s-ken、いとうせいこうプロデュース「東京ニューソース」開催間近! 第1回は「ポエトリージャム」【s-ken×町田康対談】

エンタメ

2019/5/31

 80年代の伝説のクラブイベント「東京ソイソース」が本年3月16日、「TOKYO SOY SOURCE 2019」として華々しく渋谷クアトロで復活した。

 s-ken&ホット・ボンボンズ、じゃがたら、ミュートビート、トマトスという、強固な“東京ダウンビート”を構築した4バンドを中心に、幕間転換時に、黎明期のターンテーブル・パフォーマーが繋ぐという、現在のライブパーティーのパイオニア的イベントであり、会場に詰めかけた若者たちから後に名をなす多くのクリエーターを輩出した正にエポックメーキングな音の実験場だった。

 伝説復活を切っ掛けに、首謀者s-kenと、彼に、「『東京ソイソース』でフックアップされた」と明言するいとうせいこうがプロデューサーとして強力タッグを組み、そのゲノムを21世紀に繋ぐ「東京ニューソース」を早々に立ち上げることになった。

 第1回は「ポエトリージャム」と銘打ち、東京ソイソース同様、新たな才能をフックアップするために、詩人、ラッパー、更にDJのニューカマーを多数ブッキング。そして、ヘッドライナーとして音楽と文学のマージナルを自在に行き来するレジェンド3人が顔を揃えることになった。その3人とは、s-ken、いとうせいこう、そして町田康

 イベント開催が間近に迫るこの時期、当日のモチベーションを高めるためにs-kenと町田康の対談形式のミーティングの場がここに設けられた。

 79年のトーキング・ヘッズとの競演を含む、バンドs-kenでの関西ツアーでタイバンとして顔を合わせて以来意外にも膝を突き合わせて話したことがないという2人。まずは「東京ニューソース」のベースとなったあの伝説の回想からレアなトーキングジャムのイントロがつま弾かれる。

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町田:s-kenさんやじゃがたらの(江戸)アケミたちが東京ソイソースをやっていた頃、ぼくはなかばミュージシャンを引退していた時だった。なので、……、傍観していました。テレビ??……

s-ken:テレビでの放映はなかったはずですが。

町田:そうですか、なにか、……、VTRかな? トマトスを見た記憶があるんです。じゃがたらのOTOとも仲がよかったんで折に触れて情報は入ってきました。70年代にs-kenさんが立ち上げた東京ロッカーズと、「フェーズが変わったな」と思いました。初期のやみくもな熱気というか。

s-ken:ジャムというパンク・バンドがスタイル・カウンシルになったり、セックス・ピストルズがPIL(パブリック・イメージ・リミテッド)っちゃった感じ(笑)

町田:ええ(笑)ある種、衝動を表現に昇華したような。じゃがたらだったら、初期、アケミが流血パフォーマンスをしていたのがメンバー全員が揃いのコスチュームを着たり。サウンドもOTOを中心にがんばって凄く洗練されてきて、普通に市場で流通するレベルの音楽になったという印象を持ちました。

s-ken:(遠藤)ミチロウなんかはそのままの姿勢を貫いていたね。

町田:そう、ミチロウはそのままだったけど、東京ソイソースの人たちは、ワールドミュージックをキーワードに、「ちょっと違う段階に行っているな」と端から見て思ってました。

s-ken:なるほど。東京ソイソースの前に、ぼくが音楽的にどういうところにきていたかと言うと、“エキゾチックサウンドをファンキーにやる”という、昔から温めていたアイディアにやっと着手出来るって段階でした。段々それを押し進めていくとリズムの追求というか、じゃがたらもそうですけどアフロビートにまでいき着いた。それと同時に、パンク、ニューウェーブの後にヒップホップがくるんですね。ヒップホップの特徴であるコード進行に左右されない自由度は衝撃でした。ただ、ヒップホップの様式をそのままやろうとは思わなかったけどね。

