すべてを諦めた青年=ヨナは、何に衝き動かされガンダムを駆るのか――榎木淳弥インタビュー

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更新日:2019/4/28

『機動戦士ガンダムNT(ナラティブ)』 (C)創通・サンライズ

 昨年12月に公開された映画『機動戦士ガンダムNT』の主人公で、地球連邦宇宙軍のパイロットであるヨナ・バシュタは、「すべてを諦めてしまった青年」だ。幼馴染みのミシェル、リタとともに「奇跡の子ども」と呼ばれ、過酷な実験を繰り返す軍の施設に入れられた過去を持つ彼は、劇中では他者にほぼ心を開かない人物として描かれており、表現するのが非常に難しいキャラクターである。世界に期待せず、「なるようにしかならない」と口にするヨナの心情を、声優・榎木淳弥はどのように想像し、形にしていったのか。『NT』のBlu-ray発売を機に、ヨナと向き合った経験について話を聞いた。

基本は、「リタにもう一度会いたい」。ヨナにとっては、他のことは正直どうでもいい

――少し振り返りになりますが、ガンダムシリーズの劇場版作品で主人公役をやることが決まったとき、どんなことを感じましたか。

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榎木:オーディションを受けたとき、自分の中ではいい感じにできたとは思っていたんですけど、まさか自分がガンダムの主人公をやる日が来るとは思っていなかったので、連絡をいただいたときは、ちょっと信じられないような気持ちがまず最初にありました。喜びが大きいんですけど、少し現実味がないというか、不思議な感覚でしたね。

――ガンダムは40周年を迎えたシリーズですけれども、榎木さん自身、受け手としてガンダムからどういうものを受け取っていたんでしょう。

榎木:僕が最初にリアルタイムで観たガンダムが『機動戦士ガンダムSEED』なのですが、まず「ガンダム」は戦争が根底のテーマとしてあり、ニュータイプのことや戦争の悲しみを描いている作品、という印象があって――各シリーズで絵柄やデザインが大きく変わったり、『機動武闘伝Gガンダム』にいたっては格闘技がモチーフになっていたりもしてて。時代にあわせていろいろな表現がされていて、お客さんのニーズにも応えている作品だと思います。

――視聴者として純粋に楽しんでいた作品と、それに惹かれた理由って何でしたか?

榎木:僕には兄がいて、リアルタイムではなかったですけど、『(機動新世紀)ガンダムX』をレンタルビデオ店で借りてきて、一緒に観ていましたね。ただ、単にヒロインのティファがかわいなあ、と思って(笑)。

――(笑)話に出た『X』や『Gガンダム』は、いわゆるファーストガンダムの流れというより――。

榎木:はい、宇宙世紀じゃない、ということですね。

――そうですね。一方、榎木さんが出演した『NT』は宇宙世紀の物語で、特に『UC(ユニコーン)』は『NT』と地続きになっているわけですけど、『UC』はどう観ていたんですか。

榎木:『NT』を収録する前に『UC』を全話観たのですが、もうすべてのクオリティが高くて、めちゃくちゃ面白かったです。画がものすごくきれいで、皆さんの芝居も胸にくるものがありましたし、澤野(弘之)さんの音楽が「ここぞ」というところでガンガンかかってきて、それがシーンを盛り上げてくれて。「この作品の続編は、なかなかハードルが高いぞ」と思いました。

――今おっしゃったように、『UC』に続く作品ということで、越えるべきハードルとしては非常に高いものがあったんじゃないかと思うんですけれども、そこで自身がなすべきことは何だと思いましたか。

榎木:自分にとっては、やっぱり芝居をすることが仕事なので、『NT』のテーマ、何が伝えたいのかを、芝居で伝えていくことが大事だな、と。「ヨナが何を求めているのか」を明確に理解して、やっていきたいと思っていましたね。

