山猫の前に立ちふさがる最強の敵。大人気シリーズ、堂々の完結編!『怪盗探偵山猫 深紅の虎』神永学インタビュー

小説・エッセイ

公開日:2019/10/4

 悪党たちから大金を盗み、ついでに悪事を暴き出す神出鬼没の大泥棒、山猫。その活躍を描いた「怪盗探偵山猫」は、2006年の初登場以来、多くのファンを虜にしてきた神永学さんの痛快ピカレスク・ミステリーだ。『怪盗探偵山猫 深紅の虎』は約3年ぶりとなる最新作にして、なんと山猫最後の事件を扱った完結編! 人気絶頂のシリーズはなぜ、フィナーレを迎えるにいたったのか。

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著者 神永学さん

神永 学
かみなが・まなぶ●1974年山梨県生まれ。2004年『心霊探偵八雲 赤い瞳は知っている』でデビュー。同作から始まる「心霊探偵八雲」シリーズの他、「天命探偵」「浮雲心霊奇譚」シリーズ、『悪魔と呼ばれた男』『ガラスの城壁』など多くの人気作を手がける。「怪盗探偵山猫」シリーズは16年、亀梨和也主演でドラマ化された。

 

「一番の理由は時代の変化ですね。シリーズを書き始めた当時、施錠といえばシリンダーキーが普通でしたが、この10年の間にセキュリティ技術が進化して、静脈認証などのデジタルロックが使われるようになってきました。電子マネーや仮想通貨が登場したことで、キャッシュレスの波も進んでいます。その結果、悪人の金庫から現金を盗み出すという山猫のキャラクターが、時代にそぐわなくなってきたんですよ。このまま同じ設定で書き続けても、どこか嘘っぽくなってしまう。このあたりで一度、シリーズに区切りをつけた方がいいだろうと思ったんです」

こうありたいという憧れが山猫の生き方に反映している

 そもそも〈現代のねずみ小僧〉〈義賊〉という山猫のキャラクター設定自体、社会の変化を受けて生まれたものだったという。

「2000年代前半、それまでなかったタイプの新しい犯罪がクローズアップされ始めました。以前は危ない場所にさえ近づかなければ一般人が犯罪と関わり合いになることはまずなかった。ところが振り込め詐欺などが生まれて、誰もが犯罪被害に遭いうる時代に変わってきたんです。山猫はそうした新しい犯罪に対抗するキャラクターとして誕生しました。もともと泥棒の出てくるミステリーは興味がありましたが、みんなの鬱憤を晴らしてくれる役割を与えることで、より現代的な面白さを出せるんじゃないかと思ったんです」

 ルーズに見えて、実はプロ意識のかたまり。何があっても己のポリシーを曲げない山猫は、神永さんの「こうありたい」という思いを反映しているのだという。

「僕はあまり自信がないし、ついつい他人の目を気にしてしまう。山猫みたいな生き方に憧れがあるのは確かです。たとえば僕は演劇関係の知り合いが多いんですが、役者さんたちのポリシーの強さってすごいんですよ。先輩役者と殴り合いになろうとも、意見を絶対に曲げない(笑)。ある意味、わがままや自己中と紙一重ですが、それだけぶれない芯があるって羨ましいとも思うんです」

 知力体力に秀でたクールガイ。かと思えばとてつもない音痴で、調子っぱずれの歌声とともに登場する。そんなはずしたキャラクターが魅力的だった。

「完全無欠のヒーローが苦手なんです。山猫のダメなところを描くことで、重くなりがちな物語がふっと軽くなる。山猫に歌わせる曲を選んでいる時が、このシリーズで一番楽しかったかも(笑)」

 ちなみに「山猫」というネーミングには、さまざまな意図が込められているそうだ。

「現代では珍しい〈義賊〉を、絶滅危惧種の山猫と重ねているんです。それに猫は十二支に入れなかった動物。蛇や猿など干支の動物に関わる事件を、はぐれ者である猫が解決するという図式にもなっているんです。僕自身が大の猫好きですし、山猫のイメージを使うことは早い段階で決まっていました」