 ぼくにとってのヒップホップへのアンサーソングは、「よろめきながら地下鉄へ」(1987年リリース)という曲なんですけど、通常のヒップホップマナーとは違って、アフロパンクとも形容できる曲になっています。

町田:ぼくは、ある時期からまったく海外の音楽シーンを追ってないので最新のヒップホップシーンに関して無知なんですけど、s-kenさんの自伝(『S-KEN回想録 都市から都市、そしてまたアクロバット: 1971-1991』河出書房新社)を読んで、「ぼくの認識は正しかったんだな」と思った部分がヒップホップの出自についてなんです。それ、誰も言わないから、「ぼくが間違えているのかな?」なんて思っていた。それというのは、レゲエの初期のDJスタイルがヒップホップの最初だとぼくは認識していたんです。

s-ken:そうですよ。あと、アメリカのアーティストだと全然前にトーキングのスタイルでやっていたラスト・ポエッツとかギル・スコット・ヘロンとかいますよ。ヒップホップってサウスブロンクスのストリートのDJパーティーからきてるでしょ。ですから、レコードを2枚繋ぎしたカラオケに、呼び込みとか曲が始まる前の前口上が乗り段々ラップになっていったって流れ。ジャマイカの影響が強いんです。元祖と見なされているクール・ハークというDJもジャマイカ移民ですしね。

“アメリカ人が作った”というより、クール・ハークやグランドマスター・フラッシュなど“カリビアンが作った”という方がしっくりくる。初期のヒップホップは混沌としていて非常に面白いです。

町田:なにごとも様式化される前は面白いですよね。

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 対談早々にこのジャムを貫く主要メロディーたるタームがs-kenから放たれる。それは、伝統芸能のタームにも聞こえる“名調子”。

 キーワードが一旦定まると2人の思考は無限に広がりだす。

 原始、近代、現代という広大なタイムテーブルを行き来しながら奏でる丁々発止なジャム。ミックス文化から派生する、ポップス、ロックの成り立ちの真説にしばし耳を傾けてみよう。

s-ken:話をぼくに戻させて頂くと、30年前にヒップホップを含む表現へ到達したんですけど、一昨年、久々のソロアルバム(『Tequila the Ripper』)を制作する過程で、またにょきにょきとその時の感覚が出てきたんです。そんな状況の中、町田さんと再会して、町田さんのバンドを見て、詩の朗読も詩集も見て、ぼくは、“名調子”って感じたんだけど、言葉のリズムの捉え方が実に面白いんです。ちょっと話が飛んでしまうかもしれませんが、ボブ・マーリーの言う“バック・トゥ・ルーツ”を東京出身のぼくは江戸回帰と捉えたんだけど、町田さんの作品に漂う古典文学的なものにも同じものを感じる。

町田:ええ。

s-ken:ここまでは日本的ルーツの話なんだけど、日本をはなれて、もっと飛躍して人間としてホモサピエンスとして遡っていくと、ぼくらの先祖はアフリカに住んでいたと。その中からアフリカを脱出した人数は300人くらいだと言われているけど、よく言う、「黒人の真似は出来ない」というのは間違いで、「おれら全員、もともとは黒人だった」ともいえる。狩猟採集民としてのリズム感を誰もが体の奥底にもっているはず。

町田:はい。

s-ken:そういう観点からのリズム感を蘇らせ、「あの町田康独自の表現をミックスしたらどうなるんだろう?」という直感がぼくにあって、電話して今回東京ニューソースへの出演をお願いした訳です。

町田:ありがとうございます。s-kenさんの自伝を読んで思ったのは、今、ぼくに対しておっしゃったことが、実はs-kenさんそのものの要素としてある。でも、アフリカまでいくか!?(笑)

s-ken:ハハハハ(爆笑)

