「わたし」と「みんな」をつなぐものとは何か。傑作2ndアルバム、堂々完成――東山奈央インタビュー

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公開日:2019/4/3

「どんなときでもわたしは皆さんを笑顔にできるような人になっていきたい。これからもずっと一緒にいてください」。2018年2月3日、自身初のワンマンライブとなった日本武道館のステージで、東山奈央が満員の観客に届けたMCの一節だ。この言葉は、声優・東山奈央の音楽活動を象徴しているのではないか――2ndアルバム『群青インフィニティ』を聴いて、改めてそう思った。聴き手の支えを力にしながら、「今度はわたしから、皆さんに勇気を届けられるような、エールの詰まったアルバムにしたい」という想いをもとに制作が始まった『群青インフィニティ』の全11曲には、より豊かになった表現力と、心が浮き立つようなエンターテインメント性と、エモーショナルなメッセージが反映されている。1曲1曲とじっくり向き合い完成した、充実の1枚について話を聞いた。

今度はわたしから、皆さんに勇気を届けられるような、エールの詰まったアルバムにしたい

――2ndアルバム『群青インフィニティ』を聴かせてもらって、「待った甲斐のある力作だなあ」と思いました。東山さん自身はどんなアルバムになったと感じていますか。

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東山:出来上がったアルバムを自分で聴いてみて、率直な感想として「あっ、楽しい!」って思えました。やっぱり、自分でそう思えるのはとてもよいことだなあ、と思います。1stアルバムのときは、「自分はやれることは全部やった」と感じて、出がらしのようになっていたんですけど、2ndは「もうちょっと、こういうこともやってみたいかも!」みたいな余力もある中でフルマラソンを走り切った感じがあったので、ちょっと不思議な気持ちです。アルバムを作ってくださってるディレクターさんとわたしの好みが、全然違うんですよ。お互いをすごく尊重して、「こういう曲やってみたい」「やってみましょう」「わたしはこれがやりたいです」「やってみよう」みたいな感じで、やってみたら「存外いいね」ということがたくさんあって(笑)。

――(笑)面白いですね、「存外いいね」。

東山:パワーワードですよね(笑)。たとえばWリード曲の“はじまりの空”は、ラスサビの主旋律の裏に《ここにいるから おもっているから》っていうコーラスが重なるんですけど、ディレクターさんには「ここは音域が渋滞するから、あまり音を入れないほうがいいと思う。コーラスはなしにしよう」って言われて、わたしは「ここのコーラスとメロディが重なることに意味があるので、絶対残さなきゃダメです!」って主張して。わたしもここは折れず「一応録っておきましょう! 素材がなかったらあとで『やったほうがよかったなあ』と思ったときに困るでしょう?」「じゃあ、一応」みたいな感じで録ってもらって、重ねて、出来上がってから「どうですか?」って聞いたら、「……存外いいね」(笑)。

――ははは。

東山:ディレクターさんはロックが好きな方で、わたしはキャラソンをずっと歌ってきて。お互いのバックボーンが違うから、同じ曲でもイメージが全然違ったりするんです。そこで「でもわたしは…」「いや、俺は」「わたしは」「俺は」って意見交換をすることが、すごく面白かったです。

――意見交換をしつつ、貫くところは貫く。

東山:はい。わたしもディレクターさんを信じられるところはとことん信じて、力をお借りしました。でも、わりと頑固に貫いたところはあります。

――その頑固さは突然生まれたものではなくて、たぶんもともと東山さんが持っていたもので、今それが顕在化している、ということだと思うんですよ。クリエイティブの場面でしっかり主張ができるのも、1stの頃と比べて、想いを言語化して伝える術を身につけた、ということでもあるのかな、と。

東山:1stのときは、「音楽は音楽のプロの方に」という思いがありました。わたしも自信がなかったので、「これがいいんじゃない?」って言われたことには、まず一回乗っかってみようと思っていて。それが心残りというわけではないんですけど、ときどき「ここはちょっと思い切って貫いてみようかな」って思ったことも何回かありました。で、その貫いたものに対して「いいね」って言っていただけることも多くて、わたしが「いいな」って思ったことは、他の人にもそう思ってもらえる可能性が多分にあるんだ、ということがだんだんわかってきて。だから、「もう少しわがままに、頑固に伝えてみてもいいのかな、伝えてみよう」と思いながら、お互いの引き出しを増やしていくように作れたのが、この音楽活動3年目の2ndアルバムなのかなって思います。

