『最高の生き方』ムーギー・キム対談【第1回 中野信子】 日本人は高収入より「人の役に立つ」ほうが幸せ――最新の脳科学に学ぶ幸福のヒント

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更新日:2019/4/8

SNSで人を叩くのは「承認欲求ジャンキー」

ムーギー 中野さんの本にも書いてあったように、そもそも考えるという行為は大量のエネルギーを要するので、多くの人は“偏見や思い込み、レッテル”を通じて思考停止していながら、“自分で考えて決断を下した”という錯覚を得るということですね。誰かに決めてもらったことをそのまま鵜呑みにして従うことを、驚くほど好むのが人間だと。

中野 人間は人から承認してもらうことで大量のドーパミンが放出され、それはセックス時に出るドーパミンよりも強力です。これを“承認欲求ジャンキー”と私は呼んでいます。この“承認欲求”を効率的に実現する方法が、“集団の秩序を乱すと思われる人”を匿名で叩いて、それを多くの人に賛同してもらうことなのです。ですから人は、常に誰か叩ける対象を探しているとも言えます。

ムーギー 著名人が何か事件を起こすたびに、インターネットのSNSなどの投稿で叩く人も多いですからね。社会集団の掟に反する者に制裁を加えることで快楽を得る人たちによる“炎上祭り”は後を絶ちません。

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 ところで話は変わりますが、脳内物質は年齢によって変化するのでしょうか?

中野 加齢に応じて減少していきます。私自身も、35歳ぐらいのときに変化を感じまして、ドーパミンが出にくくなったと思いました。20代は前頭葉が発達している段階なのでブレーキが効きにくい状態なのですが、最近は、30代歳が成長のピークではないかと言われてきています。その年齢になると、自制心や理性や自分を振り返る力が身につくと考えられています。ただ、ドーパミンはもっと早くから減少するので、20歳を100とすると、10年ごとに10ぐらい減るイメージですね。

ムーギー 確かに。世の中で一番ドーパミンが大量放出していて、テンション高く大騒ぎしているのは女子高生というイメージがあります(笑)。

美しいものを見るとドーパミンが出る

中野 私自身を振り返ってみると、若い頃はスリリングなことや新しいことに挑戦するのが好きでしたが、だんだんそういう気持ちがなくなってきました。無駄な喧嘩もしないようになりましたね(笑)。安定して穏やかに過ごすことをすごく大切にするようになったのは、もちろん、結婚したことが大きかったと思いますけど。落ち着いた日々の中で、夫にギターを弾いてもらったりしているので。

ムーギー ドーパミンより、オキントシンやセロトニンが多く出ているんですね。最後に、中野さんは今後の研究で、何を解き明かして引退したいとお考えでしょうか?

中野 美しさの認知ですね。脳の中では、“正しい”と判断するところと、“美しい”と判断するところが、ほとんど同じなのです。誤解を恐れずに言うと、美人が言っていることは本当だと思いやすいんですね。実際に、選挙でも容姿が良い候補者のほうが得票率が高く、美と正が混線している例はたくさんあります。

ムーギー 論理で訴えても行動を変えない人が、美的感覚を刺激されることで変わるケースもあるのでしょうか。

中野 たとえば、北朝鮮の美女応援団は非常に効果的です。共産主義の指導者は、人間の性質をよく理解して、非常に効率的に使っているので驚きますね。そのように、美しさという正義に勝るものを、もっと戦略的に活用できるのではないか?という仮説を立てて、来年4月から東京芸大の博士課程で研究することにしました。人が美しいと感じているときにはドーパミンが出ていて、神経科学の研究でその他の領域がどう反応しているのかわかってきているので。

ムーギー 人の美意識を刺激するアートも、なくても生きていけるものなのに、それでも多くの人が美術館に行きますからね。美に価値を見出すのは、それこそ土偶や陶磁器、絵画に音楽と、世界中で見られる人類の普遍的欲求です。人間は、“生存には必要のない欲求”も強く持ち合わせている。本当に奥が深いですね。

(構成・樺山美夏)