『最高の生き方』ムーギー・キム対談【第1回 中野信子】 日本人は高収入より「人の役に立つ」ほうが幸せ――最新の脳科学に学ぶ幸福のヒント

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2019/4/5

 2019年3月末に新著『「あれ、私なんのために働いてるんだっけ?」 と思ったら読む 最高の生き方』を上梓した、ムーギー・キム氏。本書の中では、いわゆるエリート職に就きながらも働きがいや生きがいについて悩むビジネスパーソンの悩みに応えるべく、霊長類学・宗教学・哲学・心理学・脳科学の第一人者とともに、「価値を実感する生き方」を多元的に論じている。自らも多様なグローバル企業で活躍し、国際的ベストセラーとなった『最強の働き方』『一流の育て方』の著者としても知られるムーギー氏が、3部作完結編『最高の生き方』の真髄を本連載でお届けする。第1回は本書の第3章に登場する脳科学者・中野信子氏に、承認欲求を満たすことを人生の目的にしてしまう現代人の行動原理を、脳科学の観点からうかがった。

欧米人と日本人の「幸福感」の違い

ムーギー・キム氏(以下、ムーギー) 今の世界で幸福に生きる方法を考えるには、最先端の脳科学で解明された人間の性質を知ることがとても重要だと思っています。そこでまず中野さんにお聞きしたいのですが、人が幸せを感じるとき、脳内ではどんなことが起きているのでしょうか?

中野信子氏(以下、中野) 幸せの定義にもよりますので、幸福のパターン別の分析になりますが、まず欧米人の幸福感と日本人の幸福感はかなり異なります。欧米型は、自分のアチーブメント(達成)に対して脳内でドーパミンが放出されて幸福感を得る傾向が強いんですね。自分がどのくらい稼いだとか、どのくらい成功したかで満足感を得るドーパミン型です。これに対し日本人は、人に必要とされているときにオキントシンやセロトニンといった物質が放出して幸せを感じる傾向が強いことが、心理学者の指摘でわかっています。

ムーギー 日本人は、いわゆる承認欲求を求めていると。

中野 そうですね。欧米人が幸福感を得る社会的成功や高い収入に対し、日本人はそんなに幸福を感じない、むしろ不安感が高まるという傾向があります。そんな日本人が多幸感を得られるのは、好きな人と一緒にいたり、仲間と協力して何かを成し遂げたりして、オキシトシンなどが出たときなのです。

ムーギー 心の平安を感じて出るのがセロトニン。大切な人や仲間への親密な愛情を感じることで出るのがオキントシン。日本人の幸福感の源は、なんとなく仏教とも関係していそうです。

中野 そうですね。ただ、日本人は欧米人に比べてセロトニン分泌量が少ないので、諦観や不安感が強い傾向もあります。たとえば、おみくじで大吉を引いてしまうと、「こんなところで運を使ってしまった、次に悪いことが起きるに違いない」と思ってしまう。いい状態は長くは続かない、という考え方なのです。それだけに、心の平安を感じられる時が貴重なのかもしれません。

ムーギー 興味深い話です。盛者必衰というわけですか。日本人の脳は、どんな理由があってそういう風に発達してきているのでしょう。

中野 日本人がそうなったのは、災害が多いからだろうと私はみています。世界のマグニチュード6以上の地震の5分の1は日本で起きていますから。台風や水害も多く、しっかり準備しておかないと死んでしまうので、不安感が強くなったのでしょう。

自己中が嫌われるわけ

ムーギー 日本は農業定住して集団生活を長く続けてきたので、いざというとき、人と協力できる協調性もなければ生き残れなかったのかもしれませんね。

中野 稲作地域はより集団的になり、麦作地域はより個人主義になる傾向が強い、というミシガン大学の研究もあります。

ムーギー 国が違えば、集団と個人どちらの幸福を重んじるかも違ってくる。面白いですね。

中野 私がオキントシンに興味を持ったのも、そもそも人間は集団としての行動と個人としての行動に違いがあり、環境にとても大きな影響を受ける点が気になったからです。自分で意思決定しているようでも、実は属している組織にひどく引っ張られていたり、何かと「○×人」として行動してしまったりする。要するに、同調圧力によって、集団の意思決定は個人の意思とかけ離れたものになりやすいんですね。

 その判定基準として大きな軸になるのは、正義の感覚です。何が正しくて何が正しくないかを決めるとき、“集団のために何かをするのが正しい”と思ってしまう。反対に、“自分のためだけにエゴイスティックに何かをすることは悪”と思ってしまう。そんな不思議な性質を人間は持っているのです。

 そのように、善悪は度外視して集団の秩序を守ったり、集団の利益になることを追求する行動に、オキントシンが大きく関係していることがわかっています。