「ある星から来たの。」不思議な転入生の美少女がもたらした奇跡――映画『まく子』3月15日公開■対談 西加奈子×鶴岡慧子

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2019/3/14

対談 西加奈子×鶴岡慧子

小さな温泉街に暮らす小学5年生のサトシと、「ある星から来たの。」と話す不思議な転入生の美少女・コズエ。枯葉も、水も、〝まく〟ことが大好きな彼女との出会いが、大人への身体の変化に怯えていたサトシとその町で生きる人々の心を変えていく……。西加奈子さんの直木賞受賞後第1作『まく子』が映画化。監督の鶴岡慧子さんは本作が商業デビュー作となる。お二人に本作への思いを訊いた。

(左)つるおか・けいこ●1988年、長野県生まれ。初長編映画『くじらのまち』がPFFアワード2012においてグランプリとジェムストーン賞をW受賞。各国の国際映画祭で上映される。2作目『はつ恋』はバンクーバー国際映画祭ドラゴン&タイガー賞にノミネートされるなど、国内外で注目を浴びる。

(右)にし・かなこ●1977年、テヘラン生まれ。エジプトのカイロ、大阪で育つ。2004年、『あおい』でデビュー。翌年刊行の『さくら』はベストセラーに。07年『通天閣』で織田作之助賞、13年『ふくわらい』で河合隼雄物語賞、15年『サラバ!』で直木賞を受賞。近刊に『おまじない』。本作は『きいろいゾウ』『円卓』に続く映画化。

 

観ているあいだ、自分が原作者だということを忘れてました(西)

──完成した映画をご覧になって、いかがでしたか。

西 これはいい映画だっていうのは、イントロダクションを観ただけでわかりました。自分が原作者ということを忘れて拝見しました。最初に、サトシが校庭を飛び出して集落を抜けて外れの城跡までひとり走っていく。けっこう尺をとっているのに、全然長いと感じなかった。住んでいる温泉街の大きさがわかるし、サトシ役の山﨑光さんが走りながらずっと揺らぎのある表情を浮かべていたのもよかったです。

鶴岡 こんなに嬉しいお言葉はないですね。西さんとは試写会でお会いしたのが初めて。打ち合わせも特になかったですし、映画化の工程は小説とまったく別物だからと放っておいてくださった。これは信頼と受け取って、いいものを作るしかないと思っていました。

西 映画って、生きている人間を同時に何十人も動かしながら作り上げていくじゃないですか。そのプロの領域に私が関われることなんて一切ないと思っていて。今作だけじゃなく、私の小説を映画化するときは監督に全部お任せしたいんです。脚本も送ってくださいましたけど、失礼ですが読んでいない。どう読めばいいのかも、わからないんです。きちんと関わっていかれる原作者を尊敬しているのですが、私にはできない。作品に対する愛情表現は人それぞれだから許していただいて、大の映画ファンとしては、ただ〝いい映画を撮ってください〟という気持ちでした。お願いしたのは、〝スタッフに新人さんを一人は入れてください〟と、それだけ。鶴岡さんの作品にしてほしかったから、めちゃくちゃ変えていただいてもかまわなかったんです。

鶴岡 本当にありがたいことです。

西 そのかわりポシャったら鶴岡さんのせいやし(笑)、大成功しても鶴岡さんの手柄と思っています。

考え続けることをやめてはいけないとは思っています(鶴岡)

──原作を読んで、監督は「これは自分の描きたかった世界です」と言われたそうですね。

鶴岡 コズエの存在が大きなフックとなりました。2011年、私は大学4年生で、卒業制作として初作品となる映画『くじらのまち』を撮っていたんですが、そのとき考えていたことを出発点に今も映画を撮り続けています。サトシがコズエを通じて抱いた想いは、そのときの私と直結していたんです。どこかで失ってしまったものに想いを馳せる……それは震災時に誰しも経験せざるをえなかったことだと思います。

