本は「本当」と「嘘」で切り離さない方が楽しい! 快進撃をつづける老舗文芸誌『文藝』は、なぜ面白くなった?

文芸・カルチャー

更新日:2019/11/1

リニューアル後の『文藝』(2019年夏季号~冬季号まで)

 2019年4月、「文芸再起動」と銘打ってリニューアルされた文芸誌『文藝』(河出書房新社)。現代へとアップデートされたビジュアルや内容が本好きの間で話題となり、7月に「韓国・フェミニズム・日本」を特集した「2019年秋季号」が発売前から注目を集め、なんと数日で完売。読者からの声に応え、異例の3刷となった。そして10月に出た最新号「2019年冬季号」もすでに重版がかかったという。新しく生まれ変わった『文藝』はこれまでと何が違うのか? どんな魅力があるのか? 河出書房新社の坂上陽子編集長にお話を伺った。

■『文藝』リニューアルで、変えたこと、変えなかったこと

>約20年ぶりに誌面を大きくリニューアルした『文藝 2019年夏季号』(河出書房新社)

――「2019年夏季号」での大胆なリニューアル、どのような経緯があったのでしょうか。

坂上 私が今年1月に異動で編集長になり、新しい編集部員が入ったこともあって、4月発売の夏季号で久々にリニューアルしようということになったんです。いわゆる“五大文芸誌”の中で『文藝』だけが季刊誌なので、その中で何ができるかなと考え、新たにアートディレクションを佐藤亜沙美さんにお願いして、雑誌の「雑」の部分をもっと強調するべく特集主義を復活させました。小説以外のコンテンツも積極的に入れよう、と。

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表紙がGIF動画に

 表紙はどんな感じにしようか悩むところだったのですが、ちょうどアメリカの老舗文芸誌『ザ・ニューヨーカー』のサイトを見ていたら、表紙がネット上でGIF動画になっていたので、これは面白いなと。ちょうど、40代後半以上だった「文藝」の読者層を若返らせたいという気持ちもあり、ネットやSNS上での情報拡散を意識しようとしていたところで。そこでツイッターで人気の、作品も物語性が高いクイックオバケさん(@quickobake)にイラストを描いてもらおうと思いつきました。

 また作業の効率化を考えて編集部内にスラックを導入したり、印刷所とのやり取りをすべてPDFにするなど、デジタルで効率化できるところは変えていきました。

(『文藝』2013年秋季号より)

――逆に「変えなかったこと」は?

坂上 チャレンジ精神! 『文藝』は1933年創刊で、一度休刊するんですが、1962年に坂本一亀さん(坂本龍一さんの父)が復刊したんです。そのときに創設された「文藝賞」では、山田詠美さん、田中康夫さん、長野まゆみさん、綿矢りささん、若竹千佐子さんといった、それまでの文学観にとらわれない才能を発掘するなど、常に新しいことをやってきたんです。そうしたチャレンジ精神だけは崩さないようにしたい、いやむしろ先鋭化していきたいと思っています。

1933年創刊号(『文藝』2013年秋季号より)

1962年復刊号(『文藝』2013年秋季号より)

 とにかくそのときそのとき、編集部が面白いと思うことをやって、それが常識にとらわれないものでありたいですね。今の編集部の3人はキャラも趣味も考えていることも違っているんですけど、目指すところは共有しているので、その中で話し合って出てきたことが同じ雑誌の中でぶつかり合って、面白さにつながるといいなと。雑誌は単行本とは違い、若手も大御所も一緒で、いろんなものが載っているので様々な出会いが誌面の中にあって、カオスに陥っているのが醍醐味です。何かひとつの色に染まるよりも、いろんな色がある、いわゆる「雑誌」でやっていきたいですね。もちろん新しい若い才能をピックアップして、作品を掲載して、単行本にしてベストセラーを目指して売っていくというところも変えたくないです……なかなか厳しいんですけど(笑)。

――7月に発売された「韓国・フェミニズム・日本」を特集した「2019年秋季号」は異例の増刷、3刷まで行きました。

『文藝 2019年秋季号』(河出書房新社)

坂上 リニューアル号も売れたのですが、秋季号は予想以上の反響でした。編集部としても「狙って当てにいきました」ということではなかったんですが、「文藝」の認知度が広まったのはありがたかったですね。私はずっと書籍編集をやっていたので、雑誌でこういうことが起きるのは面白いなと感じました。正直、私も「文芸誌なんて売れない」「こんな文字ばっかりのものは今は読まれないんじゃないか」と作りながら思っていたところはあって……読者を信じることができていなかったんですね。でもこうやってたくさんの人に知ってもらえると、いろんな人が読んでくれて、中身に対しての意見があったり、特集以外のところも読んでくれたり、感想を送っていただいたりもしました。正直、かなり驚いて、自分が考えていたことがいかに小さくつまらないことだったか、ということを痛感させられました。やはり知られると、いい方へ回っていきますよね。どうやって多くの人に存在を知ってもらうか、いつも頭を悩ませています。

