キャバクラやクラブにはない! 懐深いキャバレーで、しなやかに生きる女たちの“名前のない関係”【高殿円インタビュー】

文芸・カルチャー

2019/11/23

『グランドシャトー』(高殿円/文藝春秋)

 テレビドラマ化された『トッカン―特別国税徴収官―』(早川書房)、『上流階級 富久丸百貨店外商部』(小学館)、「メサイア」シリーズ(講談社)など、数々のヒット作を世に送り出してきた作家・高殿円さん。彼女の最新刊『グランドシャトー』(高殿円/文藝春秋)は、キャバレーで働く女ふたりの、家族を超えた絆を描く物語だ。

 昭和30年代──高度経済成長の最中、家を捨て、故郷を捨て、大阪京橋に流れ着いた主人公の少女・ルーは、名物キャバレー「グランドシャトー」で、ナンバーワンホステス・真珠と出会い、彼女の家に転がりこむ。キャバレーとは、ダンスや音楽などのパフォーマンスが行われる舞台を備えたナイトクラブのことだ。取材には「行ってなんぼ」と語る高殿さんに、お話をうかがった。

■キャバレー文化を自分で残しておきたい

──キャバレーでの取材はいかがでしたか?

高殿円(以下、高殿) 取材でお店に入った瞬間、お客さんとして入ってらしたオッチャンたちが、「おまえらなにしに来たんだ?」って雰囲気になっちゃって、こちらとしても「まあそうだろうよ」みたいな(笑)。それでもここまで来てビビっててもしかたがない、真ん中の席に座って、一番年上のホステスさんを連れてきてってリクエストしました。昔のことが知りたかったし、とにかく長く業界にいる方に話を聞きたかったんですよ。大阪には、ひばりさんっていうカリスマホステスさんがいらっしゃるんですが、当時74歳でお店のトップクラス。キャバレーでは、みなさん本当の年齢はおっしゃらないので、もしかしたらもう少し上かなとは思うんですけど(笑)。

 実はキャバレーってもうお店があんまり残ってなくて、実際に営業している店舗に取材に行ったのは一度だけなんです。それよりもまず内情を知りたかったから、大阪の老舗で長いこと支配人をされていた方にお話をうかがったり、閉店したお店にかかわっていた人にお話を聞いたり。モデルになった「グランシャトー」というビルの中にもキャバレーがあるんですが、もうないので跡地を見せていただき、いろんなものを混ぜて作中の「グランドシャトー」を作りました。キャバレー文化は、誰かが書き残さないとこのままなかったことにされちゃうような空気感があったので、ここは自分が一念発起して筆で残しておきたいという気持ちもありましたね。

──主人公である家出少女のルーは「グランドシャトー」で働きはじめるわけですが、行き場のない女の子の受け入れ場所としてもキャバレーに注目されていたのでしょうか。

高殿 水商売ってひとくちに言ってもいろいろありますよね。キャバクラは若くないと勤められなし、クラブは一流のホステスさんしか入れない。すべての女の人が、クラブやキャバクラで働けるわけじゃない。でも体を売らずにお金を得ようと思ったら、どうすればいいか。そう考えると、キャバレーって実は今でも必要な小屋なんじゃないかと思うんです。キャバレーのトップクラスのホステスって、もちろん美人もいるけれど、前述したひばりさんは74歳でも超現役。キャバレーのお客さんが求めているのは、ホステスの容姿だけじゃなく、もっと家族的なつながりなんだと思います。庶民的で、なんでもはなせて、でも接待にも使える。お客さんも日銭があればどんな人でも受け入れるし、働く女の子たちも幅広く受け入れてくれる。そういう大きな許容量みたいなものあがあってこその”キャバレー”なんだと。

 今、私たちが生きている時代って、「これが正しくて、こうあるべきだ」みたいなことがどんどん細分化されて、明文化されて、そこから外れてしまった人がすごく息苦しい状況ですよね。本作の中では「キャバレーは海や。タイもおればタコもおる」という言い方で書いたのですが、そういう時代だからこそ、世の中にはキャバレーが必要なのではないかなと。そんな場所が、今もあればいいのにと思いながら書きました。

■人間と人間の関係に、きっちりした名前はいらない

──ミステリアスな真珠ねえさんが素敵です。キャラクターは、どのように生まれたのですか。

高殿 真珠ねえさんは、神秘的なオトナの女性を書いてみたいなと思って設定したキャラクターです。ただ、ミステリアスであればあるほど、彼女の内面を描くわけにはいかないので、外から見る人が必要なんです。そうすると、ルーというキャラクターが自然に生まれてきた。このふたりは、ペアで作った感じですね。

 このふたりって、親子でもない、きょうだいでもない、親戚でも友人でもないという名前のない関係なんですよ。でもよく考えてみると、人間と人間の関係に名前なんていりませんよね。「一緒にいて楽であれば、誰といてもいいんや」っていうことを、今は言いにくくなっている気がする。「楽であれば、誰といてもいい」の最たるものがキャバレーで、みんな源氏名だし、身の上語りなんてみんな嘘じゃないですか。でも、それを怒る人はいませんよね。お客さんもそれをわかって来ている。その人が本当はどういう名前で、どういう経緯でその店で働いているのかなんて、訊くのは無粋なことなんですよ。そういうことを再認識するのって、今、けっこう大切なのではないかなと。