――ヨナという人物は、ある種解釈が難しい感じがします。まず彼は、笑わない。劇中で何かに心を開く瞬間も、ほぼ描かれていないですよね。

榎木:ないですね。途中でニュータイプとして覚醒するというか、暴走してミシェルの思いとかが自分の中に流れ込んできて、ミシェルが何を考えて行動したのかを途中で察するんですけど。「あのとき、こういう気持ちだったんだ」みたいな。そのときにふっと、まあひとつ壁のようなものはあるんでしょうけど、ヨナという人間が前に出てきた感じはしました。

――逆に、そこに至るまでの構築、造形が大事になりますよね。物語の終盤に至るまで、つらいことばっかりの生き方をしてきたのがヨナという人でもあると思うんですけど、常に葛藤している彼を表現するために重視していたこととは?

榎木:行動の原因が、基本的に「リタにもう一度会いたい」というところで、ヨナにとっては他のことは正直どうでもいいんです。ミシェルのことや、敵を倒すことも、別にどうでもよくて。ただリタに再び会って一言言いたい、昔のことを謝りたいし、自分の気持ちを言いたいっていうところだったので、基本は「どうやったらリタに近づけるんだろう」というところしか考えてなかったです。「そのためにはなんだって利用する」みたいな気持ちがまず1本根底にあれば大丈夫なのかなと。

――すべての言葉がリタへの気持ちから発されていれば、何も矛盾しない、というか。

榎木:矛盾しないですね。イアゴ隊長に問い詰められても全然はぐらかしてるし、関係ない人には何も言わないし、ミシェルは利用できそうだから利用しよう、みたいな。ヨナ自身も、自分が利用されてることはわかってるのかもしれないですけど、目的がはっきりしていますから。

――一方で、彼はものすごく強い人間、というわけでもなくて。基本思想は一貫している中で、ちょっとした揺らぎが見えたりもしますよね。

榎木:そうですね。もともと強い人間ではないので、イアゴとかにちょっと強く言われたら「うっ」ってなってしまったりする弱い面というか、人間らしい部分が出たりもするので、そういうところがまた大事だと思いました。

――ヨナは設定上25歳ですけど、ある意味25歳にしてはマインドが幼い感じもありますね。

榎木:幼いですね。昔から大人に略奪されてきて、まともな生活を送ってこられなかったので、これはもう仕方がないところで。ある意味、戦争の被害者なんですね。なので、かなりかわいそうな状況を経験しながら来てしまったわけですけど、大人になれずに、どこか傷ついたまま生きてきたので、幼い部分が残るのもある意味仕方ないのかなって感じます。

――ヨナは何かを与えられることがなく、奪われ続けながら生きてきたわけですけど、そういう境遇にいる人を想像するために、どんなアプローチをしたんですか。

榎木:なんでしょう、現代でもそういう状況は国によってはあると思うし、紛争地域のニュースを目にすることもあって、それを観たときに感じた気持ちとか、自分がもしそういう状況に置かれたときに――たとえばもっと身近なことに置き換えて、「もし学校で孤立したら」みたいな状況を想像して、その孤立感から膨らませていったりはします。

――ヨナは比較的端的な言葉しか言わない人ですけど、今の話とあわせると、榎木さんが経験したこと、見聞きしたことがヨナという人物に投影されている部分もある、とも言えますか?

榎木:そうですね。僕は基本的に自分で考えているので、「自分がヨナとして生きてきたら」っていう前提があって。ヨナだけじゃないんですよね、自分の価値観がまず入り込んでいる。そこに、自分がやる意味があるのかなって思います。

