芸能界は“社会の縮図”。元アイドルのライター・大木亜希子さんの語るセカンドキャリア

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公開日:2019/6/19

 一昨年頃からか、女子グループアイドル界ではしきりに“卒業”や“解散”という言葉が目立つようになった。戦国時代といわれたのも今や昔。過渡期を経て、だんだんとグループアイドル出身者の“セカンドキャリア”にスポットが当てられる機会も増えつつある。

 そんな時流をつかみ刊行された書籍が、元アイドルのライター・インタビュアーである大木亜希子さんが綴った『アイドル、やめました。 AKB48のセカンドキャリア』(宝島社)だ。タイトルからも伝わるとおり、48系列グループ出身者のその後に迫った本書は発売3週間で重版が決まるほど話題となっている。みずからも同じ立場であった著者は、彼女たちから何を感じ取ったのか。インタビューにより、お話を伺った。

■重圧としてのしかかる「元アイドル」の肩書き

 現在、フリーライターとして活躍する大木さんは、かつて48系列の一組・SDN48に所属していた。およそ2年弱の在籍期間中には、紅白歌合戦の大舞台に立ったこともある。しかし、2012年3月31日をもってグループは解散。芸能界から離れ、一時期は清掃員のアルバイトなどで生活の糧を得ていた。

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 転機となったのは、大木さんが25歳となった2015年だった。一念発起して就職を決断し、「ニュースサイトしらべぇ」を運営するNEWSYへ入社。ライターや広告営業としていわゆる“普通の会社員”としての生活を過ごし、2018年6月にフリーライターとして独立した。

現在はフリーのライター・インタビュアーとして活躍する大木亜希子さん

 書籍を執筆した背景に、会社員だった当時の経験も影響していたと明かしてくれた大木さんは「肩書きとしての『元アイドル』が、ときには重圧としてのしかかっていました」と話す。

「正社員として働いていた前職では、過去の肩書きが活きた場面もありました。きっかけとして得意先の人とすぐに打ち解け、実際にアイドルという切り口から『ぜひ大木さんに記事を書いてほしいです』と任せていただくこともありましたね。ただ、自分の中には過去があるからこそのプレッシャーもあったんです。

 私に期待をしてくれている人達からは『元アイドルとしてのセンスで仕事を取れるでしょ?』と思われていると私自身の傲慢なんですけど邪推して、勝手に自分の中で膨らませた周囲からの期待が、いつのまにか強迫観念になっていたんです。今でこそ過去の肩書きを背負う覚悟が少しずつ芽生えてきましたが、戦国時代を経て“アイドル1万人”といわれる時代に、同じ気持ちを抱える人たちもいるだろうと思い、自分なりの“答え合わせ”をしてみたいと考えたのが書籍を執筆した動機でした」(大木さん)

 出版後は意外にも「アイドルに興味がない方からも『自分ごとだった』という反応がありました」と話す大木さん。しかしながら、芸能界から身を引いた元メンバーの足取りを追うのは、相応の苦労もあったという。

本書の執筆にあたり準備したという手書きの取材ノート

「芸能界を離れた方々には所属事務所がないので、現役時代の同僚たちの力を借りながらLINEで“わらしべ長者”のようにコンタクトを取っていきました。リサーチしたのは100人以上で、実際にアポイントを図ったのは十数人ほどだったと思います。

 結果として8人の方々が協力してくれましたが、一部の方からは『アイドルの過去を隠しているので、そっとしておいてほしい』とも言われました。コンタクトを試みた方々の過去の活動を知るために、経歴や証言をネットで拾い集めて、1人ずつノートに情報をまとめて。書籍では『彼氏はいるの?』『結婚してるの?』といったスキャンダラスな内容にならないよう、本づくりの過程ではインタビューや執筆は慎重に進めました」(大木さん)

 グループアイドル出身者のその後を追うというテーマやタイトルでは、ともすれば“暴露本”のイメージを先行させてしまうかもしれない。しかし、手にしてみると本書に込められた「彼女たちの“転職”の話」という意思は明らかに伝わってくる。

■浮世離れしているかに見える芸能界は“社会の縮図”

