「『母親ってこうあるべき』という“べき論”から解放されるともう少し自由に生きられる」ビジネス書のカリスマ・和田裕美が描く初小説は、母と娘の成長物語

文芸・カルチャー

公開日:2019/11/14

 外資系の会社で世界2位の営業成績を収め、著書の販売累計は220万部超。そんな営業職のカリスマ、和田裕美さんのエンタメ小説『タカラモノ』(双葉社、『ママの人生』(ポプラ社)を改題・改稿)が、多くの人の感動を呼んでいる。

『タカラモノ』(和田裕美/双葉社)

 主人公・ほのみが、周囲を魅了する母の奔放な生きざまを通して、いかに幸せに生きるかを学んでいく──和田さん自身の実話をベースにした本作と、彼女が書いてきたビジネス書のつながりとは? お話をうかがった。

■小説を読むことで、人間は成長できる

──小説はよく読まれるんですか?

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和田裕美(以下、和田) 読むほうだとは思いますよ。よく読むのは、角田光代さんや桜木紫乃さん、井上荒野さんの作品です。

 ビジネス書って、とにかく早く読めて早く行動に移れるように、効率が重視されるんですよ。お金を儲けたい、話せるようになりたいといった、明確な目的をもって手に取られることが多いから。でも、本を読むだけでは目的は絶対に達成できません。そうでなければ、出版社の人たちはみんな大金持ちでしょ?(笑) 読んだあと、アクションを起こすことが大切なんです。だからビジネス書のテーマは、「どうやって行動を起こす手前のところまで、読者の気持ちを持っていくか」。

 一方で小説は、そういった手取り足取りのガイドはありません。読む人が想像して、感情を動かしながらゴールにたどり着くんです。結論が出ないまま終わり、「この先どうなるんだろう」っていうモヤモヤした感情が残る作品もある。ビジネス書を好む人には、小説の“寄り道”の部分、風景の描写や比喩といったものが、まどろっこしく感じられることもあるんですよ。ミステリだったら、「いいから早く犯人を教えて!」って(笑)。でも文芸が好きな人は、いきなり「犯人はこの人です」と言われてもつまらない。

 好き嫌いはあるとしても、私、人間ってこの両方が必要だと思うんです。寄り道を味わい、感情の描写に心を動かされ、想像力をかき立てられるという経験は、小説を読むからこそ得られるもの。そういった経験を重ねるうちに、人の心がわかるようになり、文脈が理解できるようになるんですよね。ビジネスシーンでも、想像力がないと仕事はうまくいかないし、人間関係も築けない。小説を読むことで、人間はすごく成長できるんだなということを学んでいます。

■どの程度実話かは内緒です(笑)

──ビジネス書も小説もお書きになっていると、切り替えが大変だったのでは?

和田 私、小説は『タカラモノ』が最初の作品なんですよ。切り替えるというより、どうやって書いたらいいのかさえわからない状態でした。ビジネス書なら、タイトルを決めて、章立てをして、目次を割り出し、その目次を1300字から3000字にふくらませて積み上げると、一冊の本になる。でも小説は、プロットを考えたり、伏線を仕込んだりしなくちゃいけませんよね。それについても見当がつかなくて、はじめはビジネス書やエッセイを書くように、目次立てから一編ずつ書いてみたという感じです。ただ、明確なゴールに向かっていかなくてはいけないビジネス書と違って、小説の、どんな結末にしてもいいという自由さは楽しかったですね。

──作品に登場する“ママ”や、主人公の“ほのみ”は、和田さんのご家族やご自身がモデルということですが。

和田 どの程度モデルにしているかは内緒です(笑)。事実にきっかけがあって、そこから物語をふくらませていったという表現が正解かなと。エピソードも、実体験を織り込んでいるものはありますが、どれが実話かということはご想像にお任せします。

──書くという作業を通して、母と娘、家族といった関係を客観的に見ることもあったのでは? 最近、親子間での虐待など、家族をめぐる問題もよく聞かれますが……。

和田 母親像など、「こうあるべき」という姿が定型になりすぎているのかもしれませんね。たとえば、母親に愛情をもらえなかった、でもお母さんのことが好きだったという心を癒せないまま成長した人は、子どもに対して「虐待されても、あなたは私のことを愛する?」という心理になってしまうことがあるらしいと、ある記事で読みました。そんなとき、ほかの愛情表現を知っていれば、「自分が別の愛情表現を選択すれば、この連鎖を止められる」と思えるかもしれない。「母親ってこうあるべき」という“べき論”から解放されると、親も子どもも、もう少し自由に生きられるのかなとは思いますね。

──作品中にも、「世間がママを否定しても、ママは自由をチョイスする」という一文がありましたね。これも、「母とはこうあるべき」「幸せとはこうあるべき」といった思い込みから自由になるということでしょうか?

