プロレスのおもしろさを伝えたい――『新日学園 内藤哲也物語』が学園マンガでありながら、ノンフィクションさながらの白熱リアルストーリーである理由

マンガ・アニメ

2019/4/4


カリスマ的人気を誇る、新日本プロレス・内藤哲也選手を主人公に据え、実際の言動や出来事を忠実に反映させながら紡ぐ“学園バトルマンガ”『新日学園 内藤哲也物語』。ダ・ヴィンチニュースでの人気連載が、ついに単行本化! 著者は、『プ女子百景』の広く。さん。リアルタイムで供給され続ける情報と格闘する広く。さんに、その苦労と描く喜びを訊いた。

■デスティーノ……それは、まさに「運命」だった

――広く。さんは、以前、プロレスマンガで新人賞に入選してデビューはされていますが、マンガの単行本を出されるのは初めてなのですか。

広く。:はい。一度プロレスマンガで挫折して……10年経って、プロレスマンガの単行本が出せて、感慨深いです。

――しかも一番描きたかったテーマで、ということになるわけですよね。

広く。:プロレスの、新日本(プロレス)の、しかも内藤哲也選手のことを描かせていただいて。そんなバカな!というくらい奇跡的なことだと思います。いろいろなことが積み重なってここに至る……「デスティーノ」(内藤選手の決めゼリフ)です!

■膨大な情報から何を拾うか、その見極めが難しい

――実際の内藤選手のプロレス人生とプロレス界の出来事を調べ尽くしたうえで「学園バトルマンガ」というフィクションの形で描いていらっしゃいます。膨大な資料を揃えるのも、それをどう使うかの選択も大変かと思うのですが……。

広く。:内藤選手が頭角を現し始めた頃にプロレス関連の雑誌や本を買い始めたので、リアルタイムで情報を一通り揃えていられたのは幸運でした。ただ当時は重要な情報もそうでない情報も混在した状態で、膨大な量が存在しているんです。本当に古い歴史の話なら、取捨選択された情報が残っているんですが……。

――なるほど、現在進行形の歴史だと、どこが重要な「史実」になるかは、まだわからないわけですもんね……。

広く。:そうなんです。何を拾うか見極めるのが難しいですね。

――具体的にどういう手順で進めていかれるんですか?

広く。:何話目にあのエピソードを入れよう……みたいなことは3話分くらいずつざっくり決めてあるので、まずはそのエピソードに関する『週刊プロレス』の記事とか、リング上のマイクアピールとか、試合後のバックステージコメントとか、素材を集められるだけ集めて読み込みます。そこから「このセリフは使おう」というふうに必要なものを選んで、フィクションとしての物語を作って、描く。だいたい、この3段階を経てできあがる感じですね。

――ネームをきったり、作画したりする前にもやることがたくさんあるんですね……。しかもすべておひとりでなさっているんですよね。

広く。:はい。1回8ページなんですが、2週間に1度だとかなりきつくはありますね。マンガを描いていると「生活」が消える、というか。とくに修羅場の時は危ないですね。ゴハンもただの栄養摂取になります(笑)。生命維持で精いっぱいな感じです。

――描き込みの量もすごいですよね。

広く。:紙に印刷されたものを見たら、「黒い!」と思いました(笑)。白い空間がほとんどない。デジタルで描いているので、画面だと薄く見えてしまうんですよ。それで足りないかと思って、どんどん描き込んでしまう。WEBでは気づかなかった部分も紙では見えたりもするので、単行本では細かい部分も楽しんでいただけると嬉しいです。

■ツイッター上でのエアリプもストーリーに盛り込む

――ご自分で連載を振り返って印象に残っているのはどのお話ですか?

広く。:11話ですね。内藤選手がケガをして入院されて……自分の中では、一番イメージ通りに描けたような気がしています。せつない感じを表現できた、というか。

――入院中の内藤選手のことを実際見られるわけではないので、想像して描いたところも多かったとおっしゃっていましたね。

広く。:入院のことを語ったインタビューから、ふくらませてふくらませて……。

――本書収録のインタビューで、内藤選手も11話の「棚橋と 時代を懸けて闘う相手は オレでありたかった」と言う場面が好きだとおっしゃっていましたね。そのセリフにつながるくだりも、とてもいいですよね。オカダ選手に負けてベルトを失った棚橋選手に、内藤選手が「なに負けてんだよ」と言い、棚橋選手は「内藤 俺はお前が戻ってくるまでチャンピオンでいたかったよ」と返す……。

広く。:あのやりとり、実はツイッター上でのものなんですよ。ふだん日常的なことしかつぶやかない内藤選手が、棚橋選手がオカダ選手に負けた試合のあとに、エアリプで(相手を特定せずに)「なに負けてんだよ」とつぶやいたんです。棚橋選手は棚橋選手で、エアリプで「内藤が戻ってくるまでチャンピオンでいたかった」とつぶやいていて……。実際のツイートをさかのぼれなかったので、記憶で描いたんですが、当時はもう「うわーー! これは!!」と思いました(笑)。内藤選手の棚橋選手に対する思いは、ふだんからちょくちょく言動ににじみ出ているなと思います。

――プロレスファンに限らず、あらゆるジャンルのファンが大好きなライバル物語だと思います。

広く。:しかもこれが現実世界の話なんですよ……!?