 この小説は風俗業界のお話なんですが、つらいとか悲しいとか、女同士の戦いみたいなものは絶対に書かないでおこうと思ったんです。女のバトルを読まされるのはもう飽きた!(笑) だから、ひたすら楽しくて、やさしい気持ちになる小説にしようと。年齢も違う、生まれも育ちもわからない、本当の名前すらわからなくても、家族や恋人といっただれかが作ったポジションにあてはまらなくてもいい。運命を共にしていいんだと、エンターテインメントとして世に出したこの本を読んで、どこかの誰かが「そうだよな」ってほっとしてくれたらいいなと思います。

──ルーと真珠ねえさんのように過ごせたら素敵だなと思いますが、現代は、たとえばSNS上での人と人との距離感や、家族のあいだの距離感がよくわからなくなっているような……。

高殿 ルーって、最後まで本名が出てこないんですよ。なぜかというと、世の中、親からもらった名前にしんどい思いをしている人が多いんじゃないかと思ったから。子どもを産むとか産まないとかも、両親や家との関係がありますよね。それを大事に生きるのも生き方としてもちろんありだと思いますが、ルーのように全部捨てて、親類縁者と縁を切って、学もなく、単身水商売に飛び込んで……そういう生き方でもいいんだって、嘘でもいいから書くことで、ちょっとでも楽になる人がいるといいなと思ったんです。それくらい名前って、呪縛というか、呪いというか、別に自分で決めたわけでもないのに、縛られちゃってしんどい気がして。

 私はペンネームで生きているので、本名で呼ばれることがほぼないんですよね(笑)。本名を知らないまま何年もつき合っている人がいるんですが、なんの不自由もないわけですよ。本名っていうのは意外と必要なくて、自分で決めた名前で呼ばれることで、じゅうぶん幸せになれる世の中なんです。そういうことって、名前以外にもいっぱいあるんじゃないかと思いますね。

■『グランドシャトー』という本は、読者さんへの褒め言葉の花束

──今、しんどい思いをしている人が生きていくために、必要なものはなんでしょう?

高殿 『グランドシャトー』っていう本は、読者さんへの褒め言葉の花束だと思ってるんですよ。実は、ルーのお母さんも作中に名前を出していないんですよね。ルーのように自分でつけた名前で生きていく新しい生き方も否定しないし、お母さんの古い生き方も否定しない。それがみんなが楽になれる近道なんじゃないかな、と。だからとにかく周りを否定をしないで、特にちょっと余裕のある人は、だれかを褒めてあげてほしいですね。お金は出せなくてもリツイートは可能とか、褒める、とか、できることはたくさんあると思う。

 ホステスさんも、売れっ子は褒め上手なんですよ。それと、大人になるとあまり褒められる機会ってないでしょう? これから先、AIやアプリの機能として流行るのは、無条件で自分を褒めてくれるものじゃないかな。キャバレーやキャバクラ、ホストクラブだって、褒めてほしくてみんなお金を払って行くわけですしね。ああいったお店がなくならないのは、やっぱり必然性があるからだと思います。会社帰りのおっちゃんだけでなく、我々にもキャバレーは必要なんです。

──『グランドシャトー』は、どんな方に読んでもらいたいですか。

高殿 この小説は、もともと新聞連載のために書いたんです。でも、いまのままじゃ新聞は、どうしてもメディアとして古くなっていく。ネットの記事などに読者を取られていく中で、新聞はどう生き残るかと考えたときに、これはキャバレーのありようと似ているのでは思ったんです。

 産経新聞の記者さんや担当さん、私たちにできることは、やっぱり、今いるお客さんに楽しんでもらうこと。そのために、まずは古い時代の大阪のよかったところを大肯定するお話を書こうと。だから、大阪の小さい工場で生まれたおせんべい屋さんとか、風月堂とかが細かに出てきてるんです。たとえば作中にも出てくる「満月ポン」というしょうゆせんべいが好きなおじいちゃんに、「そうやんな。満月ポン、おいしいやんな」って思い出しながら、毎週読んでもらいたいなと思いながら書きましたね。

 本よりも先に、産経新聞の読者さんがいたんですが、でも大阪のお年を召した方たちが「これおもしろいねん」って言っているのをお孫さんが聞いて、へええ新聞でこんなのが毎週読めるんだなって、新聞に愛着を持ってもらえるかもしれない。小説も本も難しくなってきたなと感じる昨今の出版事情ですが(笑)、まだまだ文字や紙にやれることはある。とにかく、今までだったら「あんな職業なんて」「結婚もしないなんて」と言われがちな生き方を、小説一冊分かけてまるっと大肯定したお話です。「都会は冷たい」なんていわれがちですが、いやいや街には街の神さまがいて、街ならではのいいところがある。そういう、否定されてきたものを肯定するものがたりなんです。

 作品の舞台になっている中崎町は、本当にいまでも、お地蔵さんのおかげで空襲でも焼けなかったと語り継がれています。古い古い長屋がたくさんあって、いまでは若い人たちがリノベーションしてカフェやお店をはじめ、素敵な街に生まれ変わっています。歌にもありますが、京橋はええとこだっせだし、大阪が本当にいいところなので、ぜひ、聖地巡礼して訪れてみてください。

取材・文=三田ゆき 撮影=岡村大輔