人類絶滅を救う最大の鍵は多様性 そして、この世界を愛すること

新刊著者インタビュー

更新日:2013/12/4

絶対的な善悪の基準とは多様性を維持するか否かだ

「『エス』は、主人公・孝則の成長物語としても読めるんだよね。また、ここで先程の“善と悪”という問題に戻ると、相対的であり、なかなかひとつに規定できない。キリスト教の善が必ずしもイスラム教の善とは一致しないように、善悪は宗教、文化、そして科学によっても変わってしまう。かつて湯川秀樹と一緒にノーベル物理学賞を受賞したファインマンも“科学で善悪は判断できない”と言ったように。でも俺は、どんなに文化が違っても善悪が判断できる基準はあると思う。それは“多様性を維持する”ということ。何であれ多様性を維持する方向に行くものは善。逆に固定化に向かわせるものは悪。だから、ナチスドイツはやっぱり悪となる。要するに、人間も多様性を維持しつつダイナミックに変わっていくしかない。それが自然界、もっといえば神の視点で見たときの絶対的な善だと俺は思うんだよね」

 この“貞子の最新作”もまさに多様性を維持しつつダイナミックに変わっていき──、驚愕のクライマックスに近づくにつれ、新たな三部作が始まりそうな予感も漂う。

「第二部は、今回書けなかった新村という男の視点で書こうと思っている。そして、第三部はひょっとしたらルポライターの木原の視点にするかもしれない。ちなみに、そのモチーフの一つは連続殺人犯の心の闇。連続殺人犯のことは昔から凄い興味があって、この『エス』の最初のモチーフもそれだったんだよね。ちょうど『リング』でダビングテープが出てくるくだりを脱稿した直後に宮崎勤が逮捕されて、その部屋から大量のダビングテープが出てきたというぞっとするような偶然もあってね」

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 そして、世界を体当たりで愛する作家は、最後にこんなひと言も。「俺が思うに、連続殺人犯など凶悪な事件を起こす人間とそうでない人間の差は、この世界を愛しているか、いないかだ。そして俺は、なぜその人間がこの世界が愛せなくなってしまったのか、それを小説としてきちんと掬い取りたいと思う」──。新たな貞子の物語はやはり、“恐怖の先”までも深く見据えて書かれているのである。

取材・文=藤原理加 写真=首藤幹夫

紙『エス』

鈴木光司 / 角川書店 / 1575円

2003年の終わり、少女4人を殺害したとして逮捕された男・柏田。彼はただ“S”という文字のみを書き遺し、死刑に処された。それからまもなく仕事先の社長からネット上に流出した首吊り自殺の動画を渡された孝則。日々、不気味に変化する動画の謎を探るうち孝則は、愛する婚約者・茜と動画との驚愕の関係に辿り着く──。