三浦しをんのあふれる好奇心と読書愛!「人生で初めて、“男”に夢中になって本が読めなくなった(笑)」

文芸・カルチャー

更新日:2019/4/16

 2006年に刊行された、本&カルチャーにまつわるエッセイ『三四郎はそれから門を出た』。三浦しをんの「好き」と「好奇心」が爆発する、笑いと感動のつまった名作が装い新たに復刊! これを記念し、三浦しをんさんにインタビューを行った。

■10年以上の時を経て、人気エッセイが新装版で復刊!

――ご自身でも改めてお読みになった感想はいかがでしたか。

三浦しをん(以下、三浦) やっぱり十数年も経つと、考え方や物の見方が変わるものですね。社会も、私自身も。当時はひっかからなかったけれど今はNGだな、と思う表現はいくつかありました。ただ、一度本になった以上、読んで傷ついたり嫌な気持ちになったりした方がすでに存在しているはずで、それは今、表現を変えたからといって消えるものではない。どうしても嫌だと思ったところは一部、変えさせていただきましたけど、自分が書いてしまったことですから反省すべき点はしつつ、基本的には以前のままの文章を収録しています。

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――たとえば、どのあたりがNGだと思われたのでしょう。

三浦 そうですね……。「男に愛される女、女に愛される女」とか。女性同士の分断を煽る書き方をしてしまったな、と思ったところは少し修正しました。今の私には賛同できる考えではなかったので。

――ただあの章は、男性に対して網を張れる女性とそれが下手な女性、という話だったので、分断というより性質の差について話されているのがおもしろかったです。

三浦 だったらいいんですけれど、マウントする・しないも、相性のいい・悪いも、本来性別は関係ないはずですからね。女性に限らず、誰かを不当に貶めるような表現はやっぱりよろしくない。今は世の中全体がそういう流れになってきているので、喜ばしいことだと思います。

■人生で初めて、“男”に夢中になって本が読めなくなった(笑)

――まえがきに〈もはや好きとか嫌いとかいう範囲を超えて、読書は私の生活に密着している〉とありますが、本書を読んでいるととにかく三浦さんの膨大な読書量に圧倒されます。

三浦 暇だったんですよ(笑)。っていうと、忙しいでしょうと言われるんですが、最近、わかったんです。やっぱり暇だったんだ、って。というのも、今、EXILE一族にハマっていまして。彼ら、構成人員が多いでしょう? 追いかけるのに忙しくて、前ほど本を読まなくなったんです。こんなの人生で初めてですよ、男に夢中になって本が読めなくなるなんて(笑)。

――そうなんですね(笑)。とりあげている本は、小説にマンガ、ノンフィクションから芸能人のエッセイまで幅広いですが、苦手なジャンルってあるんですか?

三浦 苦手というわけじゃないけど、実用書はあまり読まないです。読んだことがあるのは、須藤元気さんのご本くらいかなあ。自分と向き合うためにノートを書くことを習慣化していて、その実践方法が書かれているんだけど、もともと格闘家で克己心に満ちている人だから、めちゃくちゃマメだし真面目なのが読んでいるとわかる。須藤さんが成功したのはたぶんノートの活用法云々の問題ではなかろう、これだけ自分を律することのできる人なら成功するのも納得だと思いました。実用書というより、須藤さんの物語としておもしろく読みましたね。

――おもしろい本の見つけ方に、なにかコツはあるんでしょうか。

三浦 やっぱり、本屋さんに行くことですね。装丁やポップを見て、おもしろそうだなと思ったらとりあえず手にとってみる。新聞や週刊誌の書評を読むのも好きで、けっこう参考にします。ただ、最近は町の本屋さんが減ってしまったので、思いがけない本に出会う機会も少なくて。

――まえがきには「毎日必ず本屋に行く」と書いてありましたが……。

三浦 近所にあった本屋さんもなくなって、毎日の巡回ができなくなったんですよ。それが苦しい。毎日の徒歩圏内に、ふらりと立ち寄れるような本屋があるといいんですけれど。今は、少し足をのばしたところに1軒あるので、ときどきそこに顔を出しています。私は、昔ながらの町の小さな本屋さんが好きで、そこも家族経営のお店なんですよ。小説やマンガはわりと定番の新刊を置いているんだけど、なぜかノンフィクション棚がすごく充実している。どなたか、お好きな方がいらっしゃるんでしょうね。「こんな本があったんだ!」と驚かされることが多いので、その棚めあてに足を運んでいます。

――売り手の個性が見えやすいのは、大型書店とはまたちがう魅力ですよね。

三浦 推しが見えると、おもしろい。あと、そのお店ではしょっちゅう店員同士で喧嘩していて(笑)。接客は丁寧だし、1冊の本でも嫌がらずに取り寄せしてくれるし、親切なんだけど、ご家族で経営してるから遠慮がないんでしょうね、「発注が遅い」とか「雑誌の陳列が甘い」とかわりと大声で言い合っている。家族全員が、本屋という職業に誇りをもっているからこそぶつかるんでしょう。怯えるお客さんもいると思うけど、私はその風景も含めて、味わいがあって好きです。

■『海辺のカフカ』でいちばん気になったのは……

――本屋さんのことも含め、三浦さんは本筋から少しそれた魅力やおもしろさに気づく方だなという印象を、本書を読んでいても感じます。たとえば最初に紹介される『海辺のカフカ』(村上春樹)。いちばん気になったのが「主人公の少年がすぐに勃起してしまう」ことだと(笑)。

