介護は、ある日突然やってくる! きたるべき、その日のために読んでおきたい『半ダース介護』。1人で7人も介護できるの? 今からできる備えとは?

スペシャルインタビュー

2019/10/1

■インタビュー 井上きみどり

子育て、女性の病気、震災後の福島など、多彩なテーマのルポマンガを発表してきた井上きみどりさん。新刊『半ダース介護 6人のおジジとおババお世話日記』(集英社)の主人公は、ピーク時には自身の両親、夫の育ての両親&実の両親とその祖母の計7人を介護したというハルコさん。連載中に、井上さん自身も、ご両親の介護が始まり、いきなり当事者になる経験もした。待ったなしでやって来る介護のあれこれがつまった一冊について、お話を訊いた。

いのうえ・きみどり●1964年、関西生まれ。マンガ家・コラムニスト。広島で育ち、現在は仙台在住。河北新報社にてイラストコラム「週刊きみどり」を11年間連載。著書に『子供なんか大キライ!』『オンナの病気をお話ししましょ。』『ふくしまノート1~3』『子育ては「絵メモ」で伝えればうまくいく!』『これって「甲状腺の病気」のせいだったの?』など。

 

 

「介護」をテーマにしたマンガを描きたかった

──『半ダース介護 6人のおジジとおババお世話日記』が生まれたきっかけを教えてください。

井上きみどり(以下、井上) 最初は医療的な見地から介護について描きたいと思って、取材できる人を探していました。そこで医療系のセミナーをしている方から、最大7人を同時に介護していた受講者さんがいると聞いて、びっくりして会いに行きました(笑)。

 ハルコさんというその方は、会ってみたらすごくひょうひょうとしていて、明るくて、頭がよくて。専業主婦で、仕事がお忙しい旦那様と娘さんの3人家族。お会いしたとき、いったん介護は落ち着かれていて──といっても4人を介護されていたのですが――ピーク時に困っていたことなどを回想していただくかたちでお話を何度もうかがって、時間をかけて描き進めていきました。

──ハルコさん、これだけの介護を途中までほぼワンオペですし、どんなことにも前向きに取り組んでいてすごいですよね。結婚前から、相手の家庭環境が複雑でご両親が2組いて、将来大変だからと自分のご両親には反対されたけれど、気にせず結婚された。初めからお一人でご自身のご両親、配偶者のご両親2組と祖母1人、計7人全員の介護を引き受けるおつもりだったのでしょうか?

井上 この状況では、まず結婚の段階でやめる人も多いと思いますが、ハルコさんにとっては自然なことだったようです。最初に体調を崩された実のお父様の介護が半年で終わったあと、やがて来る残り6人の高齢者の介護に備えて、すぐヘルパー2級を取得したり、介護のセミナーにも参加されたりしていて、周囲からの押し付けではなく、やる気もあって、それが自分の役目という認識でいらっしゃる印象です。

──もともと、ハルコさんは人の世話をするのがお好きな性格ということでしょうか?

井上 ご本人は「もう、しょうがないわあ」という感じで、好きとはおっしゃらないのですが、サガというか、習性というか、体質というか、運命というか……。そういうものを引き寄せる気質をお持ちなのだと思います。

 複数の介護を背負ってきたハルコさんには拍手の気持ちなのですが、彼女のやり方をみんなができるわけじゃない。だから「これがいいんだ、すばらしい」と推奨するつもりはないし、「もうちょっとやりようがあったんじゃない?」とつっこまれるところもきっとある。読む方には、ハルコさんの介護をそのまま全部やろうとするのではなくて、自分ができることを探して「私はここに気をつけよう」などと考える材料にしてもらえたらいいなと思います。

──ハルコさんは親御さんたちの家を自転車で巡回して、病院への送迎や掃除、洗濯、入浴介助など八面六臂の活躍。7人の介護のタイプはそれぞれ違いますが、特に、夫の育てのご両親の状況が大変そうでした。サンタクロースのように身体が大きくて75歳まで元気に働いていて突然倒れた「くまパパ」と、もともと持っていた不安障害が夫の病気で悪化してしまい、認知症ではないのに何もできなくなってしまう「美ママ」。2人の家にハルコさんは昼夜を問わず呼ばれて駆けつけることになります。