和田 そうですね。「こうしなきゃいけない」という思い込みがあるから、「そうできていない」っていう罪悪感が生まれてしまう。罪悪感って、やっぱり家族への接し方に影響してしまいますよね。でも、“ママ”みたいに親があっけらかんとしていると、子どもはまた違った育ち方をするんじゃないかなと……。あくまで可能性のひとつですけどね。

 作品中にも、「自分のように放っておかれたら、誰でもグレて不良になる」と言うほのみに、ママが「どうぞ、グレてください」と返すシーンを書きました。ふつう子どもは、親に自分のほうを向いてほしくてグレるんですよね。でも、いいことをしようが悪いことをしようがこちらを向いてくれないのであれば、自分が損をしないやり方を考える。おたがいに自由だというスタンスでいると、子ども自身が、自分にとって一番いい生き方をチョイスするようになるんです。子どもを子どもだと思って向き合うより、自立した人間同士だと思って向き合うほうが楽ですしね。

──おたがいの自由を尊重するためにも、想像力が必要ですよね。

和田 ここでも小説というツールが役に立ちますね。『タカラモノ』も、読者さんから感想をいただくんですが、はじめは読者さんも「こんな母じゃダメじゃん」と思っている。けれど読んでいくうちに、どこかのタイミングで「こんな母もありかな」「この人、好きかも?」と思いはじめて、最後は大好きになる。読者さんの中で、「母はこうあるべき」という定義が壊れて、新しい“人の好きになり方”が生まれたということですよね。

 本作に登場するのは全員がダメな人ですが、物語でなければ、「ダメな人ほど魅力的」という感覚は伝わらないんですよ。実社会においては、ダメになることを恐れる人がすごく多いですよね。ビジネス書でも、「この主人公は失敗したけど、こんなふうにお金持ちになりました」って、成功していく話にしなくちゃいけない(笑)。「こいつホントにダメだなあ、でも愛おしい」「この人の生き方は決して失敗じゃなかったな」っていう表現は、やはり物語でなければできないだろうなと思います。

■ビジネスの現場でも鍛えられた想像力

──それにしても、キャラクターがまるで目の前で生きているように表現されています。

和田 読書はもちろん、ビジネスの現場でも想像力を鍛えた恩恵かな(笑)。セールスの現場では、お金の話が入るので、人間の本質が見えるんです。「買いませんか?」って言った瞬間、買いたくない人は本音をあらわにする(笑)。そこを乗り越えて相手に近づこうとすると、想像力を働かせないとトークが出てこないんですね。「この人、家に帰ったら家族になんて言われてるのかな」とか、「部下の前ではどうしてるんだろう」って想像する。人によっては、「この商品いいですよ」って説明するよりも、「これで絶対に社内の評価が上がりますよ」って言ったほうがいい。どんなふうに伝えたらいいだろうと考えてトークを作っていたことが、物語を作るときに生かされたのかもしれません。

──今回は、改稿・改題をされたということですが。

和田 改稿は、キャラクターの印象が強くなるように工夫しました。その成果か、読んでくださった方が、「この人、映画になるとしたら俳優さんは誰だと思う?」っていう話をしてくれるんですよ。心に残るキャラクターになったのであればうれしいですね。改題は、書店員さんに原稿を読んでいただき、タイトルを募集しました。いくつも案をいただきましたが、一番光っていたタイトルが『タカラモノ』。

編集担当者 作中に「ほのみはママの“タカラモノ”」というセリフがあるんです。同時に、ほのみにとってもママは“タカラモノ”。相互の視点が入っていいなと。ママの人生はもちろん、ほのみというひとりの女の子の成長も描いている作品なので、ほのみの人生にもフォーカスしたいなということで、このタイトルになりました。

■「生きてきてよかった」と思えることが“タカラモノ”

──ちなみに、和田さんにとっての“タカラモノ”とは?

和田 「生きてきてよかった」と思えること自体がタカラモノです。「あのときこうすればよかった」なんて悔やんでいることが多いと、「自分の人生はタカラモノだ」とは思えませんよね。ただ後悔しているだけでは、意味がない。嫌なことがあったとしても、「この経験を生かそう」と切り替えてはじめて人生はタカラモノになるし、そういうふうに考えるようにしているんです。

 だから、『タカラモノ』という作品は、オセロの駒をひっくり返すみたいに、自分の過去をプラスに変えたい人に読んでもらいたいですね。たとえば作中、ママとほのみがアタリつきのアイスキャンデーをかじりながら歩くシーンに、「アイス全部アタリやったらやっぱりつまらんと思わへん?」というママのセリフがあるんですよ。「欠点があるからこそ素晴らしいんだ」と伝えたくて書いたセリフですが、欠点を抱えて悩んでいる人が、考えを切り替えるきっかけにしてくれたらなと思います。

──今後の構想は?

和田 自己啓発書などを書いてきた影響だと思うのですが、読後感がよく、本を閉じたときに、「仕事をがんばってみよう」「告白しよう」と、読んでくださった人が人生にプラスに働くアクションを起こせる物語を書いていきたいですね。

 ビジネス書も物語も、読むだけで人生を変えることはできません。決断して、行動しなければ、なにも変えられないんです。人生が変わらないということは、社会も変えられないということ。社会が変わらなければ、大きな世界も変えられない。でも、小さな行動がひとつできるようになった人が、10人、100人、1000人と増えていくと、社会が前向きに変わるはずです。そんな世界にできたらいいなというのが、私の大きな夢ですね。

取材・文=三田ゆき 撮影=内海裕之