──「喪失によって生きる人間に勇気を与えることもある」。それが監督の大切にしてきた世界だと、おっしゃっていましたね。

鶴岡 私は小学1年生のとき、同級生を事故で亡くしていて。地元はすごく田舎で、学校までの道は3本に分かれていたんですけど、いちばん上の道を歩いてくる子が登校中、トラックに轢かれてしまったんです。同じ道を行く子はその瞬間を目撃したけれど、私は真ん中の道を通ったので事故の詳細はわからないし実感もない。体育館に集められて、病院から帰ってきた担任の先生が泣きながらやってくるのを見ても、涙は出なかった。実感のないまま、今もずっと、その事故のことを想像し続けている……私にとってはそれも大きかったのもしれません。想像したからといって答えが出るわけじゃないけれど、震災のことも含め、考え続けることをやめてはいけないとは思っています。

西 考えるのをやめるって気持ちいいですよね。答えがわかったようになるのも気持ちがいい。〝これ1冊読めばよし!〟みたいなビジネス書が世の中に何億冊あることか(笑)。それだけみんなが答えを求めているってことですし、答えられる強さを持つ人も必要だとは思うけれど、小説の役割は正解を示すのではなく問いかけるものだと思っていて。読者に考えてほしいというより、作家である私自身が考えるのを止めたら終わりやという危機感は常に持っています。世界が変わり続けていく限り、私も同じテーマであろうと繰り返し考え、書き続けていく。そのために必要なのは世界を広げることより狭めることなんじゃないかと。狭めるというか、深めていくことですね。

鶴岡 わかる気がします。わかりやすい答えを求めていると、男女や国籍などの違いで単純に区分けし、〝〇〇だからこう〟なんて決めつけてしまいがちですが、個人の感情を掘り下げていくことで、他者とのボーダーを消していけるんじゃないか、表面上区別された世界とはまた違う地表に辿りつけるんじゃないか……と、いつも西さんの小説を読むと感じます。

西 嬉しい。小説でも、世界中で名作と呼ばれているものはだいたい、子供時代を描いたものなんですよね。具体的な遊びが共通してなくても、〝この感覚を私も知っている〟と思う場面が必ずある。ドメスティックなものほど広がりをもつんです。ニュースを見ていると、つい歴史や世界で起きている事件を書きたいと思ってしまうけど、何を扱うにしても、絶対に個人の感情をおろそかにしてはいけないと肝に銘じています。

コズエとオカアサンが名前を呼び合うシーンが好きです(西)

──サトシは小学5年生という過渡期にあって、まわりの女子たちが大人になっていくこと、自分の身体が変化して死に近づいていくことをおそれていますが、お二人の子供時代はいかがでしたか。

鶴岡 私がサトシにいちばんシンパシーを覚えたのは、両親の営むあかつき館のふるびた生活感の描写で。私が住んでいた家もすごく古かったんですけど、小学生のときに取り壊す話が出たとき、恐怖に似た感情を抱いたんです。自分の愛している空間がなくなってしまうことが怖かったのかもしれません。結局、高校卒業後に壊されたときは平気だったんですが。

西 子供の頃、私は死ぬのが怖くてたまらなかったし、今も怖い。サトシは、自分たちを構成している粒を与え合いながら再生していくと思えば安心できるんじゃないか、少なくとも私は安心する。そう思って『まく子』を書いていたんです。

──〈サトシが成長しているのは、自分の粒を手放して、他の粒をもらってるからなんだよ〉〈いつかすべて入れ替わるの〉〈サトシは、すべて新しいサトシに生まれ変わるんだよ〉とコズエが言う場面がありました。

西 いつか自分が木や温泉になるかもしれへんと思うと、怖さが和らぐような気がするんです。最近、再生不可能なことが多すぎる。たとえば……私は無知なので原発に賛成か反対かはっきり答えが出せないんですが、こんなに続いてゆく手に負えないものがあるというのはどういうことなんやろうって、恐ろしくはあります。対して自然や人間はわかりやすく朽ちていくけれど、そこで終わりじゃなくてどんどん循環していくんだってことを言いたかった。

──それがサイセ祭りにもつながっていくんですね。子供たちが作った神輿をかついで町を練り歩き、最後に自分たちの手で壊すという。

西 シンプルに〝一回全部壊してもう一回作り直したりできひんもんかな〟って気持ちだったんです。映画で観ると、本当にどこかの町でやっていそうな雰囲気で、私も参加してみたいって思いました。コズエとオカアサンが祭りの最中にお互いの名前を呼び合うシーンがすごく好きです。誰かと出会って名前を呼ぶことは、ふだん当たり前だと思っているけれど、実はとても尊くて美しいものなんだって伝わってきて。あれもイントロダクションと同じで尺をとっていたけれど、あの長さが絶対に必要だったんですよね。

