ACIDMAN大木伸夫「街が色に染まっていく希望を歌った一曲には、不思議なリンクがありました」

あの人と本の話 and more

公開日:2020/6/6

 2年11ヵ月ぶりのニューシングル『灰色の街』をリリースしたACIDMAN、フロントマンの大木伸夫さんが、毎月3人の旬な有名人ゲストがこだわりのある1冊を選び、紹介する、ダ・ヴィンチ本誌の巻頭人気連載『あの人と本の話』に登場してくれました。昨年10月のツアーで初披露するなり、ツイッターでトレンド入り。リリースを待望されていたこの歌が生まれたエピソード、幼い頃から今へとつながる“読書”についてなど、様々なお話を伺いました。

大木伸夫さん
大木伸夫
おおき・のぶお●ACIDMANのVo&G。佐藤雅俊(B)、浦山一悟(Dr)とともに“生命”、“宇宙”をテーマにした壮大な詩世界、幅広いサウンドの3ピースロックバンドで活躍。2002年メジャーデビュー。現在までに11枚のオリジナルアルバムを発表。7/11には生配信ライブの開催を控えている。

「ちょっとファンタジックな要素が僕は好きで。子どもの頃は、ミヒャエル・エンデの『はてしない物語』を夢中になって読んでいました。学生時代は今も大ファンである村上春樹さんの作品を。『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』のような、ちょっとSF感のある設定が好きなんです」

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 お薦め本として、紹介してくれたミシェル・ウエルベック『素粒子』は、どこか村上春樹作品と通じるところもある。20世紀後半西欧の風俗や思想、宗教などが入り込んでくる日常をリアルに描きながらも、孤独と絶望感から離れられない2人の男の人生は、哲学的なものに満ちている。

「性的に奔放な母から捨てられた、ブリュノとミシェルの異父兄弟は、人生で失っていくものに対しての寂寥感を抱える40代。ちょうど僕と同世代なのですが、この本が書かれた1998年当時は、まだ人生80年と言われていましたよね。今は人生100年時代。ですから彼らの持つ死生観は、僕のなかではまだリアルではないんですけれど、もし30代でこの本を読んだら、今ほどには響かなかったかもしれない。終わりを意識することって、人生を豊かにする大事な魔法のようなものだと僕は思っていて。“終わり”という前提、それを受け入れて生きていく方が圧倒的に美しい。ブリュノとミシェルは、それを悲観的に考えてしまうけれど、終わりをちゃんと見据えている、という人生観は、自分と共通するものだと感じました」

 そんな人生観も、ACIDMANの楽曲には反映されている。

「よく、歌が“降りてくる”という言葉を聞きますが、僕の場合は、そんなかっこいい感じじゃないかも。でも長い間、つくっていると、“降りてくる”ことでしかないような気もしていて。それはけっして特別なことではなく、みんなに起こり得る現象なんじゃないかと思うんです。ちょっとファンタジックに言うと、この世界には素粒子のように、無数のメロディが降っていて、それを誰かがキャッチし、形に変えていくものが音楽なのではないのかなと。小説やアートにも言えるのですが、それが表現の根源のような気がしていて。自分はひとつの媒体であり、降ってきたものの形を変える役割になっているのかなとも感じているんです」

 コロナウィルスによって、人が消え、色彩をなくした街の風景、それをなすすべもなく眺めている孤独な心が映し出されたような『灰色の街』という楽曲を聴いていると、この世界から、宇宙から、この歌は“降りてきた”という気がしてくる。けれど、この曲は2017年に書かれたものなのだという。

「しかし、リリースをする時期が、様々な偶然から、今年のこの時期になったということには、どこか運命的なものを感じています。僕はいつも、メロディをつくってから詞を書くのですが、この歌が生まれたとき、“灰色の街”というワードが同時に出て来たんです。なぜ“灰色の街”だったのか、解きほぐしていってみると、以前、子どもたちが未来の予想図の絵を描くというドキュメンタリー番組を観たんですね。僕も子どもの頃、そんな風に未来の絵を描いたことがあって、そのときは無機質で、ビルディングがいっぱい並ぶ近未来の都市を描いた。でも今の子どもたちは、ほとんどの子が緑豊かな街を描いていたんです。子どもたちは本能的に気付いているんですよね。自分たちがこれから生きていきたい、自然溢れる彩りの豊かな世界を。それって、すごく素敵なことだと思って。僕らは未来予想図に描いたように、大人になった今、あの頃、自分が抱いた未来を信じ、灰色のコンクリートの街のなかを生きている。選んだその世界で、しっかり生きていくんだという思い、そしてここから先につながっていくであろう、色彩ある世界のなかを生きていくんだ、という思いが、この歌には込められています」

 時代と不思議なリンクをしたこの歌はまた、こんな気持ちが寄り添ってきたという。

「今、僕たちが置かれているこの世界が色づいていくように、そしてそのなかに生きている人たちが彩り豊かな人生を歩んでいけるように」

“明けてゆく夜空を信じたなら”“世界は歌に成っていく”――響き渡るそのフレーズが染みわたってくる。

取材・文=河村道子

 

シングル『灰色の街』

シングル『灰色の街』

ACIDMAN

ユニバーサル ミュージック 通常盤2000円(税別)

●昨年、ツアーで初披露されるや、「#灰色の街」がトレンド入りし、リリースが待望されていた人間賛歌のバラード。カップリングには、「ACIDMAN LIVE TOUR “創、再現”」ファイナル公演のライブ音源を全曲収録。ジャケット写真は、キングコング西野亮廣の絵本「えんとつ町のプペル」、新たなイラストとコラボ。