「クライマックスで帆高が叫ぶ言葉は、怒る人がいっぱいいると思う」醍醐虎汰朗×森七菜×新海誠監督――それぞれの“選択”

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公開日:2019/8/9

 2000人を超える候補の中からオーディションで抜擢された主演・ヒロインは、アニメーションのアフレコ初体験となる新人だった。帆高を演じたのは、2000年生まれの醍醐虎汰朗。陽菜を演じたのは、01年生まれの森七菜。1カ月にも及ぶアフレコで、3人の間には強固な絆が培われていた。

新海誠監督、森七菜さん、醍醐虎汰朗さん

新海 誠(左)
しんかい・まこと●1973年生まれ、長野県出身。アニメーション監督。2002年、ほぼ1人で制作した短編『ほしのこえ』で注目を集め、以降『雲のむこう、約束の場所』『秒速5センチメートル』『星を追う子ども』『言の葉の庭』を発表。16年公開の映画『君の名は。』は社会現象となる大ヒットに。
森 七菜(中央)
もり・なな●2001年生まれ、大分県出身。16年に地元でスカウトされ、行定勲監督によるWebCMで芸能活動を開始。17年、『東京ヴァンパイアホテル』で女優デビュー。公開待機作に『最初の晩餐』(11月)、『地獄少女』(11月)、岩井俊二監督最新作『Last Letter』(20年)などがある。
醍醐虎汰朗(右)
だいご・こたろう●2000年生まれ、東京都出身。15年に俳優を志し「エーチームグループオーディション」に応募、現事務所に所属し活動をスタート。17年、舞台『弱虫ペダル』で主演・小野田坂道役に抜擢され注目を集める。演劇『ハイキュー!!』 19年秋新作公演での主演を控える。

 

――つい数日前にスタッフのみを集めた初号試写が行われ、醍醐さん、森さんもそこで初めて完成した映画をご覧になったそうですね。まずは率直な感想を一言ずつ、お伺いしたいです。

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醍醐 「大、号、泣!」でした。これ以上に泣いた経験が、人生で今までなかったんですよ。帆高の気持ちに寄り添って泣いているのか、ストーリーで泣いているのか、自分が精一杯やってきた結果を見て泣いているのか。一回観ただけでは、どうして自分の感情がこんなに動いているのか分からないんです。確かめたいので、早くまた観たいですね。

新海 そっか、醍醐くん、泣いてたんだ。席が隣だったから、泣いてないなぁと思ってたんだけど……(笑)。

醍醐 めっちゃ隠してたんですよ! 僕がうるさくしてしまったら、新海さんや周りのスタッフのみなさんが作品に集中できないかなぁと思って、涙を拭くことすらしなかったです。

 私も、思いっきり泣いちゃいました。今日は絶対泣かないぞって、ハンカチも持たずに観に行ったんです。でも、「一応、持っておいたら」って、マネージャーさんに持たされたハンカチが大活躍しました。陽菜が周りの人に愛されている姿を見ると、自分自身が愛されているような、勝手にそんな気持ちになって感動してしまいました。

新海 僕は、七菜ちゃんの涙は見たんです。試写が終わった後の、ものすごく泣いている姿を。「陽菜になっていただいて、ありがとうございます」と言ったらさらに涙が出てきた。「あぁ、雨みたいだな」と思ったのをよく覚えていますね。

照れた雰囲気の帆高、天気みたいな陽菜

――スタジオの入口には、醍醐さんと森さんからスタッフに宛てた直筆メッセージボードが飾られていました。「皆様が描いてくれたものに、精一杯息を吹き込みます!!」(醍醐)「どんどん見えていく皆の表情やキレイな景色に心を奪われています」(森)。アフレコ期間中に書かれたもののようですね。

 入口に飾っていただいているのを見られて、嬉しいです。

醍醐 実は僕と七菜ちゃんは、スタジオに来たのって一番最初の顔合わせの時以来なんですよ。「あの時から始まったんだなぁ」と思うと、今日はすごく感慨深いです。

新海 前にスタジオに来てもらった時って、声はぜんぜん録ってなかったんだっけ?