――すごいことですよね……。それをこうやってマンガとして見せていただくことで、プロレスのエモーショナルさ、おもしろさが多くの方に届くと思います。内藤選手のプロレスに対するピュアな思いも、マンガで読むとより伝わってきますね。

広く。:内藤選手は自分のピュアさを、自分で守っているというか……。「もっといろんなものを見たほうがいい」とアドバイスされても、自分はプロレスが大好きだからとそれをしないできた。今も、プロレスって楽しい!と思ったり、ヤングライオンの試合をチェックして応援したり、ファン目線を持ち続けていらっしゃるのが本当にすごいと思います。自分の意見はこうだけれど、それがすべてだと押し付けるつもりはないというスタンスをとられている気がしていて……それもすごいことだと思います。

■「歴史上の出来事」として捉えることで、客観的な視点が生まれた

――内藤選手のプロレス人生をマンガとして描いていくなかで、一ファンとして見ていた時と、プロレスの見方に変化はありましたか?

広く。:そうですね。あらためて振り返ることになるわけですが、描きながら「視点の調整」みたいなことをしているんだなと。内藤選手に注目し始めた時は、ファンとして内藤選手を見ているので、ブーイングされたりすると「なんでブーイングするの? ひどい!」と思っていたんです(笑)。でもマンガにするために「歴史上の出来事」として捉えるようになると、資料を読んだりしているうちに、客観的な視点が生まれた感じはしますね。ライバルのオカダ(・カズチカ)選手のことを「やっぱりすごいな!」とより好きになりました。

――オカダ選手はとてもいい悪役として描かれていますよね。

広く。:悪役ですが、正義がありますよね。絵にしてみると、だいたいその人のことを好きになるんです。今、新日本プロレスのスマホサイトで「待ち受けイラスト」を描いているんですが、ふだんあまり描いていない人を描く時に写真を見たり、コスチュームを調べたりしているうちにおのずと愛着がわいて、好きになってしまいます。

――その人のいいところを抽出して絵にするわけですもんね。

広く。:そうなんですよ。好きだという目線から入ると「ありのままをなるべく受け止めよう」とフラットに見られる気がしていて。否定の目線から入ると、認知がゆがむんです。否定するための材料を拾ってしまうというか……。今回のマンガでも、完璧にイヤなキャラクターは描きたくないと思っていました。それぞれのチャームポイントを描きたいです。

――それこそがプロレスですね。どんなレスラーにも必ずチャームポイントがある、という。

広く。:愛すべきところがあるからこそ、愛されている。それを増幅させて描いて、プロレスを知らない誰かにも好感を持ってもらえたらいいなと思っています。

■ひとつの夢がかなった時、別の夢が見えてくる

――1巻では低迷期に入りメキシコにわたる直前までが描かれているので、ここからいよいよガラリと変化する内藤選手が見られるわけですよね。楽しみです!

広く。:はい! ロス・インゴ・ベルナブレス・デ・ハポンのみなさんのことも描きたいと思っています。ただ、インタビューで内藤選手が「これまで描かれている部分はあまりよく覚えていないけれど、この先は最近のことなのでよく覚えています」とおっしゃっていたのでプレッシャーを感じています……!

――『新日学園』はまだまだ続きますが、マンガ家としての今後についてはどうお考えですか? 例えば別の選手を主人公にするなど、これからも現実のプロレスを題材にしたものを描き続けていかれるのでしょうか。

広く。:自分でも、これを描き終えたあとにどうなるのか、本当にわからないんですよ。目の前のことを全力でやりつつ、頭のどこかで「何かないかな」と探していればいいのかなと。内藤選手もおっしゃっていましたが、ひとつの夢がかなった時、別の夢が見えてくる……ということだと思います。
 

『新日学園 内藤哲也物語 1』
広く。:著 新日本プロレス:監修
KADOKAWA 1000円(税別)

中学3年生の内藤哲也は、新日学園で偶然目にした棚橋弘至の試合に魅了され、チャンピオンを目指し、翌年入学。順調な滑り出しに見えたが、ライバルの台頭、ケガ、激しいブーイングなど厳しい現実が押し寄せる。テレビや動画では観られないアングルからのプロレス技も必見!

ここから第一話が読めます。

広く。
ひろく●鳥取県生まれ。2004年、マンガ家デビュー。14年、初の著書『プ女子百景』が話題に。17年には続編『プ女子百景 風林火山』が発売。新日本プロレススマホサイトの待ち受けイラストや『有田と週刊プロレスと』(Amazonプライム)オープニングのイラストも担当。

取材・文=門倉紫麻