これまでの10年、これからの10年。未来を示すベストアルバムが教えてくれたこと――中島 愛インタビュー

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2019/6/5

 2019年6月5日。自身の30歳の誕生日にリリースされる中島 愛『30 pieces of love』は、2009年1月からの活動の中で発表してきた珠玉のポップソングが詰め込まれた、聴き応え十分の2枚組ベストアルバムだ。中島 愛の音楽に触れると、「こんなにチャレンジングな音楽は他になかなないのではないか」といつも思う。幾度も優れたミュージシャンやコンポーザーとタッグを組んできた中島 愛だが、それは偶然の出会いがもたらしたものではなく、彼女が音楽への深い愛情を持ち続け、シンガーとして真摯に、アグレッシブにトライを重ねてきたからこそ。『30 pieces of love』は、音楽を愛し、クリエイターに愛されてきたシンガー・中島 愛の歩みを伝えてくれる。そして大事なのは、『30 pieces of love』は単に10年を総括する作品ではなく、この先も表現者として歩んでいく中島 愛の未来を示している、ということだ。今回は、ベストアルバムの背景と10年間の軌跡をお伝えするべく、2本のロング・インタビューを敢行。前編では、10年の活動を経てベストアルバムにたどり着くまでの道のりを振り返ってもらった。

曲を聴き直して、そのときそのときのベストは尽くしていたんだなっていう気づきを得られた

──ベストアルバムのリリース、おめでとうございます。珠玉のポップソング集が完成しましたね。

中島:ありがとうございます。そのまま書いてください(笑)。

──(笑)まずは、このベストアルバムについて今思うことを教えてもらえますか。

中島:やっぱり、ベストアルバムは歌手としてある程度の年数活動していないと、出す機会がそもそも訪れないと思うし、10年きっかり歌い続けてきたわけではないかもしれないですけど、なんとかここまで歌ってこられたんだな、という事実をCDとして残せたことが、すごくありがたいですね。

──まさに今話してくれた通りで、ベストアルバムってある程度の区切りまで活動してないとたどりつけないものですよね。なぜここまで来られたんだと思いますか。

中島:第一に、人とのご縁ですよね。自分を見出してくれたフライングドッグの佐々木(史朗)社長が、いろんなご縁が重なって、今は社長でありディレクターさんでもあったりして。自分自身が何かを持っていると思ったことはないんですけど、人とのご縁だけは自信があるので、それが一番だと思います。

──ベストを制作する上でのビジョンは、どういうものだったんですか?

中島:とりあえず、「シングルのA面は入れたいよね」ってパッと思いついて。両A面を含めて、タイトル曲になっているものを数えたら15曲だったので、もう片方のDISC-2は完全に自由なもの、博覧会にしようって思いました。声優が音楽をやるときの強みって、ジャンルレスなことが一番大きいと思うんです。ジャンルにかかわらず、受け取ってくれる人が多いという強みがあると思っていて。「こんなに多種多様な音楽性でやってることを一度わかってもらいたい」ということで、曲を選んでいこうと思いました。

──声優が音楽をやると、ジャンルレスになる。

中島:と、わたしは思う部分があるんです。アニメでデビューさせていただいたからそう感じるのかもしれないけど、昭和の頃の音楽から振り返ってみても、アニメーションに関わっている人の音楽は、もうひとつのジャンルみたいになってるところがあるな、と。なので、ジャンルを言葉にして説明しなくても受け取ってもらえるひとつのきっかけになる、すごくラッキーな場所にいると思っていて。それとわたしの場合、どちらかというと大人が好んで聴いてくれそうなサウンドを意識的にやらせてもらってた気がします。たまたま自分がAORやシティポップが好きで、個人的に触れてきた音楽ということもあって、品があって清潔な大人の音楽を、早くからやらせてもらっていて。その点では、今回のベストにもすごくフライングドッグらしい30曲が集まってると思います。

──曲を選ぶ過程で、当然自身の楽曲を聴き直す機会もあったと思うんですけど、「この曲、こんなにいい曲だったんだ!」っていう発見もあったりしましたか。

中島:そうですね。そもそも、わたしには歌い直したい曲がないんです。ただ諦めの境地に入ってるのかもしれないけど(笑)、過去にはもう戻れないし、やり直せないから。10代のときは10代のときで、粗削りだとしても自分が満足いくまでレコーディングさせてもらってたなって思います。その中で、“忘れないよ。”っていう曲はすっごく難しくて、思ったように歌えなかったんです。自分の歌唱に腑に落ちないところがあったんですけど、けっこう久しぶりにフルでしっかり聴き直してみて、わたしは自画自賛をしたくないし、しないタイプなんですけど、「めちゃめちゃいいニュアンスつけてるじゃん!」と思って(笑)、自分でちょっと感動してしまいました。「このニュアンス、今のわたしには出せないな」「当時の自分に負けた!」って思いました。当時はたぶん自信がなかったから、弱々しい感じで歌ってるんですよ。実は、その弱さがすごくいい作用をしてたんじゃないか、と思いました。

