斉藤和義の依頼から生まれた小説集が映画化!『アイネクライネナハトムジーク』が描く大切なこととは? 伊坂幸太郎インタビュー

小説・エッセイ

2019/9/8

 来年、デビュー20周年を迎える伊坂幸太郎。これまでの道のりを振り返った時に、特別な存在感を放つ作品が2014年に刊行した『アイネクライネナハトムジーク』だ。同作が実写映画化、9月20日から全国公開されるタイミングで、作家の胸の内を訊いた。

映画『アイネクライネナハトムジーク』
(C)2019「アイネクライネナハトムジーク」 製作委員会

映画『アイネクライネナハトムジーク』
監督:今泉力哉 脚本:鈴木謙一 音楽:斉藤和義 出演:三浦春馬、多部未華子、矢本悠馬、森 絵梨佳、恒松祐里、萩原利久、貫地谷しほり、原田泰造
配給:ギャガ 9月20日(金)TOHOシネマズ日比谷ほか全国ロードショー
仙台駅前の街頭ビジョンに映るのは、日本人初のヘビー級王座をかけたタイトルマッチ。街頭アンケートをしていた会社員の佐藤(三浦春馬)は、ストリートミュージシャンの弾き語りに足を止めていた本間紗季(多部未華子)と目が合い、声を掛ける。その一瞬で終わるはずだった2人の「出会い」を軸に、描かれていくのは人々の意外なつながり。映画オリジナルの展開を加えた「10年後」のストーリーラインが、ラストの感動を高める。

 

「恋愛って現実では大事かもしれないけど、フィクションの中では僕にとってはどうでもよくて(笑)。作り話なのであれば、現実では出会えないものを読んだり見たりしたい。名探偵や殺し屋、ハチャメチャな超能力の持ち主が活躍する話が好きなんです。自分が小説を書く時も、恋愛の要素は意識的に排除してきたので、『アイネクライネナハトムジーク』は恋愛の話を軸にしてまとめた、唯一の作品集ですね」

 全ての始まりは、敬愛するミュージシャン・斉藤和義から、ラブソングアルバム『紅盤』に収録する〈出会い〉をテーマにした歌詞を書いてほしいという依頼が届いたことだった。「作詞はできないので小説を書くことならば」と返答し、完成させた一編が冒頭の短編「アイネクライネ」だ。

 マーケットリサーチの会社に勤める佐藤(僕)は、先輩社員が起こした失態の連帯責任で、街頭アンケートの仕事をさせられていた。ことごとく断られるなか、足を止めてくれたスーツ姿の若い女性の手には「シャンプー」の文字が。驚いて、その文字を思わず音読してしまったことをきっかけに転がり出す会話。彼女との関係はその場限りで途絶えるはずだったが……。

「恋愛ものが苦手な理由はもうひとつあって、照れくさいからです(笑)。例えば、誰かが誰かに告白して付き合うみたいな、直球ハッピーエンドは絶対書けないと思ったんですよ」

 物語を動かすキーパーソンは、佐藤の大学時代の友人である織田一真だ。ぐうたらなダメ男でありながら、超美人な妻を持ち、2児の父であるのをいいことに、佐藤に上から目線でアドバイスをする。

「〈出会い〉がテーマだと言われていたんですが、恋愛における〈出会い〉って何なのか……みたいな疑問が僕の中にあって。そのへんを織田一真に全部言ってもらったんです」

“俺、出会いがないって理由が一番嫌いなんだよ。何だよ、出会いって。知らねーよ、そんなの”“劇的な出会いにばっかり目が行ってると、もっと大事なことがうやむやになるんだよ”。

「結構好きなセリフは“出会い系、って堂々と名乗ってる、出会い系サイトですら、めったに出会えねーんだぞ”。いいこと言ってるなぁと思いました(笑)」

 それらの言葉が、佐藤を焚きつける勇気の火種となっていくのだ。ちりばめられた伏線、やがてミステリーのサプライズが発動し、〈出会い〉の奇跡が現れる。

 第2編「ライトヘビー」は、斉藤和義との2度目のコラボレーション(※)で生まれた短編だ。美容師の美奈子は常連客から弟の電話相手を頼まれる。携帯電話で話をするだけの微妙な2人の距離。彼は何者か、なぜ会おうとしないのか? 伊坂作品史上最高の「告白」が炸裂する一編だ。