――お客さんに届いたときに、「こうしたらもっと喜んでもらえるんじゃないか」っていう発想も、頑固さの背景にあるのかな、と感じます。

東山:十人十色の受け取り方がありますけど、自分で決めたことだったらどう受け取られても納得がいくなって思っていて。逆に、「ちょっと乗っかってみようかな」的な他力本願の感じでやったものに関して、いい結果が出ても、そうでなかったとしても、わたしは責任が取れないんじゃないかって思いました。とは言え、乗っかることそのものが実はわたしの中でチャレンジだったんですよね。自分の頑固さを手放すのはストレスになるところもあって、「もっとこだわりたい」「あと3回くらい歌いたい」みたいな気持ちをグッと堪えていたりもして。でも、今回はわたしが納得のいくところまでやらせていただいたので、それを受け入れてくださったスタッフさんの懐の深さに感謝しています。

――今の話を聞いていると、1stアルバム以降に芽生えた「自信」と「責任」が、この2ndアルバムをより強くしたのかな、と思います。で、それは東山さん自身も自覚してる部分があるのでは?

東山:ありますね。わたし自身、1stアルバムも「なかなかいい……」と思ってるんですよ(笑)。もちろん、自分の歌や表現力がまだまだだなって思うところはいっぱいあるんですけど、向かうべき方向性としてはいいものが出せたと思いますし、1stを通して聴くことで、気持ちが明るくなりますし、まとまっていたなと思うんです。それを経験した上での2枚目だったので、「1stを超えられるんだろうか」って早くも思ってしまったところもあって。だけど、『群青インフィニティ』のほうが、より強い1枚になったと今は思っています。今回はコンペをさせていただいて、曲も自分で選びましたし、完成形に至るまでの過程にも全部付き合わせていただいて、「もっとこうしたいです」っていう意見も聞いていただきました。1曲1曲と向き合う時間が長かったので、わたし自身はすごく満足してます。もっと上手くなれるし、表現力もつけられるし、勉強することもいっぱいあるのは自覚してるんですけど、今の時点ではいいアルバムが作れたと思います。

――なるほど。ちなみに、今回のアルバムの出発点となったそもそものビジョンって、どういうものだったんですか?

東山:(1stアルバム収録の)“Rainbow”の歌詞を書いているときや、武道館のライブ前に不安だったときに、皆さんがわたしを支えてくださって。「楽しみにしてるよ」「元気をもらえてるよ」という声にすごくパワーをいただいたので、今度はわたしから皆さんに勇気を届けられる、応援する、エールの詰まったアルバムにしたい、という気持ちが出発点でした。

――東山さんが繰り出せる表現って、ほんとに幅が広いと思うんですよ。たとえばダンスのキレがすごかったり、歌唱力に加えて表現の幅が広かったり。そういうある種の強みのようなものに自覚的になれた部分もあったのかな、と想像してたんですけども。

東山:そこは難しいなあ、と思っていて、自覚できるようになったところと自覚したくないところがあるんですよ。「お客さんがどう思うか」は、自覚したいなって思います。かつて自分がお客さんだったときの目線を大切にしたいし、「どんなことが予想がつかなかったか」を考えながら作っていきたいな、と思っています。逆に、自分のよさは自覚しなくてもいいのではないかなって。デビューしたばかりの頃はただひたすらに自信がなかったし、現場に行くのが怖い時期もあって、「好きなことをやってるのに、なんでこんなにつらいんだろう」って思っていました。だけど当時のマネージャーさんに、「いいところは自覚しなくていいんです。でも、確かにいいところはあるので、自信を持って現場に立ってください」と言われた言葉が残っていて、敏感になるところと鈍感になる部分を両方持っておきたいな、と思ってるんです。

――そのエピソードって、わりと前の話ですよね。それを今も変わらぬ哲学にしている、と。

東山:そうですね。自分のダメなところには敏感にならないといけないけど、いいところに関しては鈍感でいいのかなって思います。年数を重ねると、「こういうところがよかったです」という声をいただく機会も多くなるので、どうしても自覚は出てきちゃうんですけど、やるときはそれを手放す、という感じです。もしも自分が天才肌で、ちょっとやったものが最高だったらどんなに素晴らしいか、とは思うんですけど、わたし自身は天才肌ではないので、努力をしていきたいですね。

音楽活動をしてきてよかったなって、今は即答できます

――東山さんが作詞・作曲を担当したリード曲の2曲について話を聞いていきたいんですけど、M-1の“群青インフィニティ”に詰まったエモーションはものすごいものがありますね。