──なるほど。

中島:わたしは、自分の歌を聴いて、「感情の変化が出ないなあ」「歌に乗らないなあ」っていつも悩んでいるんですけど、それこそ“忘れないよ。”で悩んでたのも、たぶんそこだったんだと思います。でも、今回のマスタリングで、フルで改めて全曲を聴いたら、「ニュアンスついてるな、頑張ってるじゃん」って自分で思いました(笑)。

──(笑)自己認識と聴く側の認識がわりとかけ離れてる可能性がありますね。

中島:わたしは普段、心を乱されたくないほうなので、アップダウンを嫌う面が歌にすごく出ちゃってる自覚があって。あまり感情の解放ができていない、みたいな。でも、アップダウンはしていないとつまらない歌になっちゃうので、頭と感情の足並みが揃っていないというか、刺激を求める自分と安定を求める自分がいる感じがあって。だけど、今回曲を聴き直してみて、ちゃんとそのときそのときのベストは尽くしていたんだなっていう気づきを得られました。

みんなで楽しむとはどういうことなのかを教えてもらえた10年だった

──ベストアルバムに収録された30曲を聴いていて、「こんなにチャレンジングな音楽はなかなかないんじゃないか」と、改めて思ったんですけども。実際、「中島 愛の音楽ってこういう音楽だよ」って明確に規定できる言葉って、存在しない気がするんですよね。

中島:そう、ないんですよ。そこは困ってます(笑)。

──(笑)いや、困らなくていいんです。それこそが素晴らしいことなんです。

中島:いつも、「一言で」って聞かれたら困っちゃうなあ、と思ってるんですよね。

──それは聞けないですね。だって、わからないんだから。それこそが中島 愛の音楽の面白さであると思うし、改めて音楽的な冒険を繰り返してきた10年間が感じられる作品になってると思います。さらに言うなら、すごく野心がある音楽だと感じるんですよ。

中島:そうですね、留まるための音楽はないかもしれないです。もしかしたら、何十年後かには一言で言える音楽になってるかもしれないですけど、そうなれるまではビックリ箱であるべきだな、と思うんですよね。先輩たちを見ていて感じることでもあるんですけど、歌を仕事にして、歌を好きでい続けることは、非常に難しいことだと思うんです。本当に好きじゃなかったら、どこかでイヤになっちゃうときも来るかもしれない。だけど、ありがたいことに、自分自身を含めて、音楽を好きでい続けられている。好きでいられること自体が、ひとつの才能だと思うんですよね。飽きずに好きでいるために工夫を凝らしたいってなると、「じゃあビックリ箱じゃん?」みたいな。たとえうまくいかないことがあったとしても、全部わたし自身がやりたいって思ったことだから、今のところすべて納得ができていますし。

──今の話で思い浮かぶ楽曲として、たとえば“愛の重力”という曲があって。それこそ、攻めてる音楽活動の象徴だなあ、と思うんですけども。

中島:そう思っていただけたら本望です。そもそもは、西脇辰弥さんがずっとライブのバンマスをしてくださっていて、リハーサルの休憩中に西脇さんが曲名を言わずにピアノを弾き始めたことがあったんです。大体はAORの名曲とかを弾いていて、そこにバンドの誰かが「おっ、○○弾いてるねえ」って入っていって、急にセッションが始まったり、そういうことがよくあるリハーサルなんですけど、西脇さんが何かを弾いたときにジノ・ヴァネリの話をしたら、「愛ちゃん、ジノ・ヴァネリの話ができるの?」ってなって、そのまま「じゃあ、そういうテイストの曲やろうよ」って(笑)。そうやって盛り上がってるところをわたしがちょっと離れたところで全部聞いていたりして、それがレコーディング現場につながって、「愛ちゃんなら、ノリノリでこれをやってくれるだろう」って曲を差し出してくれて。今回のベストアルバムの中で、一番好きな曲を選ぶことはできないですけど、“愛の重力”は仕事を離れたところでの個人的な音楽の趣味にドンピシャなんですよ。そうやって、単純に「こういう音楽が好きだからやろうぜ」「楽しくない? これ」っていうところから生まれてくる曲はありますね。

