『最高の生き方』ムーギー・キム対談【第3回 島薗進】 宗教は人を幸せにするか――人類の叡智のストックに学び、選択せよ

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公開日:2019/4/9

「何が何でも従え」という宗教には眉唾を

ムーギー ひとつ思ったのですが、宗教は第一義的には救済のためにあるので、多くの宗教が世界の終末論を唱えて危機感をあおっているところもありますよね。そうしないと宗教の必要性を感じにくいので。

島薗 キリスト教で言うと人類の終末ですが、個人も死という終末に向かっていますからね。誰でも危機に向きあいながら、集団の危機にも関わっているケースが多い。ユダヤ教はむしろそっちが最初だったと言えるかもしれません。

ムーギー 民族が終わってしまう、と。

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島薗 その場合、団結させる力が非常に強くなるんですね。キリスト教もイスラム教もそうです。しかし、仏教はそれほど終末論を重視しないんですね。違いは何かというと、ユダヤ系の宗教は、時間が直線的なんですよ。神様がつくった人類は終末に向かっている過程にある、という考え方です。一方、インド系の仏教は時間観念が円形で、永遠に終わることなく世界は循環して続いていく、という考え方です。

ムーギー その違いで言うと、終末論を重視するユダヤ系宗教は団結力が強いので、為政者が臣民をコントロールするために利用してきた面もありますよね。

島薗 そういう側面もあります。けれども救済宗教は政治権力から自立して、時には抵抗したり批判することもある。場合によっては、宗教団体が体制をひっくり返すこともあるんですね。それだけ宗教というのは、人をまとめる力を持っているので、すごく政治的な面があるのです。

ムーギー なるほど。そういうことも含めて、ビジネスパーソンが宗教とうまく付き合うにはどうしたらいいのでしょうか。

島薗 指導者の教えが絶対であるとか、何が何でも従え、という宗教からは距離を置いたほうがいいですね。

ムーギー 騙されないように、やみくもに盲信しないことですね。それよりは、先ほどの話にもあったように、この宗教のこの教義を取り入れようと、自分流にカスタマイズしたほうがいい。

島薗 興味を持った宗教があるなら、歴史のなかでその教えの何が今も通用しているのか、経典の原本にあたって確かめてみることも必要です。たとえば聖書を読むとか。

個の時代に、社会や人類の幸福について考える

ムーギー そうですね。最後に、宗教は必要ないという人もいると多いと思うのですが、現代における宗教の必要性は何だと思われますか?

島薗 人類は文明の発達によって、みんなそれぞれ勝手なことを考える社会になっています。そのように共同の価値判断ができない社会は、全体主義に陥る危険性がある。作家のジョージ・オーウェルが小説『1984』で描いた、世界が3つの超大国に分割統治される話もそうです。現実にはナチスやスターリンの時代がそうで、独裁者が全体を操るようになるわけですね。

 今の時代だったら、市場経済とか科学技術とかAIとか、自動的に決められるものに全部任せてしまう傾向が強まっている。それは非常に危ない状況です。人間が人間性を失っていきますから。そのことに対する反動が、イスラムの発展に現われているような気がしてならない。その流れに歯止めをかけられるのはやはり宗教しかないのではないか、と私は思っています。

ムーギー なるほど。

島薗 個人化が進みながらも、共通の良きもの、良き社会、良き人類の幸福のための判断ができるシステムは何なのか考えたとき、宗教の役割はすごく大きいんじゃないかということですね。

(構成・樺山美夏)

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