発酵ブームはまだまだ終わらない! 発酵食品のルーツを辿って見えてきたのは?【小倉ヒラクさんインタビュー】

文芸・カルチャー

更新日:2020/7/27

■発酵は人だけでなく「社会」を見つめ直すきっかけになる

――見えるもの・わかりやすいものが受け入れられやすい流れの中で、「見えないもの・よくわからないもの」に向き合っていくのは勇気が必要だと思います。そうするためにはどんな姿勢が必要でしょうか?

小倉:わかりにくいや難しいものをどう受け容れるか、という問題は、個人感覚というよりも社会設計に関係していると思います。そういえば先日、ミラノトリエンナーレの“Broken Nature”という展示に参加して、情報学者のドミニク・チェンさんと共作の「ぬか床ロボット NukaBot」という作品を出しました。そのときにキュレーターと話した際、「おそらく日本ではこのキュレーションは難しい」と伝えたんです。すると、「ミラノトリエンナーレのような催しは、ヨーロッパの美術・文化理解において“天井”なんだ」と誇りを持っていっていました。

――その天井というのは建物の天井ですか?

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小倉:はい、「自分たちは天井なので、(文化理解度も)下げないでちゃんとキープしないとだめだ」と。屋根という意味合いもあると思います。頑張って理解しないといけない“現実の複雑さ”みたいなものにもしっかりと目を向ける。人間の文化を生態系としてとらえている考え方につながると思います。

 僕自身も、発酵と文化の関わりを「ただ表現として使っている」ということで終わらせたくないので、本でも展示でも、発酵の“複雑さ”をできるだけ見える、あるいは感じられるような見せ方を日々考えています。

――発酵のように、「仕事が自然の都合に左右される」という状況に日々接していると、生き方や考え方が変わってくるのだなと本書を読んで感じました。たとえば、産休・育休の制度を考えるときにも、妊娠・出産というのはある種の「自然の都合」だという視点があると、制度を見る目も違ってきますよね?

小倉:そうですね。僕は都会生まれで、かつてはhuman-oriented(人間中心)な考え方でした。でも、醸造家たちとの出会いに衝撃を受け、自分も醸造家のようなことをするようになって、段々と考えが変わっていきました。醸造家というのは、人間だけの世界に生きていないんです。

 ちょうど昨日遠隔でイギリスの生物学会に出たのですが、「自然のほうを変えればいい」という考えも世の中にはあります。たとえば、合成生物学という生命をプログラミングする学問領域だと、人間は自然の一部であると考えて社会設計をしていくのか、人間に都合が悪いことは技術で変えていくのか、その岐路に人間社会は今立っているという認識で議論がなされています。

――私は発酵のプロセスを人の生き方になぞらえて読みましたが、それだけでなく、本には日本各地の食品やそれに関わる人々の魅力がたくさんちりばめられていますよね。

小倉:「こういう世界があるよ」と色々な食品を紹介しながら示しましたが、あえて理想形を唱えることはせずに、読む人それぞれによって違うふうに考えてもらえるよう色々な仕掛けを用意したつもりです。

――最後に、困るだろうと承知の上でお聞きするのですが、ひとつ「オススメの発酵食品」を選ぶとしたらどれですか?

小倉:難しいんですよね、その質問…(笑)。今回は、松浦漬け(鯨の軟骨を刻んで酒粕に漬けた佐賀の郷土料理)でしょうか。辺境の日本人の記憶、海洋民族の記憶がつまっている…そんなイメージがわく、まさに「方舟」といえる素晴らしい食べ物だと思います。そして、松浦漬けが僕自身のルーツに関係しているということもあると思います。

――自分のルーツを考えながら、それにフィットする食品を見つけるのもこの本を読み進める楽しみかもしれないですね。

小倉:そうですね、皆さんそれぞれに出身地だけでなく色んな地方にルーツがあると思うので、そういうものを見つけてもらえるとうれしいですね。

 日本各地の知られざる発酵食品と出会えるだけでも楽しいし、人生・生き方の術を発酵から学ぶこともできる。発酵の過程では、目に見えない微生物たちがせっせと働いている。それと同じように、読めば頭の中で思わぬ変化が起きそうな1冊だ。

【本書で紹介している発酵食品の例(抜粋)】
・愛知・岡崎の八丁味噌
・京都・大原のしば漬け
・岡山・日生のママカリずし
・伊豆諸島・青ヶ島の青酎
・福島・会津若松の三五八漬け
・新潟・妙高のかんずり
・秋田・八森のしょっつる、 ハタハタのいずし
・神奈川・川崎大師のくずもち
・香川・小豆島の木桶、醤油
・佐賀・呼子の松浦漬け

取材・文=神保慶政