■開いたページが面白ければ、それでいい

――最近「小説って、嘘の話でしょう? 嘘の話を読んで、何になるの?」という意見があるそうなんですが。

坂上 小説って身構えると読めなくなってしまうんですよね。でも「こんなことがあってさ」という話、もしそれが嘘であっても、面白い話は面白いですよね? こだまさんの『夫のちんぽが入らない』とか、花田菜々子さんの『出会い系サイトで70人と実際に会ってその人に合いそうな本をすすめまくった1年間のこと』も実話ベースの小説ですが、あんまり「本当」と「嘘」で切り離さない方が楽しいと思うんです。

――読み切る自信がない、という方もいらっしゃいます。

坂上 読み切る自信がない人は、まずは短編でもいいんですよ。今は昔に比べると短編流行りのような気もします。いま話題になっている伴名練さんの『なめらかな世界と、その敵』や村田沙耶香さんの短編集『生命式』も、個性豊かでバラエティにとんだ作品がつまっている短編集ですよね。岸本佐知子さんが訳した、ルシア・ベルリンの作品集『掃除婦のための手引書』は、訳されたことがない埋もれていた作家でしたけど、もう5刷になっている。海外文学では珍しいです。そういう奇跡的なことって、たまに起きるんですよね。短編を読み切れたら、また別の短編を読んでもいいし、同じ作家の別の作品を読むというのもいいと思います。

 あとは使える時間が細切れになってしまって、まとまった時間が取れない、ということもあるんでしょう。なのでなかなか重厚な小説を読み倒す、というのが難しくなってきているのは感じますね。とはいっても、最近ですと阿部和重さんの『Orga(ni)sm/オーガ(ニ)ズム』や、川上未映子さんの『夏物語』のような、テーマは深遠ですが、もう本当に一気に読める面白い作品もあるのでぜひ手にとってほしいです。

――何から読んでいいのかわからない、という声もよく聞きます。

坂上 最近は、ストーリーを自分の頭の中で再生する能力が弱っているのかな、と感じることはあります。読書って能動的なもので、想像力を養ってくれるんです。その想像力を鍛えると、他人のことを知れる。しかも同じ言語だけではなく、海外の違う言葉を話す人たちのことも知ることができるし、違う世界へ行くこともできる。そういう意味では小説は屈折したり、鬱屈していたりして辛い人にこそうってつけのメディアだし、特効薬じゃないかなと思います。読んでいる間は、いろんなことを忘れられますしね(笑)。

 あとはミュージシャンやタレントさんとか、自分が好きな人がお勧めする本から入るのが一番いいんじゃないかな。好きな人のことを知りたいと思うだろうし、勧める本を読んでいくと何かしら共通点が出てきますからね。「この人は、こういうところに影響を受けているんだな」とわかったりもしますし。とにかく「本を読む」ことの入り口まで行ければいいんですよ。ただ、今は本屋さんも減っていますし、知らないものに手を伸ばす余裕がなくなっている時代だとも思います。これもとても難しいのですが、その入り口を出版社としてどれくらい用意できるか、いつも考えています。けっきょく、地道に面白さを伝えて、やっていくしかないんですけど。

 文芸誌はいろんな表現が一冊の中にごった煮で詰まっています。小説も詩も短歌もラップも、対談も批評も全部入っている。世代も10代の書き手と80代の大御所と言われるような著者が同列に載っている。同時代のいろんな人たちがどんなことを考えているのかを知るには、文芸誌って最適なメディアだと思うんです。秋季号の感想で「文芸誌」をはじめて手にとった、という声も多く、まだまだ知られていないんだなと思いました。ぜひ若い人たちに読んでもらいたいですね。

 とにかく開いたページが面白ければ、それでいいと思ってます。1ページでも面白ければいいし、読み通さなくてもいい。あとは文芸誌だと最初から順に読んでいく人も多いんですけど、どこから読んでもいいし、途中で止めてもいいんです。しかも文芸誌一冊は単行本7、8冊分くらいの文字量があるので、それが1500円以内で読めるお得感もあると思います。

■『文藝』の今後と、最新号の読みどころ

――最新号「2019年冬季号」の読みどころを教えてください。

『文藝 2019年冬季号』(河出書房新社)

坂上 今号では第56回文藝賞の発表があります。『かか』の宇佐見りんさんが20歳、『改良』の遠野遥さんが28歳、久々なんですよね、20代の2人が受賞というのは。どちらも「この視点があったか」と驚かされる作品で、「文藝賞」らしい作品です。新しく、面白い才能が出てきたなと感じています。