井上 「美ママ」については、描けないこともたくさんありました。高齢になるとその人の弱い部分がどんどん出てくるんだなあと。人の話を聞いていても、私の母を見ていてもそう感じます。

「くまパパ」のお世話はハルコさんの「シモの介護」デビューでもあり、ここはすごく話を聞いてしっかり描いたエピソードだったのですが、それでも後日私自身も父の「シモの介護」をすることになったとき、「これかあ……!」と思いました。マンガでは性器を「象さん」と表現したのですが、これは象かなあ…?と思ったり(苦笑)。他の人よりも情報をいろいろ得ていたつもりでしたが、自分が手を動かすのはやっぱり違いましたね。

情報量が、天国と地獄の分かれ目!

──ほかにも高齢者同士の恋愛、認知症、徘徊、ケガ、病気などに一人で対応し続けて、ハルコさんはついに倒れてしまいます。介護をする側にとって大切なことは何でしょう。

井上 ハルコさんのケースは、ハルコさんが一人でがんばりすぎていて、もう少しまわりに協力を求めてほしかったし、専門家が入るのもちょっと遅かったと思います。専門家の支援ということでは、お願いするケアマネージャーさんやお医者さん、自治体によっても対応は大きく変わりますので、手続きの仕方や現状などはハウツー的にできるだけ詳しく描きました。

 父がお世話になった施設のケアマネさんが「介護者はどれだけ情報を持てるかが大事。それによって天国と地獄の差がありますよ」とおっしゃっていて、まさにそれが真実だなと思います。

 あとは相談できる人が何人いるか、動いてくれる人が何人いるか。公的なケアマネさんはもちろん必要なんですが、どこまで親身になってくれるかには個人差がありますし、その方だけにおんぶにだっこでは絶対無理が出る。私も広島でケアマネさんに積極的に相談を重ねましたが、公的サービスなので対応が遅かったり、時間がかかりすぎてしまったりして、このままでは仙台に戻れないと思って、宮城県でも経験者や専門家にたくさん相談してアドバイスをいただいて、なんとか問題を解決していきました。


──自分で情報を収集しつつ、人脈もフル活用するんですね。

井上 コミュニケーションが苦手という方もいると思うんですが、ちょっとがんばって自分から「助けて」と言うことで広がることは多いし、実際助けてもらえることも増える。体裁は気にせず、まわりを頼って、どれだけ偏らない情報を多く得られるか。それに尽きると思います。

──現在、井上さんのお父様は施設に入られて、お母様はご自宅で一人暮らし。お姉様が自宅から車で40分のところに住んでいて、週に2回お母様のところへ通っていらっしゃるんですね。

井上 母は家の前のゴミの収集場所へのゴミ出しもできないので、姉が持ち帰って処理していますが、「取りに来るのが遅いじゃない」と母は時折文句を言うそうで。言い返してもしょうがないから姉はこらえているんですが、ストレスは溜まりますよね。

 父は気性的にちょっと荒いところがある人なのですが、この夏戻ったら、少し性格が変わっていて、「楽しみにしてました」と言ったんです。「ありがとう」も言ったことがなかったのに。もうポカーンとしてしまって……。

 姉によると、人に「ありがとう」と言ったら、その人もうれしいし、自分もよくしてもらえるらしいと学習して、自分から言おうとしているらしいんです。昔は人に感謝する気持ちがなかった人なので、すごいなあと。こちらもその一言があるだけで、お金と時間を費やして広島に帰る労力が帳消しになるので、単純なものだなあと(笑)。

──感謝の気持ちってほんとうに大事なんですね。

井上 ハルコさんがおっしゃっていたのですが、幼少期に感謝の気持ちを伝える大切さを教わっていたり、愛情をこめて育てられていたりすると、出てくる言葉が違うそうです。高齢者をお世話する介護なんだけれど、子供時代のことを振り返って考えたり、自分の将来や今の生き方がこれでいいのか、老い方はこれでいいのかを考える機会になったりするから、すごく奥が深いと。私も親の介護をしながら、娘にありがとうと伝えていたかなとか考えました。

