。取調室での供述で、彼らが強いられていたブラックな勤務実態が、少しずつ明らかになってゆく。

「経営していた会社を潰して以来、土木作業員、除染作業員、風俗店の呼び込み、観光バスの荷物の積み下ろし、日銭仕事を転々としました。そこで出会った多くの非正規労働者たちが、登場人物のモデルになっています。彼らは安い賃金でこき使われ、自分の時間を搾取されていることに気付いていない。その結果、家族との語らいや、自分の夢とか未来も、ボロボロに蝕まれている」

 着任したばかりの総支配人は、経営改善と称してベテラン社員をリストラする。従業員には月給30万円と引き換えに、300時間という長時間労働を求めていた。ずさんな経営方針、セクハラ、自己啓発セミナーへの傾倒……。最悪を絵に描いたような企業トップだ。

「支配人のキャラクターは、これまで出会った経営者を組み合わせました。高級腕時計を3本巻いていたという、呆れるようなエピソードも実話です。セミナーにはまる経営者も多いですよ。私は馬鹿らしいと感じたけど、生活が不安定ですがるものがない人は、安っぽい希望でも喜んで受け入れてしまう」

 総支配人の部屋で飼われている高価な金魚ランチュウ。選別をくり返して作りあげられた奇形の魚は、シビアな現代社会を象徴している。

「貧困層の若者も金魚と似たようなものですよね。殺されはしないけど、常に誰かに選別されている」

虐げられた6人の心に揺らめくぼんやりした殺意。それが〝あること〟を引き金に、犯行へと結びついてゆく。人間と社会の残酷さをこれでもかと暴き出す衝撃作にして問題作。この作者、やはりタダモノではない。

「結末でぞっとしてもらえたら成功。この小説で書きたかったのは、非正規雇用が生む悲劇です。あなたの未来はどこに繋がっているのか、自分の老後をイメージできるのか、と訴えたかった。ではどうすれば搾取から抜け出せるのか、私にもはっきりした答えはない。あるとすれば『マンガ喫茶にこもって小説を書け』かな。非正規で暮らしている人たちに広く読んでほしいですね」

取材・文:朝宮運河 写真:山口宏之