残酷な現実と切り結ぶ少女の物語。彼女は何と闘っていたのか?『スワン』呉勝浩インタビュー

小説・エッセイ

2019/11/6

『スワン』は衝撃的な始まり方をする小説だ。首都圏の巨大ショッピングモールで無差別テロが起きる。モール内のスカイラウンジに取り残された人々。犯人は、その中にいた女子高生・片岡いずみに「次に誰を殺すか指名しろ」と要求した。犯人の自殺で惨劇は終わるが、事件後いずみは世間から集中砲火を受け、彼女を取り巻く環境は変わり果ててしまった。ある日、いずみは生存者が集うお茶会への招待状を受け取る。そこに出席した者たちの証言が、事件の真相を徐々に浮かび上がらせていくのだ。

著者 呉勝浩さん

呉 勝浩
ご・かつひろ●1981年、青森県生まれ。大阪芸術大学卒。2015年『道徳の時間』で第61回江戸川乱歩賞を受賞し、デビュー。18年には『白い衝動』で第20回大藪春彦賞を受賞。他にも山本周五郎賞や吉川英治文学新人賞など複数の文学賞の候補になり、出版界の注目を集めている。近作に『マトリョーシカ・ブラッド』『バッドビート』。

 

悲劇とは、はたして乗り越えられるものなのか

「この小説を書くきっかけになった映画が2つあります。1つはドゥニ・ヴィルヌーヴ監督の『静かなる叫び』。実際にあった大学の無差別銃乱射事件を題材にした作品で、冒頭に悲惨な出来事を描き、その後を追っていく。視点人物は犯人のほかに複数いるんですが、彼らの受け止め方は少しずつずれていて、それぞれ違った結末を迎えます。そうした点にも影響を受けました。もう1作はケネス・ロナーガン監督の『マンチェスター・バイ・ザ・シー』です。映画を観た後に、評論家の町山智浩さんが『この映画が描いているのは、乗り越えられない悲劇の話だ』という趣旨のことをおっしゃっているのを知ったんです。登場人物が悲劇を乗り越えようとするところを見せるのが物語だけど、そもそも悲劇って乗り越えられるものなのかという問題提起があった。批評も含めて2つの映画から感銘を受けて『スワン』という作品は始まっていきました」

 執筆に先だって、呉は取材のためにあるショッピングモールを訪れた。建物のそばに大きな貯水池があったことが印象に残り、そこから“スワン”という全体を貫くモチーフが生まれた。主人公がバレエを習っているという設定も“スワン”からの連想だ。

「バレエの原作を読み直してみると、ものすごく理不尽な話ばかりで。そういう点も、悲劇である小説全体の性格と親和性があったように思います。書いているうちに、いずみともう一人、小梢という女の子が出てきたことで『白鳥の湖』を作中に援用するというアイデアも生まれました。バレエは詳しくないのですが、たまたま知り合いに経験者がいたので、かなり助けてもらいました。『カドブンノベル』に小説を一挙掲載したときに読んでくれたらしくて、『バレエの振り付けについて書いたところが全部間違っている』と連絡があり、教えてもらいながら全部直しました。お礼に焼肉を奢って(笑)」

主人公に言わせたかったある台詞

 インターネットが普及した現代では、大きな出来事が起きると、それについてのさまざまな言説が無責任な形で広がっていく。『スワン』はそうした時代だからこそ書かれた物語だ。

「今は何もかもが情報になってしまう時代。事故や事件があると何人の方が亡くなったかということがやたらと取り沙汰される。その数のやりとりは、人を人として見ているのかと思って。また、情報が溢れることによって、発言するハードルが低くなっている気がします」

 主人公が味わう苦しみは、こうした世情と無関係ではないのだ。

「事件関係者は、世間から理想的な振る舞いをすることを求められます。でもそうしたからといって、その人たちにとっての現実がうまく流れていくという保証はないんです。情報過多の社会では、何が真実かは見えにくい。世間の人は断片的な情報だけで、どっちが善でどっちが悪かという大事なことを決めつけてしまいますが、当事者からしてみれば、たまったもんじゃない。そして間違っていたとしても、謝罪の言葉ひとつあるわけでもない。その気持ち悪い非対称性があるために、いずみは現実と闘わなければならなくなるんです」

