警察小説のニュー・ヒロイン 水野乃亜ここに誕生!『警察庁特命捜査官 水野乃亜 ホークアイ』初瀬 礼インタビュー

小説・エッセイ

2019/7/13

 見当たり捜査、という言葉を耳にしたことはあるだろうか。手配写真や防犯カメラの画像などから逃亡中の容疑者の顔を記憶し、街の雑踏に紛れ込んでいるところを逮捕する捜査手法のことだ。

 数百人もの指名手配犯の特徴をすべて頭に叩き込み、駅前や街中に立ってひたすら容疑者が現れるのを待つ、とても地味で根気のいる捜査だが、確実に成果を上げているという。近頃はテレビのドキュメンタリー番組などで取り上げられることが増え、その仕事ぶりも少しずつ知られるようになってきた。

著者 初瀬 礼さん

初瀬 礼
はつせ・れい●1966年、長野県生まれ。2013年、『血讐』(リンダブックス)で第1回日本エンタメ小説大賞優秀賞を受賞し、デビュー。テレビ局で勤務する傍ら、謀略小説の分野で執筆活動をする。著書に『シスト』『呪術』。

 

 書き下ろしの新刊『警察庁特命捜査官 水野乃亜 ホークアイ』で初瀬礼さんが狙いをつけたのが、まさにその見当たり捜査班だった。

「僕も最初はとあるドキュメンタリー番組で彼らの存在を知ったのです。捜査員たちの、職人芸ともいえる地道な活動を見て、これはすごいと思いました」

 その感動が、新しい物語を生んだ。

「当初、警察小説に手を出すつもりはありませんでした。この分野にはものすごくたくさんの先輩作家がいて、捜査一課ものから警察学校ものまで、優れた先行作がいくらでもありますから。とはいえ、前作の『呪術』に登場させた警察官のキャラクターが良いと言ってもらえたので、従来にないおもしろいテーマさえ見つかればチャレンジしてみたい気持ちはありました。そんな時に見当たり捜査を思い出し、ちょっと調べてみたところ、これを扱った作品はまだ数作しか出ていないことがわかったので、これなら、と思いまして」

国際テロリズムと地味捜査 接点は最新テクノロジーで

 素材は見つかったものの、どう料理していくか。そもそも、初瀬さんの諸作品は、テロリズムや国家的謀略などの大きな国際問題を柱に据えることで一致している。ところが、見当たり捜査は国内逃亡犯を対象とした捜査で、これまで描いてきたようなある種派手な世界とは無縁だ。

「僕はマスメディアの世界に籍を置き、長らく報道の現場に携わってきました。おかげで、2001年に起こったアメリカ同時多発テロ事件の直後にはアフガニスタンの北部同盟の支配地域に入って取材をしたり、ロシアの駐在員を務めたりと、様々な世界的事件に直接触れる機会に恵まれました。だから、どうしてもそちら方面に関心が向いていくし、小説のテーマにもしたい。けれども、見当たり捜査を国際テロとダイレクトに結びつけるのはなかなか難しいので、何か解決方法はないかと探っていました」

 そんな中、橋渡しとして思いついたのが、近年とみに実用化が進んできたドローンやAIなど、先端技術の数々だった。

「作中でも取り上げましたが、この数年で一昔前ならSFの世界にしかなかったような技術が次々と現実社会で使われるようになってきました。ドローンはもうかなり身近なものになってきていますし、関連法も整備されている。AIによる顔認証システムを捜査に使うことに関しては、イギリスや中国ですでに先行例がある。日本では、社会的要因からすぐの導入は難しいと思われますが、舞台を近未来に設定することで、フィクションだけれども、現実と地続きの時代で起こりうるストーリーと読者に感じてもらえるのではないかと考えたのです」

