「育児や家事に勤しむ主婦も、働くおっぱい」/AV女優・紗倉まなインタビュー

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公開日:2019/4/29

 現役のAV女優として第一線で活躍しながらも、小説家としての顔も持つ紗倉まなさん。2016年に発表した処女作『最低。』(KADOKAWA)は実写映画化もされ、話題を集めた。続く『凹凸』(KADOKAWA)では文学的な人称にまつわる企みに挑戦。2018年には老齢の男性を主人公にした『春、死なん』を「群像」に寄稿し、文芸誌デビューも果たしたばかり。

 そんな紗倉さんの待望の新作となるのが、このたび発売された『働くおっぱい』(KADOKAWA)だ。本作はダ・ヴィンチニュース上で2018年7月より連載されていたエッセイを一冊にまとめたもの。小説家としての存在感を増す紗倉さんが、一体どんなエッセイを書いたのか。そして、そこにこめた想いとは――。

■“働くおっぱい”というパワーワードに導かれた

 紗倉さんの持ち味といえば、その美しい文体にある。たとえば、『最低。』ではセックスの描写を次のように紡いでいる。

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“じんと、かまれた箇所が熱くなる。熟した果実が腐っていくように、じゅくじゅくと身体が男の毒でむしばまれていくような気がした。”

 端的に言って、実に詩的な文章だ。身体感覚を巧みな比喩で表現し、読者を一気に作品世界へと引きずり込んでしまう。その文才は、作家・ブロガーとして活躍するはあちゅうさんをもってして「打ちのめされた」と言わしめるほどだ。

 ところが、『働くおっぱい』を開いてみると、これまで紡いできた文体とのギャップに驚かされる。

“「恵方巻が大量に廃棄される」という切ないネットニュースが流れてきて、えっ、しかも10億円分の恵方巻とな!?っておったまげー。”

 軽妙かつ、ユーモアを忘れない。まるで紗倉さんが目の前でフランクに喋っているかのようだ。このコミカルな文体はどのようして生み出されたのだろうか。

「タイトルにもなっている『働くおっぱい』というパワーワードと、イラストを担当してくださったスケラッコさんの作風が頭のなかに貼り付いていて、その色調に導かれるように書いていったらこの文体が生まれたんです。小説だとどうしても背伸びをしてしまう部分があって、それって、『少しでもキレイに整えなければいけない』『書いたものをよく思ってもらいたい』っていう気持ちの表れでもあって。でも、このエッセイでは、ありのままの自分でいこうという感覚を持つことができたので、書いていても非常に楽でした。あらためて、“おっぱい”って偉大な存在なんだなって(笑)」(紗倉さん、以下同)

 本作の軸となるのは、“働くおっぱい=働く女性”だ。紗倉さんは、本業となるAV業界での出来事やAV女優として直面する日々の物事をつぶさに見つめ、丁寧に綴っている。

「日常のなかで感じた疑問や興味を抱いたもの、周囲の人たちとの議題、職業病だと感じたことなど、毎回、いろんなことをテーマにしました。だけど、どれも普遍的なもので、働く女性に限らず、男性にだって言えることを書いたつもりです。そもそも、男性にだっておっぱいはありますしね。それに専業主婦として家事や育児に勤しむ人たちも、働くおっぱいです」

 登場するエピソードは実にさまざま。AV女優という「肩書」の持つ良くも悪くもある影響力について思考してみたり、自身の地声の低さをフックに「ウケる喘ぎ声」について考察してみたり、はたまた、AV女優の恋愛事情から「人に好かれる必要のある仕事」とは何かと考えを巡らせたり……。そこで舌を巻くのは、周囲の人物のみならず自身をも見つめる「観察眼」の鋭さだ。

「ありがたいことに出演した番組で意見を求められる機会が少しずつ増えてきたのですが、すぐに言葉がでて来ない時も多くて、もしかしたら自分は意見があるようでないのかな、と感じていて。それって、つまりは人や物事に対する興味が薄いということでもあるので、そこがひそかなコンプレックスなんです。それは昔から。だからこそ、人をひたすら観察しているんです。でも、話すのは得意じゃないから、あくまでもそっと見ているだけ。電柱の陰に隠れてジーッと見ているみたいに、ずっと様子を窺っているんです。変なヤツなんです(笑)」

■“これまで言えなかったこと”を書ききった一冊

 本人曰く、「あくまでも本業はえろ屋なんです」。しかし、ここ数年は執筆業、とりわけ「小説」の勢いが凄まじい。その流れでエッセイを書き上げたことで、何か発見はあったのだろうか。

「エッセイは“私”という主語を使って書くものなので、とても責任感の求められる作品だと思いました。自分のことだから良いようにも悪しざまにも書けるんですけど、やはりあまりにも尖ったことは書きづらい。その点、小説には物語という免罪符があるので、作中で人が殺されたりドラッグを使用するシーンがあったりしても、著者が咎められることはないですよね。ただ、小説は読者が想像をしながら楽しむものなので、説明過多になってしまってはいけない。その分、エッセイでは説明が多くなってしまっても責められない気がしていて。エッセイと小説には違いがあって、だからこそ面白いんだなと感じました」

 責任の重さを感じる反面、エッセイを通して「自分を知ってもらうこと」の楽しさにも気付いたという。

「8年間えろ屋をやってきて、これまで言えなかったことを吐き出すことができたと感じています。もちろん、『働くおっぱい』は暴露本ではないです。ただ、8年間も応援してくださっている皆様は、現実の私もある程度受け入れてくれるというか、今はファンタジーもそこまで抱かれていないのかな、と。だからこそ『実はこう思っていたんだよ』ってことがたくさん書けました。だから、これまで私のことを応援してくれていた方々にとっても、新しい私を発見できる一冊になっているんじゃないかな、と」

 ただし、「肩の力を抜いて読んでもらいたい」と紗倉さんは笑う。

「最近、頭を使って読む本があふれていると思うんです。本屋さんに行っても、自分を変えるための方法が書かれた本なんかがたくさん並んでいて。そんななかで、『働くおっぱい』はカテゴライズするのがとても難しい本だとも思うんですけど、仕事に関することだけではなく、恋愛や性、生き方などさまざまなことをちりばめたつもりなので、まずは気楽に目次を開いてみてもらいたいです。そこに興味あるテーマがひとつでもあれば嬉しい。それと、スケラッコさんにご協力いただいた、“珍おっぱい図鑑”も見どころです。私のやりたかったことが詰め込まれている一冊なので、頭が疲れた方に読んでもらえると最高ですね」

 最後に、少し気が早いが、次回作について聞いてみると、なんと「小説を執筆中」とのこと。しかも、そこにも本作で得た“経験値”が活きているそうだ。

「『働くおっぱい』を書いたことで、背伸びをしないことの良さに気付けたんです。『小説を書くぞ』と意気込んでしまうと、どうしても切り替えスイッチが入ってしまうんですけど、もっと楽に捉えて、文体も展開も雰囲気も自分に合った作風で書いていけばいいんだなって。なので、次の小説には『働くおっぱい』で学んだことを存分に活かしていこうと思います」

取材・文=五十嵐 大
写真=山口宏之

【著者プロフィール】
さくら・まな●1993年3月23日、千葉県生まれ。工業高等専門学校在学中の2012年にSODクリエイトの専属女優としてAVデビュー。15年にはスカパー!アダルト放送大賞で史上初の三冠を達成。著書に『最低。』、『凹凸』、エッセイ集『高専生だった私が出会った世界でたった一つの天職』、スタイルブック『MANA』などがある。