「ニューヨークはあまりにニューヨークすぎる」――憧れの街での文芸イベントを終えて 西 加奈子 in ニューヨーク

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2019/6/2

トニ・モリソンに代表されるアメリカ文学が昔から好きで、ニューヨークから発信される音楽や映画のファンと公言する西加奈子さん。そんな西さんが、5月初めにニューヨークで行われたPEN AMERICA World Voices Festivalに登壇した。自分の作品がs世界で広く読まれることを切望している西さんだけに、海外の読者との交流はきっと感慨深かったにちがいない。イベント終了後に、今回の出演経緯や自著『ふくわらい』の英訳朗読の感想などを訊いた。

――イベント、お疲れ様でした。今の感想を聞かせてください。

西 日本でもそうですが、こちらのオーディエンスはものすごく熱心に聞いてくれますね。笑ったり、“おお”って声に出したりとか。客席の反応が大きかったので、すごく話しやすかったです。とても楽しめました。

――ステージではとても落ち着いていらしたように見えましたが、朗読はお好きですか?

西 いやー、人前で読むのは恥ずかしいです。今日のお客さんは日本語を母語としない方がほとんどだったので、その分、自由にできた気がします。

――全米ペン協会が主催するPEN AMERICA World Voices Festivalに、今回参加されたきっかけは?

西 招待されたわけではないんです。わたしがもともとこのフェスティバルのファンで、数年前、好きな作家のチママンダ・ンゴズィ・アディーチェが出演するレクチャーを見たくて、個人的にニューヨークまで飛んで来るくらい。その後は出産とかがあって、なかなかチャンスがなかったんですが、今回は子どもの世話をお願いできたこともあって、「一ファンとして行くよ」と(司会の)アリソンさんに伝えたら、彼女がこうした機会をセッティングしてくれたんです。自分の本がまだ一冊も英訳されていないのに、イベントに出演させていただけただけでも本当にラッキー、これもみんなアリソンさんのおかげです。このトランスレーション・スラム(Translation Slam =翻訳の朗読コンテスト)という企画も、すごく楽しいものでしたし。

――『ふくわらい』を題材に選んだのは、どなたですか?

西 アリソンさんです。『ふくわらい』にしたいけど、どう?って言われて、彼女に一任しました。最初の1ページがどんなふうだったのか、自分でもよく覚えていなくて。でもあえて、読まずに来ました。イベントの前まで、こんなドメスティックな話をどう翻訳するんだろうと思っていました。アリソンさんも、ここの翻訳は多分むずかしいから、おもしろい結果になると予想して選んでくれたんでしょう。ありがたいことです。

――アメリカでは、こうした文芸フェスが盛んです。実際にイベントに出演して、どんな印象を持たれましたか?

西 PEN AMERICA World Voices Festivalは、お祭りしようとしている感覚がいいなあと。文学って文字だし、わたしのような作家は、ひとりでその文字と向き合うめっちゃ地味な作業をしていて、書きあがったときに、うぉ〜って喜ぶくらいでしょう。でも、こんなふうにみんなで集まって、お祭りにできるのは素敵。わたしはミーハーな人間なので、文芸フェスでこの人知ってる、あの人知ってるって、ワクワクさせられるのも楽しいです。予算をしっかりとって、これだけの規模のものができるのは、すばらしいですよね。わたしのように本として英訳されていない作家であっても、こうしてたくさんの人が見に来てくださるのは、その文化が根づいているからなのかもと思いました。

――イベントの中で、「曖昧な日本語だからこそ、自分はこの言語で書いていきたい」とおっしゃっていましたね。

西 英語で書かれた文章を読む機会はあまりないんですが、常々思うのは、その行動を誰がしたのか、明確に記述する言語だなって。日本語の場合は、誰がしたのか、あえてわからないようにすることもある。それこそ極端なケースですが、主人公が男性か女性か、最後まではっきりさせずに書くこともできます。その反面、(自分のことを)「お母さんはね」や「先生はね」と言うだけで、その人がどういう立場なのかを伝えることもできる。英語の主語の“I”は素晴らしい言葉だけど、日本語になると、その言葉はひとつじゃない。日本語のそんなところもおもしろいなあと思います。

――自分の書いた小説が英訳されるのは、どんな気分なんでしょうか?

西 そういうスイッチの切り替えは楽しいですね。わたしの小説は、たぶん日本語ではべらべらべらって喋って、めっちゃウルさいほうだと思うんです。(英語に置き換えると)それでも曖昧だったんだと気づかされました。

――英語に訳されると、ご自身の文体も変わると思いますか?

西 私自身が日本語で書く分には、変わらないと思います。変えてしまうと翻訳ありきで書いていることになって、自分の作品に対して真摯ではなくなる。書くときは、ボイスというか、その物語が自分に求めているものに対峙する。それ自体はどんなことがあっても変わらないですね。

――西さんの作品の朗読に対する、ニューヨークの人の反応はどう感じられましたか?

西 ニューヨークという街はいろいろな人種の方々がいるから、多言語に対してのハードルが低く、わからなくても、それをシャットアウトしないように思います。今日、会場のお客さんからいくつか質問をいただきましたが、質問者以外の方でも、その話を興味深く聞いてくださるのがわかります。

――ニューヨークにはよく来られるのですね。小説『舞台』はまさしく舞台がニューヨークですが、西さんにとって、ニューヨークはどんな場所なんですか?

西 いつも1週間くらいの短い滞在なんです。ニューヨークに来たのは、今回で、5~6回目くらい。もともと、ア・トライブ・コールド・クエスやJAY―Zなど、ニューヨークのヒップホップが好きでそこからカルチャーにはまっていったという感じです。ポール・オースターの小説やウディ・アレンの映画の舞台になったところなど、素敵な場所がたくさんあって、わたしにとって、ここはキラキラとした、憧れの街なんです。ミーハーなので、ブルックリンへ行ってブラウン・ストーンの家を見て、「あ、これがスパイク・リーの映画に出ていたところだ」とか言ったり。来るといつもそうなんですが、この街が思い描いていたニューヨーク過ぎて、嬉しいのと恥ずかしいので笑ってしまうんです。

――ありがとうございました。

 

西 加奈子
にし・かなこ●作家。1977年、イランのテヘラン生まれ、エジプトのカイロ、大阪育ち。2004年に『あおい』でデビュー。2007年『通天閣』で織田作之助賞、13年『ふくわらい』で河合隼雄物語賞、15年に『サラバ!』で直木賞を受賞。16年に、GRANTA Best of Young Japanese Novelistsに選ばれた。近著に『おまじない』。

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取材・文・写真=新元良一