醍醐 はい。相手役も知らなかったです。

 私も知らなかったです、醍醐くんになるって。でも、醍醐くんが帆高だといいなって、オーディションの時から思っていました。台詞のやり取りをしていて、一番演じやすかったんです。

醍醐 僕も同じ感覚だったんですよ。いろいろな方と組んでやり取りをするオーディションが終わった後、マネージャーさんに「たぶん七菜ちゃんとだと思います」という話をしていて。それからずっと「陽菜は七菜ちゃんですよね?」と聞いてたんですけど、ぜんっぜん答えてくれない。

醍醐虎汰朗さん
正しいかはわからないけど、選んだこと自体がかっこいい。(醍醐)

一同 (笑)

醍醐 顔合わせでスタジオに来て初めて、「ああ、やっぱり!」って思ったんです。

新海 いい話だなぁ。2人には、他の候補の方ともオーディションで組んでいただいたんですよね。帆高も陽菜もそれぞれ何人か候補の方がいらっしゃって、最後は2人の組み合わせで決めようと思ったんです。帆高が醍醐くんだったら、一番合う陽菜の声は誰なんだろう。陽菜が七菜ちゃんだったら、一番合う帆高の声は誰がいいかな、と。最終的には、同時に決まりました。醍醐くんと七菜ちゃんの組み合わせしかないだろう、と。

――自分たちが選ばれた決め手って、監督から聞いたことはありますか?

醍醐 僕は、「帆高に似ていたから」って言われたことがあります。

新海 そうですね。最初に会った時から、立ち居振る舞いとか表情とか照れた雰囲気とかが、帆高にそっくりだなと思って。僕だけじゃなくて、スタッフがみんな言っていましたね。

醍醐 帆高は頭でいろいろ考えてはいるんだけど、頭より先に感情で動いてしまうタイプ。周りが何も見えなくなるぐらいまっすぐ自分を貫いているところは、すごく魅力的でかっこいいし、僕にはないものをいっぱい持っているなと思っていますね。

 私は、新海さんから「陽菜と七菜ちゃんは天気みたいなところが似てる」って。笑っていると思ったら怒っていて、また笑って、すっと寂しげな表情になる。気まぐれなところは確かに、自分も似ているところがあると思います。

新海 アフレコの時に、前の日がちょっとだけうまくいかなかったからか、朝スタジオに入ったら七菜ちゃんの笑顔が曇っている日があって。七菜ちゃんの気持ちを盛り上げなきゃ、盛り上げなきゃって醍醐くんが頑張っている姿を見ているのは楽しかったです(笑)。

 ふふふ。

醍醐 七菜ちゃんは「天気の子」なので(笑)。

 そうだ! あと、新海さんからは「陽菜を教えてくれそうな感じがする」と言ってもらいました。

新海 陽菜ってどんな女の子か、僕は正直分かっていなかったんです。性別が違うことはもちろん、年齢も立場もずいぶん遠い存在ですからね。それで……七菜ちゃんは、陽菜役のオーディションに来てくださった方々の中で一番、何を考えているか分からなかった。その分からなさの中に、陽菜の言葉の一つ一つの正解がありそうな気がしたんです。もともと僕のセリフって、言い方ひとつで全部変わっちゃうんですよ。例えば、「ねえ、今から晴れるよ」ってセリフ。帆高をからかっているのか、自分がワクワクして楽しんでいるのか、演じ方はいろいろあり得ると思うんですけど、七菜ちゃんの言い方がきっと陽菜の感情なんだろうなぁって思えたんです。あの言い方は、七菜ちゃんにしかできない。

醍醐 言えないですよねぇ。

新海 醍醐くんからも、お芝居はもちろん、醍醐くんの声そのもの、声の持っている情報によって、「帆高はこういう男の子なんだ」と理解を深めることができました。実はついさっき、1年以上前に作ったビデオコンテを確認して聞いてみたんですが、違和感だらけでした。帆高のことも陽菜のことも、ぜんぜん僕は分かってなかったんだなって思いましたね。

 えっ、ウソ!