町田:300人までいくか!? ハハハハハ(笑) まあ、その辺は別の話として、ミックスする文化、混ぜちゃう文化。例えばニューヨークに行こうとどこへ行こうと、ラテン的な音楽、アフリカ的な音楽と、白人的な音楽が混じったものに興味を感じますよね。この本で書かれた70年代終わりから80年代始まりのロックでいうと、パンク、ニューウェーブ的なものに触発されて創作を始めたにもかかわらず、世界観としてどうしても子供の時に見た市川右太衛門とか(笑) そういうものを混ぜたくなってくる。

s-ken:そうです。

町田:ぼくが考えていた江戸文化って割と純粋性を追求するもので、混ぜちゃうのが上方の文化という考え方をしてたんですけど、s-kenさんの自伝を読むことによってそれがくつがえされました。

「異質なものをミックスしたい」という性向、人間としての方向性がs-kenさんの中にあって、一つの文脈の中で考えられる日本語の展開の仕方以外の、もうちょっと広がりのある言葉の展開を求める気持ちがあるんじゃないかなと思いました。

s-ken:なるほど。名調子というのを英語で言うと、「グッド・グルーブ」とか、「スイングしてる」なんてことになるのかもしれないけど、江戸の文学で庶民的なものとして、例えば狂歌、「世の中は色と酒とが敵なり どふぞ敵にめぐりあいたい」。川柳にしても、「あなをかし 隣の蔵が燃えている」とかね。これもまた名調子。ぼくの場合でも、ニューオリンズ・ファンクのビートに乗っているのは都々逸なまりだったりする(笑)

町田:ハハハハハ(笑)

s-ken:そう考えると、「サム・クックだって訛ってるじゃねぇ~か」と(笑)

町田:そうですよ。

s-ken:ローリンズ・ストーンズだってマディ・ウォーターズみたいにやりたかったけど、訛って出来なかった。

町田:ぼくに言わせればあれはド演歌です。

s-ken:ハハハハ(爆笑) 居直ったところが面白いんだろうね。ぼくもようやくその境地に到達したのかな?(笑) 到達っていうのは凄いという意味ではなくて、あくまでも自分自身が気持ちいいという意味でね。

町田:名調子、都々逸、非常に興味深い話が出ましたけど、例えば浄瑠璃でも、そういうものを読んでいくと、やっぱりリズムなんです。小説的なものではなく音楽的な部分が非常に多くあって、例えば、どこかからどこかへ旅をするシーンでは土地土地の名物、風景、地名を折り込んでリズムだけでもっていく。これはある種、ヒップホップ的ともいえます。まず、器があってそこに言葉をあてはめていくと。これは勿論、日本の短詩形ですよね。短歌、和歌。で、俳句というとまたちょっと意味が違ってくる。

s-ken:うん、そうだね。より文学的な。

町田:あとは宗教性というか、存在そのもの、哲学的なものになっていくんですが、もうちょっと浮ついたものというか、調子のいいもの。庶民が聞いて心がうきうきするもの。そういう意味での言葉とリズムの関係というものは日本語の中に実はもの凄く沢山あるんだけど、近代化して西洋音楽を導入した時に、割とその辺りはスポイルされてしまったんです。アフリカっぽいリズムを一生懸命練習し習得したとしても、絶対出来ない部分は当然あって、逆になにも知らなくても出来る部分もあります。だからどうしろではなく、それはぼくたちにとって新鮮な驚きであって、ましてや日本語というものはなんやかんや言っても自分が一番分かる言葉。ですから、s-kenさんが日本語を使って思いついたことは割と簡単なことですが、そこに到達する人があまりいないんです。

s-ken:さっき、アフリカって出たでしょ。アフリカならアフリカを一生懸命真似することが重要だと思うんです。真似してその通りにならないことが。

町田:そうですね。

s-ken:一生懸命にマディ・ウォーターズになろうとしてなれなかったストーンズがやり続けた音楽を皆がロックと呼んだということですね。ああいう、8ビート性はマディ・ウォーターズは持っていないですから。8ビートというのはUKの白人の若者が作ったリズムですよ。でも、あれはあれでぼくらには衝撃だった。