三浦 だって気になりません? ちょっとあなたそんなに勃起ばかりして、って(笑)。ただ、私自身は本筋からそれているつもりはあまりないというか、小説のおもしろさってそういう細部の描写にあると思うんですよね。カフカ少年がどんな恋をして冒険をしたかってことももちろん大事なんだけど、「作者はきっとこんなふうに世界をとらえているんだな」というまなざしが登場人物を通じて見えるのが楽しいし、その視点が小説世界をより豊かにしていく。だから書評を書くときも、私が楽しいと感じた細部をとっかかりにするようにしています。

――本書の冒頭がこのエッセイであることが、すばらしいと思っていて。読書に対するハードルが下がりますよね。ああ、こんなふうにおもしろがっていいんだ、と。

三浦 もう少しちゃんと内容紹介してもいいんですけど、それは読めばわかることだと思ってしまうから……。新聞の書評欄でときどき、あらすじだけを書き連ねて最後に「おもしろかった」とだけ記す、みたいな文章があるんですけど、私、あれに納得がいかなくて。帯や文庫の裏表紙を見ればわかることをわざわざ書く意味ある? って。ただ、それを知りたくて書評を読む人もいるでしょうし、好みはわかれるのだろうと思います。逆に私の書評は、けっきょくどんな本かわからないって言われることがありますからね。私は「それはあなたが読んで確かめてください」というスタンスなので、あらすじは極力少なくすると決めていますが、なにをもっていい書評とするかは媒体によっても異なるでしょうし。書評を書くのは楽しいけれど、むずかしいです。

――ちなみに、本書のなかで印象に残っている作品はありますか?

三浦 なんだろうな。どれも好きな本ばかりだけど……山本直樹さんの『ラジオの仏』はおもしろかった。見た夢の一場面を、イラスト化しているんですよ。見た夢って、言葉ではなかなか説明しづらいじゃないですか。イラストだと説得力と迫力が言葉とは比べものにならないし、山本さんほどの画力があると、夢のにおいまで濃厚に伝わってくるんです。

――人の夢の話を聞くのが好き、と書かれていましたが、三浦さんは夢を見るほうですか。

三浦 わりと見る、かな。たまに続きものの夢を見ます。押し入れでピーちゃんという鳥を飼っているんだけど、エサをあげわすれてしまうの。しまった! って思うところで目が覚めて、次に夢を見るときは3日くらい経って、押し入れの前でどうしようって途方に暮れている。しかも夢を見ているときはそれを現実だと思っているから、本当に、いや(笑)。今まで一度もピーちゃんの死骸を見たことはないから、結局どうなっているのかよくわからないんですけどね。

■書かれていることを鵜呑みにせず、「読書」で自分を育てていく

――最近読んだ本で、なにかおすすめはありますか?

三浦 EXILE一族にハマってるからそんなに読んでいないけど(笑)。『ヒトラーとドラッグ 第三帝国における薬物依存』(白水社)という本はよかったですね。戦時中のナチス政権下では、寝ないで闘ったり長距離移動に耐えたりするため、兵士に薬物をどんどん与えていたというノンフィクション。日本でもヒロポン漬けになった兵士がたくさんいたわけだし、どこの軍隊でもやっていたことなんでしょうけど、当時は医者でさえ依存性をあまり把握していなくて、それが悪いことだなんて思っていなかった。おそろしいと思うと同時に、今現在も行われていておかしくない話だなと思いました。

――本書を読んでいると、三浦さんはとにかく「好き」の力と好奇心が強く、それが読書の原動力にもなっているのだなと感じます。

三浦 好きなことをするのがいちばんですからね。私、名作とされるから真面目に読まなきゃいけないとか、この本は教養として読んでおくべきとかっていう考え方は、クソだと思っているんです。本は、好きなものを好きなときに、好きなように読めばいい。

――本を読みたいけど、どこから手をつけていいかわからない、という人におすすめの選び方はありますか?

三浦 やっぱり、「好き」の延長線で探すことじゃないでしょうか。アニメが好きならまずその原作を読んでみるとか。たとえば『風が強く吹いている』っていうアニメの原作小説がありますが……ってそういう宣伝ではなくて(笑)。アニメにしろ、ドラマや映画にしろ、最近はマンガや小説が原作になっていることが多いから、そこから手にとって、おもしろければ同じ著者の別の作品も読んでみる。スポーツが好きなら、それがテーマの作品や選手のエッセイでもいい。どんなジャンルにも必ず関連本は存在するから、フィクション・ノンフィクション問わず探してみるといいと思います。ただ、ネットで探すと偏った知識にあたってしまうことも多いから、それは気をつけたほうがいいですね。

――検索上位に出てきた本を、つい買ってしまいがちです。

三浦 そう。売れているからといって好事家や専門家たちの間で評価が高いとは限らない。ある程度読書に慣れている人なら見極める感覚もそなわっているけど、そうでないなら慎重になったほうがいいと思います。本の形をとって、もっともらしいことを述べているからといって、それが唯一の正しい知識とは限らない。世の中にはいろんな意見があって、それこそ時代によっても変わってくるものだから。

――読書家であっても、知識の乏しいジャンルなどのノンフィクションに触れるときは気をつけたほうがいい気がしますね。

三浦 そうですね。さっきおすすめした『ヒトラーとドラッグ』も、白水社という信頼のおける出版社だし、すごく緻密に調べてあるいい本だと思いましたが、そこに書かれていることがすべて真実かどうかなんて、この一冊を読んだだけでは、私のような素人には究極的にはわからない。どんな本であろうとそこに書かれていることを鵜呑みにしないこと。常に、別の見方はないのか考えたり調べたりしたうえで、自分なりに慎重に判断していくこと。それが読書するうえでは、けっこう大事なことなんじゃないかなと思います。

取材・文=立花もも 撮影=内海裕之