東山:やった~! ありがとうございます。

――1stアルバム『Rainbow』のラストも、歌詞と曲を東山さんが作った“Rainbow”でした。当時、「こういうことを歌詞にしてよいのだろうか」という迷いがあって、たとえばそれは《「明けない夜だって 止まない雨もないよ」って/そんな風にはとても思えなかったの》あたりの歌詞に象徴されてると思うんですけど、“群青インフィニティ”はある種“Rainbow”のアンサーになってる気がしたんですよ。

東山:確かに、底抜けに明るい曲になったなって思います。“Rainbow”はほんとに等身大、丸裸のわたしだったんですけど、“群青インフィニティ”では、あえてちょっと強気な自分を出している感じです。おっしゃるとおり、挫折を味わって生まれた“Rainbow”がなければ、“群青インフィニティ”も生まれなかったな、とわたしも思っていて。「もっと頑張れるだろ、もっといけるだろ!」って、あえて強気な言葉で自分も鼓舞する曲にしたかったところはありました。でも、アンサーソングとしての側面は、実はもうひとつのリード曲の“はじまりの空”に預けちゃってたんですよね。“はじまりの空”は、“Rainbow”と同時期に生まれた曲なんです。歌っている内容はアンサーで、生まれたタイミングとしては双子のようなイメージです。

――なるほど。

東山:“群青インフィニティ”は明るい曲になったんですけど、歌ってる内容としては、ちょっと別れを思わせる曲でもあって。サビの《贈ろう 君の胸にこの花束を》っていう歌詞、これはお別れの花束なんです。「行ってらっしゃ~い」っていう。わたし、花束って、もらって嬉しいと思ったのは人間が最初で、もしかしたら人間だけなんじゃないかなって思っていて。お花を見てきれいだと思える気持ちがあって、嬉しいっていう感情を持てるのはすごく人間的なんじゃないかな、と思っていて。だから誰かに何かを贈るときに、人間の原始的な部分で相手に伝えるなら花がいい、と思ったので、ここで花束を贈りたかったんです。

――「花束」という言葉だけで、かなり深い解釈ができますね。

東山:1行1行を語れる歌詞です(笑)。なぜ花束で別れを思わせる曲にしたかというと、いつもみんなのそばにいて「頑張れ!」って背中を押してあげられるのが一番素敵なことだけど、常に物理的にそばにいられるわけではないですよね。ライブやイベントの場でしか一緒にいられないけれど、この曲を聴くときやライブで会えるときには、《僕ら無敵なんだ 笑いあえるから》という歌詞のように、皆さんとわたしの心が集う曲にしたかったので、別れと再会を思わせる曲になっています。

――《踏み出せないならば 追い風になろうか》というフレーズも印象的でした。この言葉って、やっぱりステージから見た景色とか、音楽活動の中でいろんな人と出会ってきた時間を経て出てきた言葉なんだろうなあ、と思うんです。で、それは2ndアルバム『群青インフィニティ』の目的・ビジョンがここに葉に集約されてる、ということでもあって。

東山:そうなんですよね。その部分の歌詞を思いついたときの気持ちは思い出せないんですけど、それくらい自分の中にフィットしている歌詞なんだろうなって思います。頑張って絞り出した歌詞ではなくて、スッと出てきたものですね。《追い風になろうか》や《掲げた夢やプライド 自分の手で挫くなよ》にしても、普段のわたしの言葉遣いではないんですよ。そういう意味では、自分のキャラソンを作ってる感じなのかなあ、と思いました。

――《追い風になろうか》であって「なれたらいいな」ではないところがポイントですね。

東山:そう、いつものわたしだったら、「なれたらいいな」「なれますように」になるんですけど、ここでは「なろうか」って言ってますね。

――《僕らは無敵なんだ 笑いあえるから》、ここもグッときました。“Rainbow”の歌詞には複数の一人称は出てこなくて、「私」だったんですよね。でも今は、《僕ら》になっている。歌っている人と聴いている人、両方が主人公になれる歌だなって思います。

東山:うん、みんなが主人公になれる歌ですね。そう考えると、ちょっと感慨深くなります……!

――音楽活動をスタートしたばかりの時期には、《追い風になろうか》という言葉は自然には出てこなかったんじゃないですか。

東山:確かに、今はちゃんと実感を伴って歌える感じはあります。応援してくれている皆さんのおかげで、実感が持てる歌になりました。そのことを自覚して歌詞を書いたわけではないですけど、わたしの気持ちが滲んでる歌になっていますね。

――それこそ、みんなで集まったときに確かめ合えるものがある曲ですよね。年末のイベントで初披露したわけですけど、お客さんのリアクションはどう感じましたか?