町田:そうですね。

s-ken:やはり、なにかに夢中になるということが重要だと思いますね。夢中になって出来なくてもいいんじゃないかと。自分の中のDNAのアフリカ性が変形して出てくる感じかな。だから阿呆陀羅経だってある意味凄いんですよ。

町田:まったく同じ意見です。

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 今回の「東京ニューソース」の重要なタスクとしてひとつとして新たな才能のフックアップという大仕事がある。さて、これに関しレジェンド2人はどう遂行するのだろうか?

 この後、この国の現在のヒットチューンの解析が進むにつれ、イベント当日の二人が彼らニューカマーに示すステージでのアティチュードがにわかに見えてくる。

s-ken:今のJ−POPが抱える閉塞性は、ラブソングか、「人生がんばって生きよう!」って世界観しか見当たらないことが原因だと思うんです。そこから逸脱したものは放送局が自主規制するでしょ。ボブ・ディランが「Like a Rolling Stone」を歌って1位(キャッシュボックス)になった。それで、「ラブソングを歌わなくてもいいんだ」となった。決して2拍4拍を強調した音楽性だけがロックという訳ではなく、あの精神性がロックなんじゃないでしょうか。ルー・リードは自分の周りにいたジャンキーたちのことを赤裸々に詩に盛り込んだ。だから新しかったんです。今のJ−POPのメインストリームにそういうものがまったく見当たらない。その現状を少し変えるだけでも実験と呼べると思うんです。

町田:おっしゃる通り。でも、平成生まれのナイーブな若者たちに、「ルー・リードになれ!」、「ボブ・ディランになれ!」って言ってもそれは無理(笑)

s-ken:ハハハハ(爆笑)それはそうだ(笑)あくまでもテーマね。ラブソングと「人生がんばれぇ~!」だけじゃないという。

町田:彼らが自主規制している訳ではなく、本当は沢山の物語を心に抱えているのに、いざ語ろうすると萎縮して、そのテーマしか出せないリミッターがかかってしまうのではないでしょうか。だから、年寄りの役割は、自らがリミッターを振り切ったことをやって、「そんなのいらないんだよ」って教えてあげることじゃないですかね。

s-ken:正にそれは、最近のぼくのメディアでの通り名“パンク老人”そのままだ(笑)

町田:実はリミッターは簡単に外れるんだけど、テーマがなかなかね、……、「わたしは傷ついている」、「わたしは救われるべきだ」、このふたつしかないんですよ。

s-ken:そうか……。

町田:このふたつが根幹にあって、それ以外のものは売れないから歌わない。ぼくらはいまさら売れなくてもいいじゃないですか。あっ、s-kenさんはそんなことないか。

s-ken:ハハハハ(爆笑) 売れることに対し否定的ではないですよ。

町田:うん、勿論。ただ、今は以前のようなヒット曲は生まれないですね。

s-ken:売れる売れないというのはあくまでも結果なんですよ。

町田:そうですね。

s-ken:さっきの話も、「ルー・リードになりなさい」、「ボブ・ディランになりなさい」じゃなくて、「人生がんばろう」、「アイ・ラブ・ユー」以外でも、「借金返せない……」などいろんなことが。日常見渡すだけでもいっぱいころがってるよね。

町田:生きていたらいろいろあります。

s-ken:それをなぜ歌わないのかと。「プロテストソングだけがロックじゃない」というのと同様、人生にはいろんな表情がある。それなのにラジオからは町田さんがおっしゃる2つしか聴こえてこない。

町田:需要がないんです。

s-ken:需要がない?……、ハハハハ(爆笑)