「恋愛ものでもありつつ、ミステリーであることをかなり意識して書きました。今まで培ってきた技術を全部入れた渾身の自信作ですね。もしも斉藤和義さんに声をかけてもらわなかったら、こういう話を書くことは多分なかった。そう考えると、出会いってやっぱりすごいです」

(※)「ライトヘビー」は、短編「アイネクライネ」から生まれた曲「ベリーベリーストロング~アイネクライネ~」がシングルカットされるとき、その初回限定特典として書き下ろされた。

映画『アイネクライネナハトムジーク』

相当な異色作!?のはずが“伊坂幸太郎”っぽい作品に

「この2編に何編か加えて本を作ろうという話になった時、イメージしていたのはリチャード・カーティス監督の映画『ラブ・アクチュアリー』や、いくえみ綾さんのマンガ『潔く柔く』でした。普通の人たちが出てくる群像劇で、会話の中にユーモアがあって、フィクションならではの“こことここがつながるんだ!”とハッとする楽しさがある。自分としては相当な異色作ができあがったと思ったんですけど、読者の方からは“すごく僕っぽい”と言われます(笑)」

 そんな作品集が実写映画化されることになったのは必然だったのかもしれない。メガホンを取ったのは、映画『愛がなんだ』のスマッシュヒットで「恋愛映画の旗手」として注目を集める今泉力哉だ。

「本が出る前からオファーをいただいていたんですが、自分の小説を映像化すること自体に消極的な時期で。映像作品だけを観て“原作もこういう話なんだ”と思われてしまうのは、ちょっと辛い。原作者にできるのは、監督を指名することでした。それで“今泉監督が撮ってくれるんだったらいいですよ”とお伝えしたんです」

 当時、たまたま今泉監督の『こっぴどい猫』(2012年)を観て、たまらなくグッときていたのだ。

「好きな監督に撮ってもらえるなら、本望じゃないですか。ただ、作風は結構違うと思ったんです。『こっぴどい猫』も恋愛群像劇ではあったけれど、すべてに懐疑的でハッピーエンドからは程遠い。正直、断られるかもしれないなと思っていたら、引き受けてくださって……。ラッキーでした」

 脚本は『ゴールデンスランバー』など伊坂作品で実績のある鈴木謙一が担当した。6本の短編からなる小説を長編映画として構成する脚本制作には、今泉監督もがっつり関わっている。

「小説を最後まで読んでくれた人はみんな気づいてると思うけど、短編集の後半は基本的に人間ドラマで恋愛からは離れているんです。でも映画はそうじゃなくて、ちゃんとラブストーリーとしてまとまっている。主演の三浦春馬さんの笑顔が素敵だし、表情を見ているだけで幸せになれます(笑)」

 今泉監督はこれまで「片思い」を映画で表現し続けてきた。本作ではほぼ初めて真正面から「両思い」を描いている。『アイネクライネナハトムジーク』という原作があったからこそ、そのチャレンジが可能となったのだ。

「映画で気に入っている部分って、原作にないところが多かったですね。例えば、三浦春馬さんと多部未華子さんが、最後に自分たちの部屋で何気ない挨拶を交わすシーン。それまでとはテンポが多少変わってしまっても、その大事なやり取りをきちんと描く。“これが今泉映画だよ!”という感じがしたんです」

 伊坂は斉藤和義と出会ったことで「恋愛」という新境地を切り開くこととなった。その作品を原作とすることで、今泉は「両思い」の表現にガチンコでぶつかっていった。映画では、斉藤和義が主題歌「小さな夜」を書き下ろしている。異なるジャンルで活躍するクリエイターたちの〈出会い〉の連鎖を、小説を読み&映画を観ることで、心ゆくまで楽しみたい。

取材・文=吉田大助

伊坂幸太郎
いさか・こうたろう●1971年、千葉県生まれ。2000年に『オーデュボンの祈り』で新潮ミステリー倶楽部賞を受賞しデビュー。『アヒルと鴨のコインロッカー』『ゴールデンスランバー』『バイバイ、ブラックバード』など映像化作品多数。最新作はコミックを作中に取り入れた『クジラアタマの王様』。