 見当たり捜査。

 テロリズム。

 先端技術。

 三つの大きなテーマががっちりスクラムを組んで出来上がった舞台に、満を持して投入されたキャラクターが、新ヒロイン・警察庁特命捜査官 水野乃亜だ。

エリート中のエリートが抱える悲しい過去と強い葛藤

 28歳の乃亜の階級は警部。キャリア組と呼ばれる国家公務員の警察官僚だ。米国ボストン大学の大学院を卒業した才媛であると同時に、175センチの長身を駆使して、クラブマガと呼ばれるイスラエル発祥の護身術を繰り出す強者でもある。文武両道を修めたスーパーウーマンなのだ。

 そんな彼女が、1年間の歌舞伎町交番での勤務を終え、警視庁刑事部捜査共助課見当たり班に配属されたのは2022年4月1日のこと。通例ではキャリア組が見当たり班に入ることはまずないのだが、この特別処置には上層部のある思惑があった。

 見当たり班を解体し、代わりに衆人監視システム「ホークアイ」を導入する。

 捜査員個々の職人技頼みだった見当たりを、AIによってシステム化することで、誰にでもできる捜査にしようというのだ。

「まず前提として、若い女性警官を主人公にしたいというのがありました。しかし、ノンキャリだと活躍できる範囲が狭くなるので、国際テロとはうまく結びつかない。ならばキャリアにするしかない。しかも若い女性が大きな役割を期待されるならば、高度な専門知識を持っていないといけない。だったら海外の大学院ぐらいは行っていないとだめだろう。こんな具合に考えを進めていった上で出来上がったのが乃亜のキャラクターです」

 警察小説で現場に手を突っ込んでくるキャリア組となると、おおむね憎まれ役として描かれるのが定石だが、乃亜は違う。

 現場の警察官たちを守りたい。

 そんな強い信念を持って、組織改革に取り組もうとしているのだ。

 そして、その背景には、彼女の悲劇的な過去があった。

「物語的な仕掛けはいろいろしていますが、底には人間の葛藤を書きたいという気持ちがものすごく強くあるんです。仕事上の葛藤、恩師への葛藤、恋人への葛藤など、乃亜には様々な思いがあり、それがいろんな形で表現されていきます。他の登場人物も、それぞれが重い何かを抱え、悩んでいる。そこはぜひ読んでほしいところですね」

 一方、乃亜同様に悲劇的な過去を抱えながら、真反対の方向、つまり守るのではなく壊す側に回った女性も登場する。もうひとりのヒロインともいえるテロリストのノバコバだ。

 彼女はドローンを使う爆破テロのスペシャリストとして一匹狼的に動くテロリストだ。だが、主義思想を離れて超大国の下請け的な立場で働くこともいとわない。

 愛する人を理不尽に失った経験から、社会を守る人間になろうとする乃亜と秩序を破壊しようと目論むノバコバ。その奥に見え隠れするもうひとりの女の影と、その女の過去を知る男……。

 対称的な人々を配置することで、本作は極上のエンターテインメントでありながら、読み手の心に深く問いかけてくる作品となった。

「テロはあってはいけないことです。しかし、テロリストになる人間は必ずいる。彼らはどうしてああいう行為に及ぶに至るのだろうということを、僕はずっと考え続けているんです。取材先で見たテロリストの関係者も、強面だけど食事をしている時などはごく普通の人間でした。日本でもいろいろありましたが、基本は平和な時代が続く中、テロリズムが発生する理不尽に対してまず問題意識をもってみるのは必要だと思っています。まったく理解しがたい人たちではあるとはいえ、やはりなにかしらの動機や理由があるわけじゃないですか。僕は、どんな作品であっても、最終的には人間としての葛藤を書いていきたい。乃亜は葛藤を通じて成長していくキャラクターだったので、いいキャラが生まれたな、と思っています。本作はシリーズ化も視野にいれています。乃亜の今後の成長を見てもらえたらいいなと思っています」

取材・文:門賀美央子 写真:下林彩子