 アイドルとして過ごした経験を持つ8名の足跡をたどった大木さん。一方で、グループアイドル出身者としてはどのような思いを抱えているのか。本書では、アイドルという言葉自体に「成仏」や「逆襲」、ひいては「恨み」といった言葉で反応しているが、今では過去の肩書きへの向き合い方が変わったと話す。

「グループが解散したあと、その先が見えない中では過去の肩書きに頼っていた自分もいました。仕事に繋がるかもしれないと参加した食事会では『元アイドル』と自分から名乗り、振り返れば当時は、自分の中身に自身がなかったのかもしれませんね。

 少しずつ受け入れることができたのは、社会で揉まれて自分の立ち位置が見えてきたからだと思います。会社員時代は名刺の渡し方を知らないどころか、パソコンもろくに使えないところからのスタートで、学んでいくうちにライターとしてのキャリアに楽しさを見いだせるようになりました。自分が何者かを主張できてからは、わずかながらですが不思議と『元アイドル』という肩書きに誇りを持てるようにもなりました」(大木さん)

現在は「メンバーやグループよりも、プロデューサー目線に関心がある」と話す

 はた目には“浮世離れ”した世界にも見える芸能界。しかし当時、現役メンバーとして味わった経験も「今に活かされています」と話す。

「例えば、握手会では『その場でいかに目の前のファンの心をつかめるか』を試されるんですよ。どのタイミングで敬語からタメ口へ切り替えてもよいのか、相手とどうコミュニケーションを取るかなどを当時から考えていましたが、営業職ではそのスキルも活かされました。

 また、世間的に芸能界は“特殊な世界”だと思われがちですが、自分の経験を振り返るとそう遠くないとも思うんです。上下関係の厳しさや人気を獲得するために自分を売り込む力が必要だというのは、まさに“社会の縮図”だなと感じていて。そのカラクリに気が付いたのもじつは、執筆の動機でした」(大木さん)

 本書を読むと、グループアイドル出身者の卒業後にはさまざまなグラデーションがあるのも分かる。

 芸能界に残り“声優”の道へ進んだ元HKT48の山田麻莉奈さんや、在籍時からの企画力を活かして大学卒業後にラジオ局社員となった元NMB48の河野早紀さん。あと一歩でAKB48グループの正規メンバー になる夢をつかみきれなかったものの、女性バーテンダーとして日本一となった元AKBカフェっ娘の小栗絵里加さんなど、生き方はそれぞれであるが、共通するのは彼女たちが今もそれぞれの世界で“生きている”という事実だ。

アイドル時代にSNSで発信していた経験も「ライター業に活きている」という

 そして、一冊の本に彼女たちの足跡をまとめた今、みずからもグループアイドル出身者として生きる大木さんは「今回の取材を通して、自分も背中を押されました」と話す。

「アイドルを卒業してからは、本音をいえば『なんで売れなかったんだろう』『大人たちはなぜ上手く売り込んでくれなかったのか』と、どこか悶々とした気持ちが残っていたんです。今も完全に払拭できたかといえば、そうではないのかもしれない。ただ今回、彼女たちからお話を伺うことができて、自分なりに節目のような達成感を味わえたのはかけがえのない経験でしたね。

 処女作となった『アイドル、やめました。 AKB48のセカンドキャリア』では『今を一生懸命に生きながら働く女性たち』を取材できたので、例えば、年齢に応じた収入や結婚観など、固定化されたイメージに縛られた人たちが少しでも楽になるような記事をこれからは手がけていきたいです。また、アイドルとしてその先の進路に悩む子たちにとっての、一つのロールモデルにもなれればと思います」(大木さん)

 アイドルファンの視点からみると、メンバーの“卒業”やグループの“解散”の先では、彼女たちが“いなくなってしまった”という寂しさも募る。しかし、アイドルでなくなったとしても、彼女たちはこの社会で生き続けているのだ。

 ときには喜び、ときには苦労を抱えながらも、自分の人生を切り開くために努力し続ける元アイドルたち。同じ境遇を味わったからこそ完成した大木さんの書籍は、私たちにとってもきっと“生きる”ための指針となるはずだ。

取材・文・写真=カネコシュウヘイ