──西脇さんをはじめ、いろんな作り手の力が結集しているベストアルバムですけど、ひとつひとつに作り手と歌い手のせめぎ合いのようなものを感じるんですよね。それも、曲が生まれていった背景を聞くとすごく腑に落ちる、というか。

中島:みんな、安パイに行ってくれないから(笑)。それはすごく嬉しいことなんですけど、「これ、できるよね」っていう前提でものすごく難しい曲が来るから、「えっ? 無理だよお!」みたいな。でもそれは、わたしのそれまでの曲や、声のレンジや表現を聴いて、「この人にならこういう曲を振ってもいいかな」って挑戦をしてくれている、ということなんですよね。それが嬉しいし、だからこっちも必死で食らいついて、ぶつけていって。すごく健全な戦いの歴史、みたいな感じはあります(笑)。

──(笑)本気でぶつかれる曲をたくさんもらってきた、ということでもありますよね。

中島:それは、ほんとにそう思いますね。

──だからこの10年の軌跡は、作り手に愛されてきた歴史でもあるのかな、と。ご自身としては、なんで作り手に愛されるんだと思いますか?

中島:真剣だから?(笑)。実際、皆さんは職人でもあるから、わたしのことが好きでも嫌いでも、素晴らしい曲は作ってくれると思うんですよ。ただ、すごく忙しい方に依頼したときに、100%受けてくれるわけではないですよね。当然、断られることもあるだろうし。だけど受けてくれたということは、ファーストインプレッションの時点で多少でもいいと思ってもらえてるのかな、と想像できるわけで、その「ちょっといいな」って思ってくれた気持ちに、わたしは全力で応えにいきたいといつも思ってます。作曲者や編曲者の方に、「またご一緒しましょう」「もっと書きたい曲があります」って言ってもらうことを、いつも目標にしていて。それしか考えていないから、結果いいと思ってもらえることもあるんじゃないかな、と思います。「次もスタジオで一緒に何かやりましょうよ」って言ってもらいたくて、たぶんその一心でやっているから、次もご一緒できたりするのかなあ、と思うんですけど。ゴマをするようなやり方がうまくないので、真面目に応えるしかできないんですよね。

──音楽的な冒険心が魅力であると同時に、どの曲もリスナーに届く熱量、情熱が感じられる歌になっていることが素敵だな、と改めて思って。いろんなご縁に支えられてきたけど、聴き手の存在なしにはこの曲たちは生まれえなかったんじゃないかなあ、と思うんですけども。

中島:自分もいちリスナーの側面があるのでいつも思うんですけど、選択肢はほぼ無限に近いじゃないですか。楽しいときも、落ち込んだときも、リスナーには何万曲でも選ぶ余地があって。何万人もの歌手がいて、その中でたった1曲だけだったとしても、中島 愛に共鳴してくれる人がいるのは、なんと恵まれた人生だろうって思います。でも……なんで聴いてくれるんだろう?(笑)。

──(笑)真面目に、本気で歌にぶつかってるからでしょう。そうやって生まれた歌を、優しく癒してくれる歌だと感じる人もいるし、ズドーンってくる歌だと感じる人もいる。個人的には穏やかな曲でもズドーンとくる、かなり稀有な歌を歌う人だなあ、と思いますけど。

中島:それは、歌っている本人が重いだけでは(笑)?

──(笑)それもまた、中島 愛の歌が持つ引力のひとつでしょうね。結局、全然平坦なんかではなくて、いろんなものが歌にガッツリ投影されている、という。

中島:音楽って、すごく広い意味で言うと、聴いただけでそのときに戻れるじゃないですか。音楽は、その人の人生の鏡みたいな存在になると思うんですよね。そういう瞬間に、自分の歌が立ち会えてると思うと──大事なのは数字だけじゃないんだけど、やっぱり数字でもあるんだなって思ったりします。具体的に何人の人が聴いてくれたんだなって実感したり、ライブでお客さんの顔を見ると、それをすごく感じますよね。家でひとりで歌って、何の発信もしないままだったら、絶対に実感できないことなので。ある意味で、「一歩を踏み出した過去の自分、グッジョブ!」って思うし、リスナーの方には「この重たいボールを受け取ってくれてありがとう!」って思います(笑)。

──(笑)重たいボール。そうですね、曲によってはほんとにビリビリくるから。

中島:「鉄球だよお!?」みたいな感じで、全速力で投げたものを、よろけずに「いい歌!」って受け止めてくれる人がいることだけで、もう感謝です。やっぱり、リスナーの人がいてこそ最後のピースが完成すると思うし、解釈してくれる人がいて音楽は初めて音楽になると思うので、本当に感謝してもしきれないですね。

──7月のライブは、今話してくれたような気持ちを伝える場だと思うんですけど、改めて言葉にしていただくとすると、ステージからどんなものを届けたいと考えていますか。

中島:ジシン。

──自信? 自身?

