『最高の生き方』ムーギー・キム対談【第2回 山極壽一】ゴリラに学ぶ幸福論――力を誇示せず、触れ合いを重んじる

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更新日:2019/4/8

ゴリラの社会に不倫や浮気がない理由

ムーギー つまり、不倫とか浮気で大騒ぎにならないと。

山極 人間が不倫や浮気で大騒ぎするのは、いろんな人がみんなで一緒に生きている社会だからです。だから、不倫や浮気が起きるチャンスがある。でもゴリラは、1つの家族がまとまって暮らしていて、他の家族と交わりません。それでもメスが他のオスのところへ行ったら、二度と戻ってこない。移籍したことになるんですよ。仮にあなたの奥さんが、他の男のところへ行ったとしよう。その後、帰ってくるから浮気になるわけで、そのままずっと向こうに行ったら、単に捨てられただけということになるでしょう(笑)。

ムーギー その後、男が追えば大騒ぎになるけれど、オスゴリラは去るもの追わずだから「いってらっしゃい」と。

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山極 そう。だからオス同士がケンカになることもあまりない。でも人間は、過密社会を生きているから浮気相手に会っちゃう。だからトラブルが起きる。

ムーギー オスゴリラが、メスの集団を奪い合うことはあるのでしょうか?

山極 それは難しくて、いくらオス同士が争って一方が勝ったとしても、メスがついてこなければ話にならないから。ただ、他の群れと遭遇して、メスがどっちに行くか迷っているときは、オス同士戦わざるを得ない。相手のメスがくるメリットもあるけれど、自分のメスを失う危険もあるのでね。

ムーギー メスゴリラはフリーラブで移動は自由であると。

山極 ただ、メスは子どもが3、4歳になるまで、お乳をあげている間は移動しません。それが終わると子離れして、他のオスのもとへ行くときは子どもを置いていく。だから、その後子どもを育てるのはオスの役目なの。

ムーギー なんだか女性に優しい社会ですね。“一生夫に尽くす”という人間の価値観は単なる思い込みかもしれない。

山極 だけどオランウータン、チンパンジー、ゴリラの中で、オスが子育てするイクメンはゴリラだけ。ニホンザルのオスは子育てしません。複数のオスと複数のメスが一緒にいる共同体では、オスは子どもを育てない。なぜかわかりますか?

ムーギー オスが子育てしている間に、メスが他のオスと楽しんでしまうから?

山極 そう。乱交です。チンパンジーのメスは発情すると、お尻がパンパンに腫れてピンク色になるから、オスがバーッと群がって次々に交尾するのです。

ムーギー そうなると、メスが生んだ子どもはどのオスの子どもかわかりませんね。

山極 そう。ゴリラは1頭のオスに複数のメスがいる家族で、子どもは全部そのオスの子どもだから、育てようという気になる。これはすごいことですよ。霊長類の社会では、子殺しというのがあって、自分の子どもじゃない赤ちゃんをオスが殺して、その母親に自分の子を生ませようとすることがありますからね。

人間たちの「愛」には無理がある!?

ムーギー 人間の男も、付き合っている女性の連れ子を殺す事件がありますけれども、あれも本質的な本能なのでしょうか。

山極 逆です。人間は普通、自分の子どもじゃないからといって殺さないでしょう。むしろ、他人の子どもでも一生懸命育てることができる。それは人間の社会が、自分の家族と、複数の家族が集まってつくる共同体の、二重構造になっているからです。その“共同保育園”という社会に生きる人間は、他人の子どもでも可愛いと思う本能を身につけたわけです。だから、自分では何もできない人間の赤ちゃんは、いろんな人に可愛がってもらうためにたくさん泣いて自己主張するのです。生まれたときから泣いて存在をアピールするのは人間の赤ちゃんだけです。

ムーギー つまり、人間は個人で子育てするようにできていないから、集団で育てなければいけない、と。

山極 そもそも人間は、一夫一妻でペアを組むようにはできていないのですよ。霊長類の中で夫婦ペアを組んで生きているのは、オスとメスの体格が変わらないテナガザルなどの種類です。人間のようにオスのほうが大きい種は、一夫多妻か多夫多妻で、多夫多妻は乱交なのです。

ムーギー ということは、世の大半の男性が思っている“自分はなぜ多くの女性を求めてしまうのか?”という疑問は、恥ずべき欲望ではなく本能なのですね。ではなぜ人間は、一夫一妻制になったのでしょうか。

山極 赤の他人が共同体をつくって共存するなかで、乱交状態になっちゃマズいわけだよね。だから、性行為の対象者を巡って争わないようにするために、一夫一妻制をとるようになったのだと僕は思っている。

ムーギー そうすると、人間の男女が“永遠の愛”を誓ったりしているのは、本能に反しているのかもしれませんね。

山極 “愛”というのが、そもそもオカシイ。子孫を残す目的以外に、お金や時間や労力を費やして“愛し合う”って何ですか? セックスしただけで特別な関係になった気になっているのは、動物からするとバカなことにしか見えないですよ。

ムーギー セックスは人間にとって、生殖の手段よりもコミュニケーションの手段としての割合が大きくなっていると、先生はおっしゃっていますね。

山極 そう。しかし逆に、セックスで特別な関係ができるような社会をつくったと考えれば、いいことだと言えるでしょう。