 そして特集は「詩(うた)・ラップ・ことば」です。今では各文芸誌のメインは小説ですが、その傾向って実は最近のものなんです。新人賞を受賞してデビューして小説家になります、というケースが日本だと多いと思うんですけど、それだけじゃなくて、賞ではないところで言葉とか文章とか、日本語の言語表現を突き詰めている人たちの面白さをもっと広めていきたいということもあって、あえて文藝賞の発表と同じ号でこの特集をやってみたかった、というのもあったんです。もちろん若い読者をつかまえたいというのもありますけど、「ラップ面白いし、若い人も面白いし!」というノリでやっているところもありますね(笑)。

 なので「言葉」そのものにフォーカスしてみたいなという思いから、和歌や短歌、俳句で何かやってみよう、そして今「日本語ラップ」がシーンとして面白いものになっているなと私自身が感じていることも盛り込みました。また最近はミュージシャンが小説を書くことが多いのですが、ミュージシャンで詩人、しかも小説も書いているいとうせいこうさんと町田康さんに「うた、ラップ、ことば 日本語の自由のために」という対談をしていただいています。ミュージシャンの尾崎世界観さんの小説も面白いですし、元アンジュルムの和田彩花さんにも詩を書いていただきました。

 あとはビートたけしさんが「北野武」名義での初の小説『足立区島根町』を書いていたり、去年文藝賞を受賞した山野辺太郎さんの受賞第一作、R-18文学賞で大賞を受賞した清水裕貴さんの文芸誌初小説や、掌編集が話題の大前粟生さんの初中編、また女優の夏帆さんが初めての書評を書いていたりと、盛りだくさんです。

――気が早いですが、来年1月の「2019春季号」はどんな特集を考えていらっしゃいますか?

坂上 次号は「中国・SF・革命」です。今、SFが純文学に接近していて、SF出身の高山羽根子さんが芥川賞候補に、同じくSF出身の宮内悠介さんも芥川賞と直木賞の候補になっているんです。世界がディストピア化していく中で、SFというジャンル自体が拡散している。そういった現象があるので、文芸誌でSFをどう捉えるかということ、そして『三体』ブームもあるように中国文学が今非常に面白いので、そこで何かやりたいな、と思っています。

 これも気が早いですが、もし総括するならば、今年の文芸界の大きなトピックのひとつは韓国文学ブームと『三体』のヒットという点かなとも思います。今まで欧米に比べれば数も認知度も少ない東アジアの文学ブームというのは今年らしくて、新しいなと思います。今、アジア文学が本当に面白いんですよ。この前タイの作家の小説『プラータナー 憑依のポートレート』(ウティット・ヘーマムーン:著、福冨渉:訳)を出したんですけど、これもまるで大江健三郎さんのような小説ですごく面白かった。これまでは欧米中心主義で、 隣の国に目を向けていなかった。でもアジア文学の交流は続いていて、平野啓一郎さんたちが東アジア文学フォーラムなどでずっと日中韓の交流をしていたんです。クオンという出版社がずっと韓国の小説を紹介していたり。そうした草の根運動がずっとあったからこそ、今年花開いたという部分はありますね。

 あとは2015年の第1回日本翻訳大賞でパク・ミンギュの『カステラ』が受賞したことも大きかった。そして優秀な翻訳者さんや、作品を紹介する人がいるということも重要です。また日本語は世界ではマイナーな言語ですが、村上春樹さんの活躍もあってか、世界で評価されるようになってきて、海外の賞を受賞したり、候補になったりする作家が増えています。ドイツ在住の多和田葉子さんの全米図書賞翻訳文学部門は記憶に新しいです。最近だと中村文則さん、円城塔さん、横山秀夫さん、松田青子さんなどなど……他にもたくさんいらっしゃいます。

 今回の『文藝』リニューアルでは、海外文学と日本文学を同列に扱うというのもコンセプトのひとつだったんです。日本人作家というと昔は海外文学を取り入れる感じでしたけど、今は海外で活躍して同列になってきたことを見せていければいいなと思いますね。

――では最後に、今後『文藝』でやってみたいことは?

坂上 実は「付録」をつけたいんですよ。なにかできないかな、とずっと考えていて……でもまだ思いついていないので、ぜひ皆さんが欲しいものを教えていただければ!(笑)メールお待ちしてます!

取材・文=成田全(ナリタタモツ)

[プロフィール]
坂上陽子(さかのうえ・ようこ) 編集者。2019年1月『文藝』編集長に就任。これまでに「池澤夏樹=個人編集 日本文学全集」、『想像ラジオ』(いとうせいこう)、『民主主義ってなんだ?』(高橋源一郎×SEALDs)、『出会い系サイトで70人と実際に会ってその人に合いそうな本をすすめまくった1年間のこと』(花田菜々子)、『居た場所』(高山羽根子)、『プラータナー:憑依のポートレート』(ウティット・ヘーマムーン:著、福冨渉:訳)、『どうせカラダが目当てでしょ』(王谷晶)、『天津 木村のエロ詩吟、吟じます。』(天津 木村)などを担当。最近はサウナ巡りと日本語ラップのライブにハマっている。