発酵ブームはまだまだ終わらない! 発酵食品のルーツを辿って見えてきたのは?【小倉ヒラクさんインタビュー】

文芸・カルチャー

更新日:2020/7/27

 発酵食品の健康への効能が注目され、一般的なブームとなって久しい。ただそのブームに乗るだけでなく背景にある文化・歴史的風土を知ると、「発酵」という作用がどれだけありがたいものなのか、きっと実感が増すはずだ。

 渋谷ヒカリエで2019年7月まで開催された「Fermentation Tourism Nippon 〜発酵から再発見する日本の旅〜」を監修し、数々の著作もある発酵デザイナー・小倉ヒラクさんに、著書『日本発酵紀行』(D&DEPARTMENT PROJECT)についてお話を伺った。“微生物の気配”を探りながら、47都道府県の知られざる発酵食品を巡るというユニークな旅から、いったいどんな世界が見えたのだろうか?

『日本発酵紀行』(小倉ヒラク/D&DEPARTMENT PROJECT)

■発酵食品のルーツを辿ると、世界各地とつながることができる

――2017年に出版された前著『発酵文化人類学 微生物から見た社会のカタチ』と本書の大きな違いは、旅行記であることかと思います。しかも普通の旅ではなく、なるべく旅程をプランしないというスタイルですが、そう至った経緯を教えてください。

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小倉ヒラクさん(以下、小倉):お膳立てされていて、自分の知識を確かめるための旅というのがつまらなくなってきたんです。もちろん事前にいくらかのプランはしていますが、それを裏切るような形で旅していくと、自分が知らないものと出会えるのではないかと思いました。

 今まで世界中を回って辺境にも訪れましたが、“ディープさ”でいうと今回の国内の旅が一番衝撃的でした。日本にこんなに凄まじいものがあるのか、と。本書に出てくるキーワードのひとつに「方舟」があります。発酵食品というのは「味覚の方舟」でもありますし、「文化・記憶の方舟」でもあります。まだ見ぬ「方舟」を見つけ出したいというのが旅に出た理由でした。

――渋谷で約3カ月開催されていた発酵ツーリズム展で、来場された方々の反応はいかがでしたか?

小倉:「日本文化にある程度親しんでいたけど、こういう世界があるとは知らなかった」と、海外の人も楽しんでくれていました。展示を日英のバイリンガルにしたこともあわせて評価してもらえてうれしかったですね。あと、本も展示についてもそうだったのですが、一番意外だったのは「日本に生まれてよかった」というコメントがいっぱいあったことです。

――私は発酵食品が好きで、各地の発酵文化にも興味があるのですが、本書を読むとまだこんなに知らないものがあるのかとワクワクしました。

小倉:どこか懐かしい感じとか、何百年の歴史や文化の延長線上に自分がいるという安心感から、「日本に生まれてよかった」という感想が生まれたのかもしれません。

 展示のキュレーションを企画するときにも、「長い時間とつながる」という点を特に注意していました。発酵文化は千何百年と続いているし、数百年続いている老舗もたくさんあります。醸造家の感覚というのは、百年・二百年というスパンの歴史とつながっているんですよね。そういう時間感覚を現代人はほとんど持っていないと思うのですが、僕自身は旅をする中でちょっとずつ理解していきました。

「長い時間とつながる」というのはどういうことなのか、それを疑似体験できるような仕掛けを展示内で実現した結果が、そうした感想やリアクションにつながったんだと思います。

――富山の黒作り(イカの塩辛にイカ墨をまぜたもの)の写真を見たときは、「なにこれ?」と正直驚きました(笑)。

小倉:このルーツを追いかけていくと、長崎の出島を通してイベリア半島とやりとりしていた日本のかつての国際的関係が浮かび上がってきます。ドメスティックな食文化のようですが、外の文化に接続されていくんですよね。

■そもそも「発酵」のプロセスでは何が起きている?

――さて、基本的な質問で申し訳ないのですが「発酵」と「熟成」というのはまったく違うプロセスですか? たとえば、発酵と熟成が同時に起きたりすることはあるのでしょうか?

小倉:色々な考え方があるのですが、微生物が働いて増殖する時間というのはそこまで長くなくて、数日とか数週間です。この間に何乗というペースで増えていくので、増殖スピードはとても早いです。したがって、1年とか2年発酵しつづけるというのは無理なんですね。途中で餌を食べ終わってしまうので。微生物の繁殖活動の終わりが、「発酵」の終わりです。

 その後、微生物が分解した物質が化学変化を起こして、味が落ち着き、まとまっていく。これは微生物そのものの活動よりも、微生物がつくり出した物質の相互関係によって味が決まってきます。これが「熟成」です。

 発酵したてのものは味が粗いことも多く、それはそれでおいしかったりおもしろかったりするのですが、調味料やお酒はある程度安定した品質を保つためにも、熟成期間をとって味をまとめていくための時間が必要です。

――魚は、活き締めされて死後硬直してからしばらく経った状態が一番おいしくなると聞いたことがあるのですが、その状態と熟成は同じような感じでしょうか?

小倉:そうですね、基本的にはそれと同じ原理です。生物は死ぬと自分自身を解体しようとする働きが始まります。魚もそこで味がまろやかになっていきます。そして分解された物質がまじわって、最終的に何かしらの落とし所に近づいていくのです。この過程はものすごく複雑、かつケースバイケースなので、一般化できないですね。発酵した後に熟成させることで、活き締めされた魚と同じような状況が起こります。生命が増殖する「発酵」というプロセス、そして物質がプロダクトとしてまとまっていく「熟成」というプロセスです。

――発酵のプロセスは、なんだか「人の生き方」や「社会のあり方」にもなぞらえることができそうですね。発酵から何を学ぶことができるでしょうか?

小倉:生物が生きる原理は、根本をたどるとひとつ。そのひとつの原理からいろいろ枝分かれしているだけで、微生物が生きている世界観と、人間が生きている世界観というのはまったく無関係ではないわけです。

 発酵文化の世界から学べることのひとつは、「多様性」ですね。非効率なものとか、たとえば微生物でいうと、なんだかよくわからないものを食べてよくわからない物質を出している生き物が発酵系の中にもいっぱいいます。でも、一見非効率なその活動やニッチなものの集積で、発酵文化はなりたっています。もちろん、その中で効率化・均質化の原理も働いています。そうしないと環境変化にやられてしまうので…。

 日本は元々微生物の面でも文化的にも多様性を維持してきました。しかし今、歴史の流れの中でこの考え方が混乱していると思います。自分たちがどういう社会をつくりたいのかと考えるときに、「発酵文化が持つ多様性を見つめたほうがいいのではないか」というのが、僕のひとつの大きなメッセージです。ロマンどうこうという話ではなく、生物学的に考えてみても、そちらのほうがちゃんと利があります。