セックスしていない、「ニアBL」でもある――ハズレ回なし。“複雑な感情の波”を描く『ダブル』作者・野田彩子さんインタビュー

マンガ

更新日:2020/4/22

『ダブル』(野田彩子/小学館クリエイティブ)

 第23回文化庁メディア芸術祭「マンガ部漫画部門 優秀賞」に輝き、いま注目を集めているマンガ『ダブル』(野田彩子/小学館クリエイティブ)。

 そこで描かれているのは、役者を目指すふたりの男性、多家良と友仁。しかし、彼らの関係は“ただの友人”ではくくれないほど密接で、危ういものだ。天才の多家良と、凡人の友仁。彼らはお互いに支え合い、必要としている。その関係は、まるでふたりでひとつ。まさにタイトルにある通り、“ダブル”なのである。

 そんな怪作を生み出した野田彩子さんは、本作にどんな想いを込めたのか。単行本第2巻の発売を記念して、特別にお話を伺った。

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「ニアBL」が描きたい、という想いから『ダブル』は生まれた

――第23回文化庁メディア芸術祭「マンガ部漫画部門 優秀賞」の受賞、おめでとうございます!

野田彩子さん(以下、野田):ありがとうございます、本当にうれしいです! 第2巻の発売前後に結果が発表されるということで、うまくいけば帯に「受賞した!」と載せられるかも……と期待していたんです。マンガって手に取ってもらって、読んでもらってなんぼの世界なので、今回の受賞を機に、より多くの人に読んでもらえるきっかけになったのではないかと思っています。

 文化庁メディア芸術祭で選ばれる作品というのは、必ずしも商業的にものすごく売れている作品ばかりではないんです。だからこそ、より作品の本質を見抜いてくださる、という印象がありました。私の『ダブル』もそんなに売れている作品ではない。けれど、そういった作品でも賞をいただけるというのはありがたいですし、非常に懐が深い賞ですよね。

――そもそも『ダブル』はどんなきっかけで生まれたんですか?

野田:私は別名義(新井煮干し子)としてBLを描いていることもあって、BLレーベルではないところで、男ふたりの「ニアBL」のような物語を描いてみたいという想いがあったんです。ところが、いろんな編集さんに企画を持っていっても、あまり感触がよくない。そんなときにいまの担当編集さんからお声がけいただいて、「ニアBLが描きたい」と言ってみたら、興味を持ってくださったんです。そこからスタートしましたね。

――確かに、メインキャラクターである多家良と友仁の関係は、ちょっとBLに近いところがありますよね。

野田:最初はもっとBLチックだったんですよ。でも、担当編集さんと何度も打ち合わせをして、もう少し骨太な作品にしてみよう、と。それでいまの形に落ち着いたんです。

 とはいえ、私はそこまで描きわけているつもりはないです。よく読者さんから「野田彩子名義の作品はBLじゃないんですか」と言われるんですけど、そこにあまり線引きする必要はないと思っています。それこそ、多家良と友仁はセックスしていない。でも、セックスが描かれていないBLもたくさんあるわけで、そうなるとなんの差もないな、と。

――多家良と友仁の結びつきは相当強いですね。

野田:そうですね。でも、それはあくまでも個人の問題だと捉えています。男同士で絶対にこんな距離感にならない友達関係もあるでしょうし、男女でこれくらい癒着しているカップルもいる。なので、これは男同士だからとか、男女だからとか、そういった性別で分析する内容ではないと考えているんです。単純に、多家良と友仁がめちゃくちゃベタベタしているだけというか……。

ラストに向かって、多家良と友仁はどう変化していくのか

――『ダブル』というタイトルにもある通り、他者と自分を重ね合わせひとつになれる関係というのは、非常に強固であるとともに怖くもあると感じてしまいました。

野田:私はBLデビュー作の『ふしぎなともだち』でも、それに近い関係を描きました。そこで思ったのは、「誰かひとりだけでも自分のことを理解してくれる人がいたら、救われる」ということ。それは私自身がそういう存在を求めているからかもしれません。

 ただし、いまは依存先が複数あったほうが安心できる、とも感じています。

――“依存”というフレーズが印象的ですが、多家良と友仁の関係はそれに近いですね。でも、第2巻のラストシーンにもあるように、ふたりの間に“嫉妬”が存在するのではないかと匂わせています。読者からすると、そこからふたりの関係が大きく崩れてしまうのではないか……と不安になってしまいました。

野田:それはどうなんでしょう……。お互いに「嫉妬している」ということを自覚してからじゃないと話せないこともあると思うんです。それを見ないふりして、ただずっと仲良くしている物語を描くこともできますが、『ダブル』の大まかなストーリーを考えたときには、「関係がどう変化していくのか」が描きたいと思ったんですよ。

――では、今後は多家良と友仁がどう変化していくのかが読みどころですね。

野田:ふたりの関係もですし、それを取り囲む環境も変わっていきます。それでもダブルとして生きていくのはすごいことですけど、一人ひとりに人生があるわけなので、多家良と友仁がそことどう折り合いをつけていくのか、を描いていきたいです。

毎回濃いエピソードで、ハズレ回はないはず!

――前作『潜熱』では、女子大生がヤクザに抱いてしまう、どうしようもない恋心が描かれました。野田さんはひとことでは言い表せない“複雑な感情の波”を描こうとしているように見えます。

野田:私は他の人よりも感情が豊かなタイプだと思うんです。なかでも喜怒哀楽の“怒”が強すぎる。でも、それが創作意欲につながっている気もします。とはいえ、自分の感情を全部ぶちまけているわけではなくて、半分は想像です。ただ、どうしてもスマートなマンガにはならない……。

――リアルな感情が描かれているのは、野田さんの作品の魅力だと思います。

野田:そんな風に受け止めていただけるとありがたいんですが……。人間的に素晴らしいキャラクターばかりが登場するマンガってあるじゃないですか? それが描ける作家さんはつまり、その方自身が人間的にできているんだと考えてしまうわけです。私はスマートな振る舞いができないので、どうしても泥臭い作品ばかりになってしまう。だから、そういう作家さんを見ると、単純に羨ましくなります。

 でも、その感情をバネにして、私は私にしか描けないマンガを描いていくつもりです。

――『ダブル』には友情や愛情、信頼、憧れ、嫉妬などさまざまな感情が詰め込まれていて、誤解を恐れずに言うならば、読むのに体力が必要ですよね。「よし、読むぞ!」と覚悟する感じというか。

野田:そうですね。一話を読むだけでも密度が濃いのに、単行本一冊を通して読むとなると結構疲れちゃうかもしれません。作画もどんどん濃くなっているので、今後はどうなるんだろうと自分でも不安です。

 でも、ななめ読みで飛ばせるエピソードは入れていないつもりです。閑話がないというか、どれもハズレ回ではないはず。毎回、心がかき乱される内容になっていると思います。

 だから、ぜひ連載を追いかけていただきたいんです。一話あたり24ページで構成しているんですけど、異常に濃いことに気がつくと思います。プロットの段階で「こんなに入る? 24ページ超えるのでは?」という内容を、いつも24ページに凝縮して詰め込んでいるんですよ。なので、一話読んだだけでも相当な満足感があるんじゃないかと。それを毎月楽しみにしていただけるとうれしいです!

取材・文=五十嵐 大

【試し読みはこちら】
「第一幕 お気に召すまま」その1『ダブル』①