『機動戦士ガンダムNT(ナラティブ)』 (C)創通・サンライズ

「ガンダムの主人公を張った人」として、その名に恥じないように頑張っていきたい

――ヨナを演じていて、「こういうことなんだ」としっくりきたセリフ、シーンについて教えてください。

榎木:子ども時代と大人時代で、ちょっと違うんですよ。子どものときにキーポイントになるのは「なるようにしかならない」っていうセリフで、「もう世界を諦めちゃってるんだ」っていうところをベースに子ども時代を作っていきました。大人のほうは、リタを追い求める気持ちだけを核にしていこう、と僕は思っていて。大人時代のフックは、最初にフェネクスと会ったときに「リタ」って呼びかける一連のシーンで、強い気持ちを持っているところを表しているというか、これがすべてなんだろうなあって思いました。

――お話を聞いていて、ヨナと向き合うときの道筋がかなり明確な印象がありますけど、逆に「これはどういうことなんだろうか?」と思ったポイントはありましたか。

榎木:「嘘つき」っていうセリフがあるんですけど、ここはヨナがどこまでミシェルがしたことを理解して憎んでいるのか、というのが難しいところで。その状況は完全にミシェルに謀られたんだって気づくところにつながるポイントがけっこう難しかったので、収録のときにミシェル役の村中(知)さんとも「どこまでヨナは何が起こったかを理解してるんだろうね」って話をしていて、そこは一番考えました。

――劇場版とBlu-ray、改めて映像で観させてもらって、『NT』は結果的にすごく新しいガンダムになってるなあ、という感じがしたんですけど、榎木さんはどう感じてますか。

榎木:(脚本の)福井晴敏さんは「デートムービー」とおっしゃっていて、「ニュータイプを語り直す」というテーマはありますけど、その他の部分ではリタとミシェルとヨナ、3人の気持ち――恋愛とはちょっと違うかもしれないですけど、彼らが想い合う姿が物語の主軸だったので、「デートムービーだな、確かに」って思いました(笑)。

――(笑)3人の人間模様の話でいうと、「いいことが何もなかったじゃないか」とか「なるようにしかならない」って言ってたヨナはすべてを諦めていて、それこそ世界に絶望していたけれども、ミシェルとリタのふたりにすごく想われてた人なんだってわかるところが、ひとつポイントかなって思います。

榎木:そこはやっぱりすごく胸にくる部分ですし、最後にひとつ希望が見えて、ヨナが前を向いて進んでいくところにもメッセージがあるのかなあ、と思っていて。希望を持って前に進んでいこうよ、みたいな。最終的には、未来を見て進んでいく前向きな作品だと思いますし、いつかまた出会えるっていうことを伝えたい物語なんじゃないかなあ、と思います。

――『NT』のラストでヨナ自身の物語はいったん終わるわけですけど。榎木さんはその後彼がどういう道を歩んでいくと想像してますか?

榎木:リタの存在はまだどこかにはいるはずですけど、ヨナの中ではひとつ区切りがついて、もしかしたらこれ以上軍でやれることはないような気もします。でも、イアゴ隊長とか部隊の仲間たちが最後に迎えに来てくれて、そこでちょっと明るい顔になっていたので、新しい仲間たちができて何か変わっていくのかな、とも思いました。新しいつながりができて、前を向いて生きていくんじゃないかなって、僕は想像しています。

――『NT』は榎木さんにとっても大きな位置を占める作品になったんじゃないかと思うんですけど、この作品に参加したことでご自身にもたらされた影響って何だと思いますか。

榎木:『ガンダム』を観て、興味を持って、一緒に仕事をしたいと思っていただける機会が増えましたし、アニメ業界をはじめ、みなさんに自分を知ってもらう作品になりました。とはいえ、「ガンダムに出たから俺はすごい」というわけでは全然ないので、そこにはあまりしがみつかずに、「ガンダムの主人公を張った人」として、その名に恥じないように頑張っていきたいです。アプリゲームの『スーパーロボット大戦X-Ω』にも参戦させてもらってるんですけど、ヨナが今後も長く付き合っていく役になっていってくれたら嬉しいですね。役者をやっていても、何年も何十年もひとつの役を演じられる機会はなかなかないと思うので、ぜひヨナがそういう存在になってほしいな、と思っています。

取材・文=清水大輔