勝村とさくらは常識人だからこそシリーズに不可欠だった

 山猫最後の事件を扱った『深紅の虎』は、これまで謎のベールに包まれてきた山猫の過去に光を当てた作品でもある。

 顧客情報を不正入手していると噂されるシステム開発会社に、雑誌記者の勝村英男とともに忍び込んだ山猫。見事大金を盗み出したものの、現場に残してきた犯行声明は、何者かに持ち去られていた。その翌日、警視庁捜査一課の刑事・霧島さくらと食事をしていた勝村は、謎の二人組に拉致されてしまう。一連の出来事には、山猫と深い因縁で結ばれた男〈深紅の虎〉が関係しているらしい。

「山猫の過去については、『怪盗探偵山猫 鼠たちの宴』に書いた「袋の鼠」という短編でも一度扱っているんです。今回はそれをスケールアップして、長編の中心に据えた感じですね。テーマとして取りあげたかったのは、時の流れによって変化してゆく人間関係。以前はどれだけ深い友情や愛情で結ばれていても、環境や立場が変わるにつれて、信頼関係が損なわれたり、憎しみ合うようになったりする。そこから生まれる人間ドラマを書いてみたかったんです」

 フィナーレにふさわしく、これまでシリーズを彩ったキャラが総出演。山猫と行動を共にする謎の美女・里佳子、山猫逮捕に執念を燃やす刑事・犬井、少年ハッカーの真生に元暴力団組長の娘・みのり――。山猫との出会いによって人生を変えられた勝村とさくらは、やがて大きな決断をすることになる。

「勝村は記者として、さくらは刑事として、それぞれ常識や正義に縛られて生きています。しかし同時に、このままでいいのかという疑問も抱いている。今回はそんな二人が、自分のいるべき場所を見つける物語になりました。葛藤する勝村とさくらの姿を通して“常識や正義って何だろう“とさりげなく問いを投げられたらと思いました。同じ刑事でも犬井は目的のためには手段を選ばず、他人の目なんてお構いなしというタイプ。山猫とはよく似ているんですよ。でも多くの人は山猫や犬井のように生きられない。平凡な常識人だからこそ、勝村とさくらはこのシリーズにとって重要な存在でした」

 倉庫に監禁された勝村を救うため、犬井とともに現場に駆けつけたさくら。そして山猫もまた勝村を救出しようと画策する。しかしそこには巧妙な罠が待ち受けていた。山猫は宿敵・深紅の虎を打ち倒すことができるのか? 冒頭からハイテンションを保ったまま展開してゆく物語は、驚愕のクライマックスへとなだれ込んでゆく――。

「ラストをこうしようというのは執筆前から決めていて、そこに向けてシーンを繋げてゆきました。そのためのさりげない伏線も、早い段階から張っています。詳しくは語れませんが、一度はやってみたいパターンだったんですよ。事件の経緯やトリックを重視してきた過去の巻と違って、今回は山猫がどうなってしまうかが物語の主眼。最後の勇姿を見届けてほしいですね」

 迫力のアクションと、緊張感たっぷりの頭脳戦、読者の裏をかくどんでん返し。本書には「山猫」シリーズで神永さんが追求してきたエンターテインメントの醍醐味が、惜しみなく注がれている。最後の最後まで湿っぽくならず、洒脱なテイストを保ち続けたのも「山猫」らしい。

「小説にも色んなタイプがありますが、これは難しいことを考えずに、物語の面白さに没頭できる小説。こんな時代だからこそ、読んでスカッとしてもらえたら。みんなが許せないと感じているものを吹き飛ばす山猫は、時代に必要とされていたキャラクターだったんだなと今にして思います。彼のぶれない生き方が、ちょっとでも心に響いたら嬉しいですね。この先シリーズがどうなるかは未定ですが、今ある形での『怪盗探偵山猫』はひとまず完結編です。多くの読者に愛された、幸せなシリーズでした。読者にありがとうと伝えたいです」

 さらば、山猫。いつかまた会える日がくるのを信じつつ、最後の活躍をしっかりと胸に刻みつけたい。

取材・文=朝宮運河 写真=川口宗道