「好き」というマジックワードで、セックスの負担をかけ合うのはやめにしよう。AV男優・一徹さんインタビュー

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更新日:2019/9/6

「あ、そのスマホケース、かわいいですね」

 インタビューをはじめようと思った矢先、唐突にそう言われて戸惑った。いや、ドキッとした。目の前にいたのは、人気AV男優の一徹さん。まるで少年のような笑顔を浮かべ、ぼくの持つスマホケースを見つめている。やがて、その目線がこちらに向く。

 あぁ、一徹さんがみんなに愛される理由がわかったかもしれない――。まだ一言、二言しか言葉を交わしていないにもかかわらず、そう思った。どこにいたって飾らず、素直で、正直者。だからこそ、聞いてみたい。どうして、『セックスのほんとう』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)という著書を出そうと思ったのか。

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■セックスのリアルを伝えていくことが、これからの自分の役割

 本書は、一徹さんが「セックスのリアル」について、等身大の言葉で綴った一冊だ。

 ページを開くと、顔射や潮吹き、中イキなど、ストレートなAV用語が並んでいる。しかし、それらはセンセーショナルさを演出するために使われているわけではない。むしろ、その逆。これらの単語から連想される「セックスへの思い込み」をぶち壊そうとしているのだ。

 そう、セックスには多分に思い込みが含まれている。それはなぜか。ぼくら男性陣が、AV上の演出を「セックスのお手本」としてきたからだ。そして、それが男女のすれ違いという哀しい不幸につながっている。一徹さんは、それをあらためるべく、筆を執った。

 しかし、現役のAV男優が、AVのイメージを壊すような一冊を書くことに躊躇いはなかったのだろうか。

「たとえば、『アウトレイジ』のようなバイオレンス映画を観ても、それを真似しようとは思わないじゃないですか。劇中で人が殺されていても、完全なフィクションだとわかっているわけで。それと一緒で、ぼくらもAVをフィクション、ファンタジーとして作っているんです。それを観るのは、ある程度分別のついた大人なので、エンタメとして楽しんでもらおう、と。でも、女性向けの作品に出るようになってから、いろんなお手紙をいただくようになったんです。そこには女性が抱えるセックスの不満などが書かれていて…。もしかしたら、AVが悪影響を与えている側面もあるかもしれないと、それまで自分がやってきたことに対する罪悪感のようなものも覚えたんです」(一徹さん、以下同)

 AVはファンタジーである。画面の向こう側で気持ちよさそうにしている女優さんも、演技をしているのだ。けれど、多くの男性はそれを真に受けてしまう。そして、AVで目にした行為を、現実のセックスに持ち込む。それが女性の喜びにつながると信じて。

 そんなAVに出演してきた一徹さんは、自らの影響力も踏まえ、「既存のセックス観」を変えるべく活動をスタートさせた。

「いま、『RINGTREE』というレーベルを立ち上げて、よりナチュラルなAVを作っているんです。これまでのものはどうしてもニーズに合わせた過剰な演出があったんですけど、よく考えてみると不自然なんですよね。変わった体位をしてみたり、終わった後、ひとりで女の子がはぁはぁ言っていたり。そういったファンタジー要素を限りなく排除したAVを作ることで、正しいセックスのイメージが広まったらいいな、と思っています。そして、『セックスのほんとう』を書いたのも、その一環だったんです」

 ただし、と一徹さんは続ける。

「いくらAVがファンタジーだとしても、影響を受けてしまうのは仕方ないと思うんです。そもそも、男性側も不安なんですよ。実際、どんなセックスをすればいいのか教えてもらう機会もないので、正解がわからない。だから、AVで観た気持ちよさそうなことを試してみる。それに対して、女性側も正解を知らないし、仮に違っていたとしても言葉にできない。性のことって人格にまで結びついてしまうので、なかなか否定できないんです。つまり、セックスの現場では男女がお互いを思いやるからこその“哀しいすれ違い”が起きているんですよ」

■「好きだから」「愛しているから」を免罪符にしてはいけない

 セックスにおける、哀しいすれ違い。それは「好きなんだから」「愛しているんだから」という好意を免罪符にすることでも生まれてしまうという。

「『好きだから、ゴムをつけなくてもいいよね?』とか、『好きだから、顔に精子をかけても受け入れてくれるよね?』とか、好きという気持ちを盾にする人は多いと思います。そして、女性側も好きだからこそそれを拒否できない。でも、セックスと好きっていう気持ちを一緒くたにして考える必要なんてないと思うんです。それに、この問題は女性側にも言えます。『好きなのにどうして連絡してくれないの?』とかって、よく言いますよね? 好きというロマンティックな感情をもとにした主義主張は男女関係なく存在していて、でも、そろそろ“好き”というマジックワードでお互いに負担をかけ合うのはやめた方がいいと思うんですよ」

 そして、このすれ違いの最たるものが、ここ数年問題視されている「性的同意」ではないだろうか。本来、セックスというものは双方の同意があって、はじめて成り立つもの。しかし、その「同意」に対する男女間の考え方の違いが問題になっている。