東山:皆さんの盛り上がりがすごすぎて、髪がなびくかと思いました(笑)。風圧を感じましたね。「みんな、めっちゃ高まってくれてる!」って感じられたのは嬉しかったです。♪ウォーウォーウォーウォー、っていう部分は、ツアーのときにみんなで盛り上がるために入れているパートで、これをみんなで歌うためにツアーをする、と言っても過言ではないくらいです。わたしは合唱部だったので、「みんなで歌う喜び」をすごく感じるんです。

――そして、もうひとつのリード曲“はじまりの空”は、気持ちに浸透してくるような名曲ですね。

東山:ほんとですか! ありがとうございます。“Rainbow”を作っているときにフレーズはポロポロ出てきていて、「これはアンサーソングにできるかも」と思って溜めておいたんですけど、結果めちゃめちゃ難産な曲になりました。だから「いい曲ですね」と言っていただけて、心底ホッとしています。 “Rainbow”に、《「明けない夜だって 止まない雨もないよ」って/そんな風にはとても思えなかったの》というくだりがあって、一方で、それでも前に進んでいこうとする《やっと気づいたんだ このいのちは/ほかでもない私を選んだの》という歌詞もあって。「葛藤や苦しみを抱えたままでも人は前に進んでいけるんだ」っていう歌だったので、“はじまりの空”で「わたしはもうすっかり元気! ルンルン」みたいな曲を書いてしまうと、“Rainbow”のときの気持ちを否定しちゃうような気がしたので、より優しく、“Rainbow”の精神性をポジティブに受け取っていただけるような曲にしよう、と思いました。歌詞の中で言っていることは実は大きくは変わっていないですけど、「優しくて包み込まれる感じ」をテーマに作りました。

――ある程度の答えは見えていて、振り返りながら言葉を紡いでいるイメージがありますね。

東山:まさしくそうだと思います。追憶していく歌、というか。“Rainbow”は、霧が立ち込めた森の中をずっと歩いていて、最後は雨上がりの空でちょっと開けたところに出てきた、みたいなイメージがあったんですけど、“はじまりの空”はスタートから明け始めていて、最後は青空が底抜けにきれいな丘に辿り着いている、みたいなイメージです。“Rainbow”は、わたしにとっては武道館のライブで歌うための曲で、「葛藤もしたけど、武道館で歌う頃には自分の悩みや挫折も全部消化して、晴れやかな気持ちで歌えていたらいいな」という願いを込めていました。それを経て、皆さんからたくさんの笑顔や勇気をいただいて。今のわたしは、“はじまりの空”の歌詞にある《ここにいるから おもっているから/そばにいるから ねえ、笑って》という気持ちを、皆さんからもらったと思っているんです。そして、「わたしも同じように思ってるよ」っていうことをコミュニケーションする歌詞にしたくて。そう、だからラスサビのコーラスは絶対重ねたかったんです! 皆さんとコミュニケーションをするための歌なので。

 それと、個人的に「きれいにまとまったなあ」と思ったのが、ラスサビ前の《見つめて 聞いて 感じて 重ねて 泣いて 笑って/日々を君と生きていたいよ》っていう歌詞で、ここは何回読んでも、何回歌っても、ちょっと泣けてきちゃいます。見て聞いて感じて、その上で重ねて、泣いて、笑って――この伝えたい気持ち、わかっていただけますか!?(笑)。

――もう少しだけ言葉にしてくれると、伝わりやすいかも(笑)。

東山:そうですね(笑)。声優業にしても歌手業にしても、皆さんとわたしのことを伝えようとしている歌詞だなあ、と思います。「何がわたしたちをつないでくれているのか」って考えたら、きっとこういうことなんだなって。

――素晴らしい。では、最後に。2017年2月の1stシングルのリリースから音楽活動を2年間続けてきて、今は心の底から「音楽をやってきてよかったな」って思うことはできていますか。

東山:思います! 今はもう、即答できます。1年目の頃はまだ不安だったし、「自分は必要とされてるのだろうか」「音楽にすごく詳しいわけでもないのに、好きなだけで始めちゃってよかったのかな」みたいな思いもありました。だけど今は、受け取ってくださる方が確かにいてくださる喜びだったり、「実は自分には表現したいことがこんなにあったんだ!」みたいな発見があるので、音楽活動をしてきてよかったなって、今は即答できます。

前回特集はこちら>東山奈央 Rainbowの先に見えたもの

取材・文=清水大輔