砂絵の粒が、光り輝くクライマックスシーンにつながった(鶴岡)

鶴岡 実はロケーションの制約があって、祭りの撮影日は怒涛のスケジュールで、お神輿を担ぐ部分は3時間で全部撮りきらないといけなかったんです。とにかく慌ただしかったので、二人が呼び合うシーンもどういう出来になるのか実感のないまま撮り終えて。編集技師の普嶋(信一)さんが細かいカットを丁寧につないでくださったのを見て、初めて手ごたえを感じました。同時に、作品におけるあの場面の意味もようやく理解できた。スタッフと、そして何よりオカアサン役のつみきみほさんの力が大きいですね。

──演技指導のようなものはされたんですか。

鶴岡 つみきさんも、衣装合わせのときからあの場面をいちばん気にしていて。「どういう芝居で呼び合えばいいですか」って聞かれたとき、「役作りのためにあえて原作を読まないようにしている」とつみきさんが言っていたにもかかわらず、私は原作を引用して説明したんです(笑)。〈まるでお互いの名前を初めて呼び合った動物みたいだった〉という表現がいいなと思ったんですって。そうしたら「やっぱり読みます」と。私もそれ以上言葉であれこれ伝えることはしなかったんですが、原作から受け取ったものがあったらしく、現場では120パーセントの表現をしてくださった。結果、つみきさんにつられてコズエ役の新音さんも声と表情を引き出されていた。

西 役者さんはみなさん素晴らしかったですね。サトシの父親役を演じた草彅剛さんもセクシーでしたし。

──ロケ地となった四万温泉の雰囲気も、作品にぴったりでしたね。

鶴岡 お神輿を壊していたのは、四万温泉で実際にお祭り実行委員をされているみなさんなんです。自前の法被を着て、はちまきを巻いてくださって、ぐっとリアリティが増しました。

西 あと、ドノ(仕事をせずに、いつも小学生相手にマンガの朗読をしている青年)が、誰かが砂絵を作る手を見つめる場面があるじゃないですか。なんだか宇宙空間にいるみたいで痺れました。

鶴岡 その作り手の人物像をもう一度とらえなおそうと思ったときに、片っ端からアール・ブリュット(生の芸術)と呼ばれるものに触れたんです。誰に頼まれるわけでもなく、ただ作りたいという衝動に従っている彼らの作品は、見ているだけでパワーが伝わってくる凄みがあった。そういうものをこの映画にも何かと考えたとき、浮かんだのが砂絵でした。制作してくださった佐藤美代さんはもともと友人なのですが、敵わないと思わされる同世代の一人でもありますし、砂絵の砂は粒でもある。サトシとコズエの会話における神秘性や、クライマックスシーンは、砂絵の発想があったからこそ表現できたと思います。

西 すごく素敵なラストで、一観客として感動しました。

鶴岡 そう言っていただけると、ホッとします。今作で本格的な商業デビューとなるのですが、それが『まく子』でよかったと心から思っています。

取材・文=立花もも 写真:江森康之

 


 
 

原作小説
『まく子』
西 加奈子
福音館文庫 650円(税別)
まくことが好きなのは、男だけだと思っていた──。小5の慧の前に現れた転入生のコズエは小石やホースの水など何でもまき散らす。まわりの女子が猛スピードで大人びていくなか、成長することをおそれていた慧の心は、コズエの秘密を通じて少しずつ変わっていく。

 
 

  

映画
『まく子』
監督・脚本:鶴岡慧子 出演:山﨑 光、新音、須藤理彩/草彅 剛、つみきみほ、村上 純ほか 配給:日活 3月15日(金)より、テアトル新宿ほか全国ロードショー

●その町では、みんなが互いのことを知っている。サトシの父親の浮気性も、ドノが働かず小学生と遊んでいることも。だが、変わらない日常のなかで身体は日に日に育つ。大人になんてなりたくないのに……。山間の四万温泉郷を舞台に、11歳の少年と“大きな秘密”を持つ少女との初恋を軸に、その町で生きる不器用な人々の再生と感動を描き出す。

(c)2019「まく子」製作委員会/西加奈子(福音館書店)