中島:自信、です。今でも自分に自信はないので、自信をつけるライブにしたいと思います。ベストアルバムを音源としてまとめることで、とりあえずは自分を客観視ができるようになって、「こういういいところがあるなあ」とか、「中島 愛、こういう感じの人なんだな」って、ある程度自分でもわかったんですけど、ステージに立つことがどういうことなのか、未だによくわかってないところがあって(笑)。曲は、いいわけですよ。ミュージシャンも、いい。でも、本人!

──ははは。

中島:さっきの“忘れないよ。”の話とつながるんですけど、「本人はどうなの?」っていう感覚から、あまり抜け出せていなくて。『Curiosity』(2018年2月リリースの4thアルバム)のツアーでは、『Curiosity』という柱に寄りかかりながら、ガシッとしがみついて立っていた感じがするんですけど、ベストアルバムは柱のようでいて柱ではなくて、今回はわたししか柱のないライブになるんですよね。ミュージシャンの方々と分け合いながら背負えるわけでもないし、裏で見守ってくれているスタッフと分け合えるわけでもないので、自分しかいない。前に、マネージャーさんが過去担当していた子たちに「ステージに出ていったらわたしたちは何もしてあげられないんだからね」って言ったっていう話を覚えてるんですけど、今さら「確かに!」と思って(笑)。

──(笑)。

中島:だからライブで何を見てほしいかというと、もちろん曲を聴きに来てほしい、というのは大前提ですけど、「中島 愛を見に来てもらう」っていう。もう、自信は永遠のテーマですからね。自分の歌を平坦だと思っていたのも、自信がないからで。曲にはすごく興味があるけど、自分自身に興味があるわけではないので、ずっと曲の表現者として黒子みたいな意識でいたんですよ。でも、「せっかくこの曲をもらったんだから、この曲の一番いいところを見せたい」じゃなくて、「わたしの一番いいところを見せる」ライブにしないといけなくて。ベストアルバムって、ある意味怖いな、と思うんです。ここで区切りになっちゃう可能性があるから。「ここまで観られたからいいか、今まで楽しかったな」みたいな。でもわたしが見せたいのは未来だし、それを見せられるかは中島 愛本人に懸かっている、ということですよね。

──楽しみです。では最後に、この10年間は、どんな10年間でしたか?

中島:えーっ? なんだろう……「楽しかった」しか出てこない(笑)。

──(笑)10年を振り返って真っ先に出るのが「楽しかった」。いいことじゃないですか。

中島:今、いろいろワードを探したんですけど、頭の中の中島 愛さんが、「楽しかったあ~」って言ってます(笑)。なので、楽しかったんだと思います。わたしはデビューするまで、あまり自分からいろんなものに会いに行こうとはしないほうで、そのわりには自ら事務所に応募したり、積極的な部分もあったんですけど、それもたぶん「なんとかして人と交わったり、世界と交わる扉を探そう」ともがきながら、オーディションを受けてたと思うんです。でもこの10年で、それが叶いましたね。いろんな人と会って、いろんな曲と出会って、ひとりじゃなくみんなで楽しむとはどういうことなのかを教えてもらえた10年でした。なので、結果「楽しかったあ」っていう感じです。たぶん、デビューしてなかったら、ひとりでそれを成し遂げるのは無理だったと思います。ただ音楽が好きなだけでも、アニメと出会ってなかったとしても、無理だったと思う。声優業も共同作業だし、全部ひっくるめて、世界と交われた感じがします。

──素晴らしいですね。世界と交われたことで、この30曲が生まれてきたわけだから。

中島:ありがとうございます。世界と交わったし、世界と交わり続けていたい。そういう意味では、この先同じ10年を過ごす目標が出てきますよね。10年後も「楽しかったあ」って言ってたいです。「20周年、40歳になってみてどうですか?」「うーん、いろいろあったけど、『楽しかったあ』しか言えません」って言えるのが、一番いいな、と思います。

取材・文=清水大輔 撮影=GENKI(IIZUMI OFFICE)
ヘアメイク=平松浩幸(マクスタア)