町田:誰も、「聴きたい」と思ってない。じゃあ、「80年代にそれが出来ていたか?」と言えばそんなに出来てなかったと思う。それを取り込む言葉を発するには思想とか哲学が必要となってくる。

s-ken:うん。

町田:哲学なんて言うと少し大袈裟に聞こえるかもしれないけど、やはり物語がないとそういう言葉は出てこない。「金がない」とか「仕事がない」とか、「女にもてたい」とか、まあ、それはあるかもしれないけど(笑)

 それを人間は言いたいんだけど、なにか共通の物語がないと言えない。昭和三十年代四十年代の歌謡曲にはそれがあったし持っていた。けれどもいまはいろんな理由で個人と世界が直結してるから、それがない。そんな状況で、一昨年出たs-kenさんのアルバムを聴いて非常に感心したんですけど、歌詞に登場する人物かどうかは分からないのですが、全曲の背景にその人間のストーリーが感じられるんです。「このアプローチをやっている人は今いないな」と思った。で、「そうか!」と。80年代初頭にs-kenさんのアルバム『魔都』を聴いて曲も覚えたけど、「ああ、こういうことがこの人はやりたかったのか」ってことが分かったんです。

s-ken:ハハハハハ(笑)

町田:で、「そうか」と納得したんですけど、「流石のs-kenさんもこの感じは35歳では出来なかったんだな」とも思いました。

s-ken:フフフフフ(含み笑)

町田:要するに60歳の男が聴いて、「これが人生だ」と思って涙する歌は35歳では書けないですね。それなりにその人が生きてきたものがないとやはり出てこない。勿論、天才はいます。それこそ、ボブ・ディラン、ルー・リードなどは例外、でも、普通の人も、“歌う気持ち”というものはある。では、“物語を紡ぐためにはなにが必要か?”といったら、日本語とリズムの新しい関わり方。いとうせいこうさんやs-kenさん、出来るかどうか分からないけどぼくも少しでもやることで新しい世代の人たちへのなんらかの切っ掛けになればいいなと思います。

「わたしは傷ついている」、「わたしは救われるべき」、以外のリミッターが外れた言葉が、勿論、ヒップホップでもいいしフリースタイルでもいいし、旧来の音楽でもいいんだけど、物語としてバックボーンを持った言葉が巷に出てくれば、……、……、でも、それでどうなるんですかね?……、ぼくは世の中がよくなればいいなんてまったく思ってないし。

s-ken:ハハハハハ(笑)

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 言葉とリズムの新たな関わりを軸としたこのトーキングジャムも一番の聴きどころであるそれぞれのアドリブソロ(独白)が終わり、締めとなる主メロに帰着する最終パートをむかえた。

 2人が語れば語る程楽しみが増す東京ニューソース。少し気が早いが、最後に、言葉をより自由に扱うために新ユニットまで立ち上げてのぞむ当日のパフォーマンスの中身を可能な限り2人に明かしてもらいこの頁を締めよう。

町田:今回はリーディングジャムと銘打ってますけど、いわゆるメロディーの付いた歌は反則になるんですか?

s-ken:その辺りは自由ですよ。ぼくの曲は、今回のテーマ通りの言葉の表現であってもサビがあったりしますし。

町田:どうしようかなぁ~、1曲くらい歌おうかな?

 一昨日、前橋で、「萩原朔太郎忌」というイベントがあって朗読劇をやったんです。内容はというと書き下ろした台本を役者さんが演じ、ぼくは朔太郎役で彼の詩の一部を抜粋したところを朗読しました。そんなものも含め朗読というものはいろいろやっているんです。ですから、ぼくはそれに関しては結構自信がある。なにも持たずに一人で行ってマイクの前にただ立って声だけで勝負する自信はある。