 自分の残り時間のことも考えるようになったので、去年ようやく広島から帰ってきて、翌日から「そのうちにやろう」と思っていたことを一気にやり始めて。長年憧れていた篠笛(しのぶえ)を習い始めて、まだ1年経っていないんですが、月に一度はソロで演奏してイベントに出たりしているんです。バイクも乗り始めました(笑)。

──急にエンジンがかかったんですね(笑)。

井上 まず一番は、いま、認知症になって自分を失う前に、と。老後もそんなに遠くないから、振り返ってあれをやっておけばよかったと思わないように。老後もできることを考えたり。

 それに、こういうふうにしたい、という生き方がはっきりしていたら、いつか介護される側になっても、周囲がどう介護をプランニングすればいいかわかると思うんです。私の場合は両親に人生プランがなくてすごく困ったので。

永遠に思える介護にも、必ず終わりが来る

──今回ハルコさんを取材されて、ご自身も介護に直面されて、知ってよかったと思ったことはありますか?

井上 学びはすごく多かったんですが、「終わりは来るんだな」ということはすごく思いました。介護をしている当事者の方たちは、永遠に続く感覚だと思うんですが、終わりは来る。それまで苦しい思いはするけれど、ハルコさんに限って言えば、毎回看取りのときにすごく納得されているんですよね。

──マンガに描かれている「息を引き取る」描写ですね。とても印象に残りました。

井上 ハルコさんの一言でみんな安心して旅立っていくって、すごい話ですよね。今思い出しても涙ぐんでしまうんですが。それだけハルコさんががんばって、信頼されていたということでもあると思います。

──そんなハルコさんが自身の病を経て、24時間駆けつける介護から、専門家を頼り、閉店時間を決めるやり方にシフトしたのは安心しました。

井上 そうできるのが一番いいですよね。「介護する側の健康もいつまでも続くものではない」というのは、みなさん覚えておいたほうがいいと思います。どんなに若い人でも。

──まだ介護はこれから、という人がやっておくとよいことはありますか?

井上 いっぱいあると思います。まず、介護する相手の状況を把握する癖をつけておいたほうがいいです。いつ何が起こるかわからないので、経済面も健康面も、今どういう状態なのかを最低限把握しておくように心がけておく。覚悟するためにも。専門分野の話は、年々変わるからその時に知ればいいのですが、一緒に介護することになる人がいるなら、いざというときどうするのか、その人と話しておくことも大事です。

 自身の親子関係も、義理の親との関係も、兄弟姉妹の関係も、いろいろあると思うんですけれど、対話するのは自分のためです。自分に降り掛かってくることの防御として、必要な相手と対話しておくのは、介護の準備にすごく必要なことです。

──対話のコツはありますか。

井上 ファイナンシャルプランナーの先生に教えていただいたのですが、エンディングノートを一緒に作るのがいいそうです。あなたが質問しているわけではなくてエンディングノートに書いてあることを聞いていることになるので、素直に答えてくれるんじゃないかと。ちょっと盛った答えが来るかもしれませんが(笑)。そういう工夫をしながら、深刻にならないように聞ける方法を考えてみるといいですよね。

 自分が老後に経済的な問題を抱えないように取り組めるのは、シングルは45歳くらい、夫婦は55歳くらいといわれています。私も過ぎちゃっていますが(笑)、老後のことばかり考えて生きる必要はないけれど、人はみんな死んでいくので、死ぬことも含めて生きることだと私は思っています。だから、老後や死を考えることは生きることだと思うんですよね。日々、どっちへ向かっていくのか決めるという。

 この本を読んで、当事者の方が、気持ちが少し軽くなったと言ってくださったら、すごくうれしいですね。男女問わず、介護はこれからという方にも、予習として読んでいただきたいです。

取材・文:波多野公美 撮影:内海裕之

 


 
 
 
 

『半ダース介護 6人のおジジとおババお世話日記』
井上きみどり 集英社 1200円(税別)
自身の両親、夫の実の両親、育ての両親など、身内に6人(ピーク時は祖母を入れて7人)の高齢者を持つ専業主婦・ハルコさん。その怒涛の介護ライフをユーモラスに描き、備えのヒントをもらえるコミックエッセイ。「明るいハルコさんですが、つらい思いもされている。でもむやみに読者を怖がらせないよう、“トホホ”な感じがうまく伝わるように気をつけました」(井上さん)。