『最高の生き方』ムーギー・キム対談【第2回 山極壽一】ゴリラに学ぶ幸福論――力を誇示せず、触れ合いを重んじる

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更新日:2019/4/8

身体のつながりを断ってはいけない

ムーギー 人間のコミュニケーションというのは、本来、五感を使ってやるものだということも、ご著書に書いてありました。

山極 親子でも、夫婦でも、身体のつながりは五感で保たなければいけないと思います。長く同居していれば、お互いの匂いも癖も性格もわかるけれども、離れているとそれがわからなくなるから。

ムーギー 確かに。でも今のインターネット社会は、五感を使わないコミュニケーションが多い。

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山極 ゴリラは、ずっと家族と一緒にいます。食べる時も寝るときも一緒で、いったん群れを離れたら戻ってこない。彼らは身体のつながりだけで集団を保っているんですね。人間も本来はそうだったけど、離れても戻ってくるようになった。それは、言語などの身体のつながり以外のコミュニケーションを覚えたからです。

 だけどやっぱり、本当の信頼関係を保つためには、身体のつながりを断ってはいけない。その役割を果たしているのが家です。家は、住んでいる人の匂いや癖を感じ合って、身体のつながりを保ってくれる装置だから、同じ家に住むのはとても大事なのです。

ムーギー 私はシンガポールと日本を行き来しているのですけど、単身赴任は、本質的な生き方に反しているわけですね。

山極 長期間、別居をしていても、戻ってきた時は一緒に食事をするとか一緒に寝るとか、そういうことが必要なのです。一緒に寝ている間は、安心を預けている時間で、お互い信頼し合っている結果につながるからね。

便利な社会は幸福を削ぐ?

ムーギー 人間は、食物を使って人間関係を操作してきたということもおっしゃっていますね。

山極 ゴリラやチンパンジーも食物を分配することはあるけれど、食物がある場所でしか分配しません。でも人間は、食物を持って行って、ケンカしていた奴らを仲直りさせたり、自分に引きつけて言うことを聞かせたり、コミュニケーションの道具にしたんです。

 だから食事の席では、ゆっくり時間を掛けてその効果を確かめる必要がある。食事は平和の約束で、同じ食事の席につくことは、私たちは闘いませんということを意味しているから。

ムーギー そのようにして他者と深くつながることが、人間らしい幸福にはとても重要なのですね。

山極 人間の祖先はやっぱり猿で、視覚優位の世界に生きているんですよ。目で見たことが真実で、その次が聴覚。聴覚、視覚は他者と簡単に共有ができる。でも五感の残りの3つ、触覚、味覚、嗅覚は近くにいないと分かち合えない。感触や美味しさや匂いは、相手の領域まで踏み込んで想像しなくちゃいけない。

 ところが人間社会は、視覚と聴覚の優位性を科学技術によって伸ばしたために、触覚、味覚、嗅覚が失われ始めているんですよ。

ムーギー インターネットの時代になってから、視覚と聴覚になっちゃってますからね。先生がおっしゃる身体性というのは、残り3つの感覚なのですね。

山極 そう。その3つを利用した身体のつながりを保っていかないと、人間はどんどん信頼関係を失っていく。そういうことだと思います。

ムーギー 人間は、他者の行動を見ているとき、その人間と同じ脳の部分が活性化するミラーニューロンが、他の類人猿より強力に働くと言われています。それだけ共感力が高いから、認知能力も高まって、自分が属しているコミュニティに対する帰属意識も高まった。そういう意味でも、五感を通じて家族や共同体と深くつながることは、人間の幸福には不可欠なのですね。

(構成・樺山美夏)

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