 でも、今回の東京ニューソースは、「音楽の要素も入れろ」ということなんで、よりリズムに絡んでやってみようかと思っています。リズムに絡むというのは、細かい大きいというノリやグルーブのことではなく、“日本語がどういうリズムを持っているのか?”というのをやる方も聴く方も感じながら一つの音としてその場に立ち、表していくという意味です。

s-ken:表現を強制するつもりはまったくなく、先日の電話は大枠の話をしたつもりです。ぼくでいえば基本歌しか出来ないから、歌なんだけどリーディングやスポークンワードに近いイメージ。だから、一から今回のテーマに添った楽曲を作るだけじゃなくて、過去の楽曲の中でそういう気分を持っているものを出していこうかと思っています。

町田:ぼくも曲の方はもう2曲程あるんですが、それに詩を書き下ろすか、あるいは既に発表した詩を読むか、または詩じゃなくてサウンドとして詠むか。あるいは誰か他の人の詩を読むか。あるいはその全てをやるかになると思うのですが。

 持ち時間は30分くらいということなので、書き下ろしを10分、かつて書いたものを10分、そして他の人の詩を10分って構成にしようかなと思っているんですけど。

 今のs-kenさんのお話で、「歌もいいかな?」とは思いましたけど、まったく繋がりのない歌をただ歌ってもしょうがないですからね。

……、あっ、そうだ! s-kenさんの歌を歌おうかな。

s-ken:ハハハハ(爆笑) 当日の楽しみがまた増えましたね!(笑)

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 町田康の詩世界同様、笑いも含んだ“青天の霹靂”的アイディアで最後のキメドラムもビシッと決まり長尺のトーキングジャムは終演をむかえた。

 それにしても、イベント当日の音の鳴りを繰り返しシミュレーションし、まったくおさまらないこの身体に残る余韻は一体なんなのだろうか?

 原初アフリカに始まり、平安から江戸。移民や奴隷のミックス文化、その果てに生まれた訛り同様定型にはまらないズレを要因とした大衆音楽の誕生。2人が今日奏でた遥かなる対話のタイムラインこそ日本語とリズムの実質の根幹なのではないか?

 その答えを得るために6月22日、青山CAYでの東京ニューソースを体感しよう。

 器ではなく、有機的殻としてのサウンドからこぼれ落ちる珠玉の言葉を両手一杯すくい取りに行こう。そしてまた伝説が始まる。

取材・文=エンドウソウメイ 撮影=上出優之利

【イベント情報】
TokyoNewSource vol.1 ~Poetry Jam~
2019.6.22(sat)@Restaurant Bar CAY

【住所】〒107-0062 東京都港区南青山5-6-23
【時間】OPEN 17:00 / START 18:00
【料金】前売4000yen / 当日4500yen
(入場時1D 600円別・要1オーダー/ローソンチケットのみ整理番号付、他先着整列順)
※ローソンチケットから優先入場
【席種】着席または立見(ご来場順 or 整理番号順の入場)or オールスタンディング
【チケット発売日】発売中!
【チケット取扱】ローソンチケット (Lコード:72537)

CAY電話予約 03-3498-7840(平日12:00~20:00)
CAYメール予約 cayyoyaku@spiral.co.jp

イベントホームページ:https://tokyonewsource.localinfo.jp/

■LIVE
いとうせいこう is the poet
いとうせいこう(Words)、Watusi(Ba)、會田茂一(Gt)、龍山一平(Key)、コバヤシケン (Sax)、DUB MASTER X (PA)

●s-ken&prester john
s-ken(Words&Vo)、スティーヴ エトウ(Per)、角田隆太(Ba)、岡愛子(Gt)、矢代恒彦(Key)

町田康&3S
町田康(Words)、中村jizo敬治(Gt)、浅野雅暢(Sax)

 

●SECRET COLORS
(Guest Poets) ID、GOMESS、toto (SUIKA)、向坂くじら(Anti-Trench)
三善出(Vo,Gt)、小林洋(Ba)、1×2_6(Vo,Key,Sampler)、堀口隆司(Dr)

■DJ
NAZWA!(Watusi+Naz Chris) / young donuts / 7e(ナナエ)/ エンドウソウメイ

問い合わせ CAY : 03-3498-7840