新海 ウソじゃない(笑)。

醍醐 七菜ちゃんとも前に話したんですが、ビデオコンテを初めて観た時から、お互い大号泣でした。しかも新海さんが全キャラクターの声をやっているのに、最終的に全部違う声に聞こえてきたんです。新海さん、声のお芝居がめちゃくちゃお上手なんですよ。中でも帆高が一番上手だったな、って僕は思ったんですよね。そのことが、実はものすごくプレッシャーでした。「『君の名は。』の次の作品に出るんだ!」ってプレッシャーは早い段階で捨てられたんですけど、「新海さんよりもいい芝居をしなきゃ!」って気持ちはずっとプレッシャーとしてありました。

新海 2人とも、頑張ってくれていたもんね。アフレコで1カ月というのは異例の長さだけれども、必死に走り続けてくれた姿は本当に圧巻でした。

――3人だけのメールグループを作って、頻繁にメッセージのやりとりをしているという噂を耳にしました。

 アフレコが始まった時、私が勝手に作っちゃいました。

醍醐 僕たちが悩みだったり不安に感じていることを伝えると、新海さんから励ましのメッセージをいただけるんです。僕たちの心を晴らせてくれるんですよ。作品を離れても、新海さんの言葉のマジックってすごいんです。

森七菜さん
陽菜としては一番嬉しい結末。「否」があるなんて悲しい!!(森)

「どこ見てんのよっ!」「どこも見てねえよっ!」

――映画が公開されたら、「帆高の声をやって」「陽菜の声をやって」と言われる機会があると思うんですが……。

 もう言われました(笑)。

醍醐 僕も、地元の友人に会うたび言われます。予告編の再現をやらされます(笑)。しかも、「スペシャル予報」の5分バージョンですよ(笑)。

新海 偉いなぁ。

 私は「やって」って言われますけど、もったいない気がして言わないです。陽菜にも申し訳ないし、陽菜に「私の声を持ってるからって、何でもかんでも使っていいわけじゃないのよ」って言われる気がするんですよ。お仕事の時は別として、プライベートでは節度を考えようかなって思っています。

新海 醍醐くんとは、ずいぶん随分違うねぇ。

醍醐 僕がめちゃ軽いやつみたいじゃないですか!

一同(笑)

――監督が思う、このセリフなら2人のキャラクターがよく分かる、というオススメのセリフはありますか?

新海 オススメってことではないんですが、好きなセリフの掛け合いがありますね。「どこ見てんのよっ!」「どこも見てねえよっ!」。

 そのセリフ、アフレコでちょっと時間が空いた時は、チューニングのように2人でやっていました。お互いちょっとうまくいかないねってなった時も、私が突然「どこ見てんのよっ!」。そうすると醍醐くんが、「どこも見てねえよっ!」。それをやると、気持ちも声も揃っていくような感じがしたんです。

醍醐 覚えてる? 1回、「どこ見てんのよっ!」っていきなり来た時に、僕が反応できなかったことがあって。「え!?」みたいな、ものすごく軽蔑している顔をされた(笑)。それ以降はすぐ反応しようと、その声が聞こえたらいつでも出るように……。

 「どこ見てんのよっ!」

醍醐 「どこも見てねえよっ!」

一同(笑)

新海 やっぱり、いいセリフだよね(笑)。映画の中では、1回目はギャグで、2回目はすごく大事な場面で出てくるんだけど。

醍醐 2回目の「どこも見てねえよっ!」の時は、泣きそうになりました。試写会では泣かないようにしていたのに。今振り返るとアフレコのブースでは僕、泣きっぱなしでした。

――帆高と陽菜の「選択」にまつわるクライマックスシーンは、どんな気持ちで演じていましたか。

醍醐 アフレコは頭から順撮りだったので、あのシーンは最後に演じさせてもらったんです。一番最後、陽菜さんがしている行動に、どうしようもなくグッときてしまって……。それまで積み重ねてきたものの重さみたいなものも感じて、泣かずに演じられたテイクはなかった気がします。

 確かに。醍醐くん、ずっと泣いてた。

醍醐 帆高が取る選択が正しいか正しくないかってことはきっと、観てくださった人によって違うのかなとは思うんです。でも、帆高はそれを選んだんだっていうこと自体に対して、かっこいいなって誰もが思うはずなんですよ。

 私は、新海さんが製作報告会見で「賛否両論があるかもしれない。叱られてもおかしくない作品だ」とおっしゃった時に、「否」があるかもしれないんだってことに初めて気づきました。

新海 そうだったんですね。

 たぶん、結末のことをおっしゃっているんですよね? 陽菜としては一番嬉しい結末だったから、「否」があるなんて悲しい!!