 16歳の少女にとっては重すぎる闘いがどのような結末を迎えるかは、読んでぜひお確かめいただきたい。

「主人公を高校生にしたのは、あの状況で犯人に選ばれるのはやはり女の子だろうと。私みたいなおっさんは、たぶん真っ先に射殺される(笑)。それに社会的な責任を負う大人を主人公にすると話が変わってくる。たとえば、母親だったら犯人に選択をつきつけられたときに当然我が子のことを考えるでしょう。主人公が選択して、選べない道を自分の意志で潰していく話にしたいと思っていたので、そのための不純物を取り除くという意味合いで、いずみを主人公にすることに迷いはありませんでした。ただ、開き直ってなんでもしてやるという態度は彼女に取らせたくなかった。現実と切り結んでいるということへの戦慄はやはりあると思うんです。しかも厳しい状況下で選択肢が狭められていき、どんどん苦しくなっていく」

 終盤でいずみはある印象的な発言をする。小説全体にかかる、重要な台詞だが、彼女を書いているうちに自然に出てきたものなのだという。

「そこまで計算してキャラクターを設定したわけではないのですが、彼女ならこう言うだろうと確信しました。あの台詞のために書いたような話なので、嬉しかったですね」

 ミステリーは好きだが、結末から逆算して最初から伏線を敷いていくような書き方は自分にはできない、と呉は言う。登場人物をその場に立たせてみないと、そこに何があるのか、起きるのかは決められないのだ。したがって本作もプロットは立てていない。事件があり、お茶会に主人公が参加して……という、だいたいの外形を決めただけで書き始めた。

「いつもキャラクターが先です。抱えているテーマはいくつかあるんですが、それに結びつけられるいいキャラクターが浮かぶと、“あ、いけるな”と。でも、全部の人物設定が最初からあるわけではなくて、『スワン』の場合も、いずみがどういう人間か、作者にもわからなかった。ターニングポイントは第2回のお茶会。あそこで彼女の考えていることを掴めたという感覚があって、“ああ、こうなっていく話なんだな”と、こっちの腹が決まりました」

原点回帰であり、実力を出し切った渾身作

 呉勝浩のデビュー作は第61回江戸川乱歩賞に輝いた『道徳の時間』(2015年刊)である。現在進行形の事態を解決するために過去に遡っていくという構造は『スワン』に通底するものがある。呉は17年に発表した『白い衝動』で第20回大藪春彦賞を授与されたが、日本推理作家協会賞候補になった『雛口依子の最低な落下とやけくそキャノンボール』(18年刊)、『バッドビート』(19年刊)など、最近はさまざまな色合いの著作が続いていた。『スワン』は呉にとって、原点回帰の意義を持つのだろうか。

「『スワン』に『道徳の時間』と似た要素があるということは、書き終わってから気づきました。実際にあった出来事が外部の人間にどう見えているかということを登場人物が意識している点など、たしかに共通点があります。最近は以前のものとはだいぶ傾向が違う作品が続いていましたが、今回は本道に帰ったという気がします。でも、『雛口依子~』や『バッドビート』を経たからこそ、『スワン』が書けた。材料もテーマもモチーフも揃った、まさに書くべきタイミングでこの作品に取り組めて幸運でした。もっと早い時期だったら、単にややこしいだけの小説になっていたでしょうから。その意味では、自分が今出せるものはすべて出せた小説になったと自負しています」

取材・文=杉江松恋 写真=川口宗道

(あらすじ)
巨大ショッピングモール「スワン」で起こった無差別銃撃事件は、死者21名、重軽傷者17名を出した未曾有の悲劇となった。高校生の片岡いずみは、事件に巻き込まれながらも生還したが、犯人から過酷な要求をされたことが原因で元の生活を取り戻せずにいた。後日、彼女のもとに事件の生存者を集めた謎のお茶会への招待状が届く。孤独な闘いを描いた犯罪小説の問題作。