45歳・執筆2作目で第6回「暮らしの小説大賞」受賞! 『しねるくすり』作者が語る戦略

文芸・カルチャー

公開日:2019/7/12

 第6回「暮らしの小説大賞」の授賞式が、2019年6月27日、都内で開催された。「暮らしの小説大賞」は、産業編集センター出版部が主催する小説賞。日々の暮らしの中で「この小説と出会えて良かった」と思えるような、心ゆさぶる小説を募集するものだ。第6回目を迎えた今年、応募総数714作の中から大賞に選出されたのは、平沼正樹さんの『しねるくすり』。本作は2019年秋に、書籍化が予定されている。

 見事、大賞を勝ち取った平沼さんは、アニメーションスタジオの代表を務める45歳。40歳を過ぎてから小説を書き始め、『しねるくすり』はわずか2作目の作品にあたる。受賞を知った時の心境は、喜びよりも驚きの方が大きかったという。受賞連絡前に出版社から呼び出された平沼さんは「印象が一番良かった人が大賞をとるんだろうと思って。普段は着ないスーツを着て行ったんですよ」と笑う。

■仕事の傍ら小説を学び、40歳過ぎで1作目を執筆

 帝京大学文学部心理学科を卒業後、映像業界へ進んだ平沼さん。40歳を過ぎた頃、ふと「小説を書いてみようかな」と思い立ち、大学時代、脚本の書き方を学ぶために通っていたシナリオ・センターに、再入学した。「歳も歳だし、今からでは無理ですか?」と講師に尋ねたところ、松本清張は42歳で作家デビューしたと聞かされ、「やる気を引き出された」と振り返る。

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 シナリオ・センターでの講座を終え、初めて筆を執った1作目の小説は、第5回「暮らしの小説大賞」の1次審査を突破する。2次審査に進むことは叶わなかったが、これが大きな自信に繋がった。「初めて書いた小説だったので、『小説の形になってる』と合格をいただけたような気がして」と平沼さん。そして「もう1度書いてみよう」と思い、執筆にとりかかったのが、薬科大学を舞台にしたミステリー風エンターテインメント小説『しねるくすり』だ。そのストーリーを以下に紹介しよう。

 10年もの鬱屈とした浪人期間を経て薬科大学に入学した数納薫は、自分より2年長い浪人期間を、まるで青春を謳歌するかのように過ごした芹澤ノエルと、心許せる関係を築いていた。そんななか、薫はノエルから「どうしても口説きたい女性がいるから部屋を貸してほしい」とせがまれ、部屋を貸すことになる。しかし、その女性は薫が密かに想いを寄せていた、同じクラスの成瀬由乃だった。薫は複雑な感情を抱きながらも2人との生活を受け入れるが、ある日ノエルが自殺をしてしまう。そして薫は、ノエルが残した薬の存在を知ることになる。たった1錠で痛みも苦しみもなく、確実に死ぬことができるというその薬は、やがて学外へと波及し、薫や由乃の精神まで蝕んでいく――。

■「人とは違う切り口を」戦略で勝ち取った大賞

 なぜこのようなテーマを選んだのか、平沼さんに尋ねると「戦略でしかなくて」と意外な答えが返ってきた。前作はなぜ落とされたのか。どうしたら2次選考に進むことができるのか。「戦略を考えるのが好き」という平沼さんは、考えを巡らせた。そして「人とは違う切り口の作品を書かないと残ることはできない」との結論に至ったそうだ。前作の反省点を活かし、作品タイトルもインパクトを重視した。

 こうして作品の設定を詰めた平沼さんだったが、薬学に関する知識は一切ない。2~3カ月にわたって資料集めをし、時には薬科大学の雰囲気を知るために、キャンパスを歩いたりもした。当初は半年ほどで書き終える予定が、取材期間を含めるとトータルで約1年を費やしたという。

 執筆する上で気をつけたことや、工夫したことについても聞いてみると「シナリオ・センターで、視点の揺らぎに気をつけろと散々言われたんです。視点が揺らいでいない中でも、どれだけぶらせるか、みたいなことをゲーム感覚で楽しんで書いていました。トリックとして、3人称の中に1人称を入れる、といったことをしています」と、本作に取り入れたテクニックを教えてくれた。

 45歳にして、小説家としてのスタートラインに立った平沼さん。「この歳になると体との戦いが出てきてしまう」と体調を気にかけながらも、「書いてみたいものはいっぱいあるんです」と、創作意欲にあふれている様子。次はどのような作品を世に届けてくれるのか、今から楽しみだ。

 なお、産業編集センター出版部では現在、第7回「暮らしの小説大賞」の作品を募集中。大賞受賞作は書籍化され、賞金100万円が贈呈される。締切は2019年10月31日(木)。詳細は「暮らしの小説大賞」公式サイトで確認を。

取材・文=水野梨香