西加奈子「変わるものと変わらないもの、 自分のすべてを受け止める」10年間の変遷が辿れる年輪エッセイ集『まにまに』文庫化!

マンガ

更新日:2019/3/11

西さんのエッセイ集『まにまに』が新たに13編を加えて文庫化! 笑って、共感できて
励まされて。「まにまに」とは「なりゆきまかせ」──神さまにもらったタイトルだという。
本書には、32歳の頃から約10年にわたる、西さんの喜怒哀楽の変遷が綴られている。

西 加奈子

にし・かなこ●1977年、テヘラン生まれ。エジプトのカイロ、大阪で育つ。2004年、『あおい』でデビュー。翌年刊行の『さくら』はベストセラーに。07年『通天閣』で織田作之助賞、13年『ふくわらい』で河合隼雄物語賞、15年『サラバ!』で直木賞を受賞。近刊に『おまじない』。

過去をなかったものとして生きるのはナシだけど、変わっていくことを認めないと誰も前には進めない。

 西加奈子さんは、いつでもにこにこ笑いながら、感情の奥深くまで見ることを、見せることを、恐れない。

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『まにまに』の文庫化にあたって解説文を寄せた小林エリカさんの、書き出しの一文は、まさに読者の想いを代弁している。そして訊きたくなる。西さん、どうしてそんなにもすべてを受け止めて、明るく軽やかに先へと進んでいけるんですか? 

「基本的に自分のことが好きなんです(笑)。〝ナルシスティックに〟じゃなく〝エゴイスティックに〟。前者は、たとえば自分の美しさとか、社会的な自分を相対的に評価して好きな人。後者は私のように、そもそも醜い自分も好きだという人。もちろん完璧ではないですし、これまでの人生、嘘もついたし、せこいこともずるいこともしてきたけど、でもどうしようもなくこの体で生きてきた。それで自分が好きなら、もう徹底しようという。自分が自分を一番応援してるから、人に評価されなくてもある程度平気なんです。この感覚をもっているのはけっこうな強みだなと思います」

 単行本の『まにまに』には、09年からの6年分のエッセイが収められていたが、文庫版では近年執筆した13編を追加収録。本作の中で過去の自分に対面したとき、西さんはどんなことを思ったのだろうか。

「そりゃ恥ずかしいですよ(笑)。こんなこと考えてたんやと思う部分もたくさんある。でも、今と180度違う意見だったとしても、それはそれとして出していかないと。以前『おまじない』を刊行したときにフェミニズムに関するWEBインタビューで、役割が与える生きづらさなどについて語った。ところがその後、機会があって20代後半くらいに受けたインタビュー記事を読んだんです。そこでは『ウーマンリブや男女平等には興味がないし、女が三歩下がるような夫権の世界に惹かれる』って言っていたんです。全然記憶にないから本当にびっくりして。裏切りになってしまうので、記事の掲載を取り下げてもらおうと思ったんです。でも『それは変化だからいいと思います』と言っていただいて。代わりに〝私もかつてはこういう発言したけれど〟と、文章を加えてもらった。過去をなかったものとして生きるのはナシだけど、変わっていくことを認めないと誰も前には進めない。でも、どんなに時が経っても変わらない部分もあるんだって、それもわかりました」 

 文庫化に際して新たに収録されたエッセイは西さんの〝今〟に近いものだが、そのうちの一編「爪と桜」にこんな一文がある。

 そうだ私は、きちんと、まっとうに年を取っているのだ。

「自分はこれでいいんだ!とわかった気になると、そこで止まってしまう。以前は、自分が後ろめたさを抱えないように、なんでもストレートに言葉にしていたのですが、それだと相手を傷つけてしまうこともあるなと気づいた。だから少なくとも、〝自己中〟だって自覚して生きないといけないなって」

 運転するひとりの時間を通じて世界とつながることを知った「ハンドルを握る、自由な私」。
『サラバ!』を書くことは、ひいては小説を書くことは、その光の力を借りることだった〉と自分を支える本との出会いを語る「光をくれた本たち」。新規収録のうち、とくに西さんが好きだと語るのが、チベットでの奇跡の出会いを描いた「愛された」。 

「エキゾチックな美しさの裏側で蹂躙されてきた人たちの歴史も、それを知った自分が、加害国と被害国という大きなくくりで物事をとらえてしまったこともショックだった。けれど、最終日に夢で見た光景──国境やあらゆる境界線を超えた姿を、現実に目の当たりにしたときは涙が止まらなかった。あそこで買ったセーターを着るたび思い出すし、絶対に忘れないと思います」

だけど作家として、その前にひとりの人間として、何かを大きくまとめてしまうことの怖さを、きちんと自覚しておくべきだった。恥ずかしくて、その夜はなかなか眠れなかった。明け方になり、やっとウトウトしながら夢を見た。ジョカン寺の夢だった。    (「愛された」より)

〈野性的なにおいと共に、人が一人の人間として生きていた〉というその光景の美しさは、西さんの作品にいつも潜んでいるものだ。本書を通じて読者は、西さんの放つ輝きの根源を知るのである。

取材・文:立花もも 写真:江森康之