一同(笑)

 でも、受け入れたいです。いろんな人の意見を聞いてみたいなと思いますね。

新海 きっといろんなことを言われると思うんです。それが今回、やりたかったことでもあるんですよね。というのも、『君の名は。』は褒めてもいただけたけれど、ものすごく批判する人もいたんですね。例えば「災害をなかったことにしようとしている」、あるいは「現実にはできない、死者を蘇らせることで幸せになってしまうのは良くない」と。僕の思いとしては、「大事な人に生きていて欲しかった」という願いの塊のような映画を作ったつもりなんですよ。でも、その思いは不純だと叱られた。じゃあ次に作る映画をどういうものにしたいかなって考えていった時に、今度は批判されないようなものを作るんじゃなくて、もっと強く批判されるものを作るべきなんじゃないかと思ったんです。怒るって、誰かの言動に対して、その人の中ですごく大きく気持ちが動いたってことじゃないですか。誰かを怒らせてしまったことの中に、自分のやりたいことがきっとあるんだって気がしたんですよ。

醍醐 そうだったんですね!

 初めて知りました。

新海 うん。クライマックスで帆高が叫ぶ言葉は、怒る人がいっぱいいると思うんです。例えば、政治家には絶対叫べない言葉ですよね。最大多数の幸福を目指すのが政治家の仕事ですから。報道番組でもきっとあの言葉は言えないんですよ。教科書に載せられるような、「正しい言葉」ではないんです。エンタメだから叫べるんですよね。そういうメッセージを込めた作品を、『君の名は。』の次の作品というもっとも注目してもらえるタイミングで、やってみたいと思ったんです。

 …………すごい。

醍醐 すごいです。この作品の奥深さを、俯瞰で教えていただいている感じがします。僕たちはどうしても、役の主観でしか見ることができていないので。

新海 それでいいんですよ。帆高として陽菜として、それぞれが必死に生きてくれていたからこそ、映画の中でまぶしい輝きを放っていた。引いた目線から全体を組み立てていくのは、おっさんの仕事なんです(笑)。

新海誠監督
エンタメだから叫べる言葉を、叫ばせたかったんです。(新海)

この2人を選んだことは「正解」だったんだ

――お時間が来てしまいました。醍醐さんと森さんから最後に一言ずつ、本作の魅力についてコメントを頂けたらと思います。

 うーんと、一言では言い表せないぐらいいっぱいあります。醍醐くん、先にお願い!

醍醐 分かりました、七菜さん(笑)。どうしても帆高目線になっちゃうんですけど、帆高という人間を通して、教わることが多い映画だなと僕は思っていて。例えば、大切な人が困っていたら、自分の身を削ってでも助けるべきなんだ、と。愛について、深く考えさせられる映画でもあるのかなって思います。ぜひ、大切な人と観に行ってくれたら嬉しいです。

 映像が本当に綺麗ですし、RADWIMPSさんの音楽も素敵で、醍醐くんが今言ったように、大切な人を本当に大切にしたくなるような映画だと思います。登場人物がすごく個性豊かで、それぞれいろんな悩みを持っているんですよ。登場人物の中に、誰もが必ず1つは共感してもらえる部分があると思うので、年齢や性別を問わず、ぜひ観に来て欲しいなと思います。

新海 この作品が実際にどう受け入れられるのか、正直不安はあるけれども、少なくともこの2人を選んだことは「正解」だったんだ、と試写を観た時にしみじみ思ったんです。2人にお願いできて、本当に幸せでした。……なんか、3人で取材を受けるのって、楽しいね(笑)。公開後に、またいろいろ話しましょう。

取材・文=吉田大助 写真=森山将人

天気の子場面写真

 

天気の子場面写真

 

天気の子場面写真

 

天気の子場面写真
雨が降り続く東京の街で出会った帆高と陽菜は、大小の「選択」を繰り返すことでつながりを深めていく

(8/6発売『ダ・ヴィンチ』9月号より転載)