 たとえば、楽しいデートの後、ふたりでホテルに泊まったからといって、その事実がそのままセックスを許可したこととイコールにはならないということだ。相手が本当にセックスに同意してくれているのかを見極めないと、レイプ問題に発展してしまう。だからこそ、男女ともに、相手の意志を慮ることが求められる。

「“性的同意”についてはここ1、2年で急速に広まってきた問題で、既存の価値観を変えるべく、草の根運動をしていかなければいけないと思っています。この問題については、男性側が胡座をかかせてもらっていたとも思うので。ただ、これは本当に難しい問題なんです。自分自身を含めて、より意識的に対応をしていかなければいけない時代になったんだと思います」

 SNSの発展に伴い、よりセックスの問題が可視化されやすい時代になった。その一方で、現状に窮屈さを感じている人は少なくないだろう。けれど、一徹さんは「諦めたくない」と前を向く。

「デリケートな問題が可視化されるようになって、生きづらさを感じる人も増えたかもしれません。でも、他者との関係を築くことを諦めたくない。だから、これまでタブーとされてきた性の話を、もっともっとしていかなければいけないと思うんです」

■セックスとはなにか――正直、わからない

 一徹さんのお話を伺っていると、現代社会が直面する問題に真正面から向き合っている印象を受ける。けれど、なかには、AV男優という一徹さんの肩書きだけを見て、「性産業に従事している人間がなにを言っているんだ」という差別意識をあらわにする人もいるのではないか。

 実際、そういった職業に就いた人たちへの偏見や差別は根強く残っている。先日、妊娠・出産を公表した元AV女優の蒼井そらさんに対し、SNS上では「子どもが可哀想」「子どもがいじめられる」という声が多数見られた。

 率直に言って、どうかと思う。「子どもがいじめられるから、AV女優は出産をするな」と言うのではなく、そもそもいじめをする子どもたちの意識を変える方が先だろう。そんなAV業界への差別問題を話題にしたとき、一徹さんはほんの少しさみしげな表情を見せ、口を開いた。

「蒼井そらさんの話題を目にしたときは、ぼく自身も胸が痛みました。彼女だけじゃなく、SNSで顔を出して活動しているAV業界の人たちは、みんな偏見に遭っていると思います。でも、ぼくはそこにイライラするよりも、こうして発信をするメリットを享受できていることに感謝をしているんです。もちろん、偏見や差別はなくなっていけばいいなと思いますけど、難しいのかもしれない…。結局、ぼく自身も含めてそうなんですけど、人間は困っている人を下に見てしまう機能がインストールされている生き物なんですよ。その本能的な部分をいかに理性で抑えられるのか。それがこれからの時代の課題かもしれないですね」

 さらに、性についてはっきり主張する女性を待ち受けている、セクハラ被害についてもこう断言する。

「AV業界の人に限らず、一般の女性でも性について発信をしていると、『この人は簡単にヤれるんだ』と思われてしまうみたいなんです。そして、突然、勃起した画像が送られてきたり、オフパコのお誘いが届いたりする。そこは誤解してほしくない。性の問題を真面目に話しているのと、エロ話をしているのとでは意味が違うんですよ。でも、残念ながらいまはそこが同一視されてしまっています。たとえば、助産師のシオリーヌさんは、YouTube上に性教育の動画をアップしているんですが、それが性的満足を促す動画だとみなされて収益化が一時的に停止されていたそうなんです。いまは収益化も再開されたそうですが、彼女はコンドームの付け方などを真面目に伝えているだけなのに、なぜか性的なコンテンツだとみなされる。男性側の意識もそうですが、そういう仕組み的な部分も変わっていかなければいけないと感じています」

 現代のセックスにまつわるさまざまな問題について、真っ直ぐな意見を述べてくれた一徹さん。最後に、一徹さんにとっての「セックスとはなにか」を聞いてみると、しばし沈黙した後に、ゆっくり話し出してくれた。

「ぼく自身、セックスを生業にしているので、ご飯を食べていく手段でもありますし、自分という存在を受け入れてくれた場所でもあります。ただ、それを度外視すると、相手を傷つける恐れがある行為でもあるので、掴みどころがない…。だから、正直、わからないです」

 正直、わからない――。セックスをそう表現した一徹さんは、やはり素直で正直な人だ。これまで何人もの女性と身体を重ねてきた一徹さんをもってしてもわからないのだ。ぼくら一般人が、セックスについて理解できていないのも当然だろう。

 でも、だからこそ、ぼくらは学んでいかなければいけない。セックスとはなにか、を。そこには答えなんてないのかもしれないし、時代背景や相手によって、その意味は異なっていくはずだ。ただし、それを追求することを諦めてはいけない。「セックスのほんとう」を知ることが、複雑化する現代における人間関係を良好なものにしてくれるカギとなるのだから。

取材・文=五十嵐 大 写真=後藤利江